放棄された土地で
魔法で空を飛翔して移動し、山脈が見えたところで、被曝対策用の刻印機を発動させた。
そのまま飛翔し、山脈を越えて到着した大陸北部は、二十年も放置されていただけあり、見事なまでに荒れ果てていた。
家屋を始めとした建造物はその殆どが倒壊し、草木に埋もれるか、蔦に飲み込まれて、かつて人が使用していた面影は無い。
建造物に限らず、人が作ったと思しき『物』の殆どが草木に埋もれていた。
犯罪組織がこの地を利用していると聞いていたが、地上にそれらしい建物は見られない。地下を利用しているのかもしれない。
被曝対策として『屋内退避』は聞いた事はあるけど、地下も有効だったかな? 地下は地下でも、最低でも百メートル以上は地上から離れている可能性が高い。
仮にそうだとするのなら、地上でどれだけ暴れても、周辺の被害を気にする必要は無い。地下への被害は、憶測でしかないが、発生しても地震程度だろう。
ヒース大佐に言われた通りに、海沿いを避けて、周辺が開けている場所を探して降り立った。
周辺の建物は焼け焦げ、雨風に晒されて、廃屋とすら呼べない状態の残骸と化していた。
少し歩けば、高温の熱で融けて冷えて固まったと思しき、原形を留めていない硝子の塊や金属の塊などが、地面に転がっている。
金属の塊は雨曝しにされてたからか、錆びの塊に変貌していた。
……当時は記憶を取り戻す前だったから実感は無いけど、本当に戦争が起きていたんだね。
自分が孤児となった戦争の内容は、興味が無かった事もあり、その詳細を知らない。それでも、学校の授業で人が住めない死の土地の存在や、除染作業云々の話は聞いた。
授業で聞くのと、現地で現物を見るのでは全く違う。百聞は一見に如かずと言うが、本当だな。
白んで来た空を見上げて息を吐き、道具入れから雫型の小石を取り出した。小石に魔力と意識を集中させて、鎧を展開する。練習通りに問題無く、鎧の展開に成功した。
改めて、着ている白金色の鎧を見下ろす。
鍛冶の神が戦神用に作った逸品なだけあって、鎧の細工は精緻だが、華美過ぎない優美さがあった。鎧を展開するに当たり、使用していた雫型の小石は鎧の鎖骨の間部分に填め込まれている。ガーデンクォーツに似ているだけあり、石の色は灰色に近いので、鎧に埋め込むようにあしらっても違和感は無かった。
この鎧の唯一の問題は『男性用』の一点だが、女の自分が身に纏っても、違和感は無い。
鎧のサイズは練習を始める前に調整したので問題は無い。男性用だったのと、自分が小柄だったせいで、サイズの詰め方には結構悩んだ。
詰めて余った部分を腰回りのコートの上に回すなどの改造を行った。そしたら鎧の見た目が、十八禁のエロゲから世界的に有名なスマホゲームになった作品の『青セイバー』の鎧に似てしまった。
当たり前だが、パッと見の『全体的な形』が似ているだけで、細部は違う。そもそも色からして違う。
最大の違いは籠手だ。あちらの籠手は左右で違い、記憶が正しければ、左手が鍋掴みのミトンのような形になっていた。自分が今着ている鎧の籠手は左右同じ作りで五指に分かれている。
腰回りを防御する、追加した鎧の縦の長さは太股半ばと短い。履いているショートブーツは靴底にスパイクを追加で着けただけだ。
「ん?」
不意に、風が吹いた。いや、空気が動いたとでも言うべきか。風が吹いたのではなく、『空気が動いた』と錯覚させるような何かが、こちらに向かっている。
「来たか」
一体誰が来るのかなど、考える必要は無い。自分を追って、こんな僻地に来る奴は一人しかいない。
風が吹く方角に視線を向けると同時に、空からそいつは降って来た。彼我の距離は十メートルぐらいだ。
そう、『降って』来たのだ。降り立ったと言うよりも、真上から降って来たのだ。着地の際に、地面に片膝を突く事すらせずに、そいつ――グーフォはやや俯いた前傾姿勢で地に降り立った。
幻では無い。その証拠と言って良いのか判らないが、着地の際にグーフォが着ているコートの裾が音を立て落ちた。
そんなスタイリッシュな着地を決めたグーフォが顔を上げた時、全く関係の無い事に自分は目を丸くして驚いた。
……こいつ、目元の布が無いと、すっごく『童顔』に見える。ちょっとロン毛に見える髪の長さと言い、十代半ばで通じる、少し目立ちがハッキリとした顔立ちだ。
場違いな感想なのは認める。だが、思わず二度見してしまう程に、グーフォは童顔だった。目元の布はどこに行ったのかと思ったが、マフラーのように首に巻いている布がそうだろう。
「これから死ぬと言うのに、随分と余裕だな」
不機嫌を隠さないグーフォの声を聞き、自分が全く気負っていない事に気づいた。
気負っていない。それは、何時も通りの自然体でいるとも取れる。
「意外過ぎて驚いただけなのに、そこまで不機嫌になるの?」
グーフォの不機嫌振りを考えると、あの童顔はコンプレックスの可能性が高い。
童顔がコンプレックス。よくあるパターンだな。
自己完結してから、宝物庫よりバスターソードに似た形状の神剣(使用済み)を取り出した。神剣を見たグーフォが、一瞬だけ瞠目し、小さく舌打ちを零した。
「その剣! お前、持っていたのか。……よりにもよってその剣を、審判者の俺に向けるのか」
「強度で言うのなら、こいつ以外に無いでしょう?」
神剣の柄を両手で握り、切っ先をグーフォに向けた。
グーフォも自分の動きに呼応するように、虚空から大剣を取り出した。自分と同じようにどこかに仕舞っているのか。
さて、グーフォが取り出した大剣の柄を握るまでの短い時間で、これまで出来なかった観察を行う。
最初の時もそうだったが、グーフォの姿は顔もそうだが、背格好以外に正しく認識出来なかった。
着用している衣服はブーツまで黒一色だ。その上に黒いコートを羽織っている。首元に巻いている布は目元を隠していたものだ。
こうして改めて観察すると、グーフォはプロテクターの類を身に着けていないように見える。
グーフォは少年を連想させるぐらいに小柄だけど、こうして観察してみると、身長は百七十センチ半ばぐらいはある。やっぱり使用している剣がデカいから小さく見えるだけか。
中肉中背の体格で、大剣の名に相応しい長大な剣を振るう。
しかし、改めて観察するとデカい剣だな。特徴は鍔が無い事ぐらいか。
その大剣の幅は、自分が持つ神剣のおよそ二倍もある。遠目に見てだが、幅は最低でも約三十センチはありそうだ。両手で握る長さを保有する柄を持ち、剣の全長はおよそ二メートル弱かな。グーフォの身長よりも長いのは確かだ。
大剣の総称と言われる『ツーハンドソード』は、最低でも百八十センチ以上の長さがあった筈。
ロングソードですら、長くても全長は百センチ程度だったので、グーフォが持つ剣はその二倍近い長さがある事になる。
改めて観察すると、グーフォの剣はツーハンドソードに分類される大剣だ。こんな幅広の剣はゲーム内でしか見ないな。ここまで幅広だと、盾にも使えそうな剣だな。
審判者が持つ剣が普通の剣である可能性は極めて低い。何かしらの特殊な能力は持っているだろう。
グーフォが大剣の柄を握った。己に身体強化魔法を掛ける。
神剣の切っ先越しにグーフォと視線が合うなり、同時に踏み込み、剣を振るった。
無心になって神剣を振るい、グーフォの大剣を受けて払い、隙を見てはグーフォに切り掛かり、突きを放つ。
神剣は自分の予想通り、グーフォの大剣を受けても軋まない。回避が難しい攻撃は『鎧は消耗品』と割り切って、鎧を使って凌いでいる。
やっぱり、鎧の作り手が鍛冶の神だからか、グーフォの軽い攻撃を受けても罅すら入らない。戦神用に作った鎧は頑丈さと軽さを追求した逸品だが、それ以外に特殊な効果は無い。
鎧を身に着ける事で発揮される特殊効果は、自分の手で追加するしかなかった。
粉塵などを浴びないようにする(目に砂が入るなどの目潰しを防ぐ為)簡易障壁の展開、肉体と精神疲労の軽減、体力と魔力消費量の軽減と一定時間毎に回復、欠損レベルの負傷をしても鎧と一緒に復元するなどの、特殊効果を追加した。
鎧の特殊効果の発動に必要な魔力は大気中の魔素を吸収して使っている。放棄された土地でもあるこちら側の大気には、魔素が大量に存在した。日常生活で利用されている刻印機が無い事が大きいようだ。
周囲の被害について考えなくて良くて、魔素も使いたい放題。実に理想的な戦場だ。
グーフォの剣を捌き、その反動を利用して移動しながら思う。
この世界に転生してから二十年近い月日が経過するが、剣を振り回す機会は無かった。
戦闘時は銃火器が中心の世界だから、仕方が無い。使う機会が減り、鈍っていた銃に関する技術の勘を取り戻せたと思うしかない。
代わりに、その他に関する技術が鈍っているかもしれないと心配したが、動きに鈍りは無い。
動きに問題が無いからと言って、グーフォに勝てるのかと問われたら、その答えは『否』としか言えない。
やはり、グーフォに関する情報の少なさと、未来が見えなかった、この二点が大きい。
遠い昔の人生で、殺し損ねてしまったあの男に関する未来を視た事はある。でも、今回のようにノイズで『視えなかった』事は無い。
ノイズについては色々と考えたかったが、グーフォとの正面対決の可能性を考えると、鎧の研究を優先するしかなかった。
今になって思うと、朝になったら内容を忘れている夢もそうだが、ノイズについて考えても答えはない。
何故か解らないが、そんな確信があった。
仮に未来が視えても、あのままあの部屋にいる――グーフォの襲撃を待つ選択肢だけは選べない。今度こそ、顔見知りから死人が出る。それだけは、避けなくてはならない。
ただでさえ各地で混乱が起きているのに、止めを刺すように指揮系統の中枢がやられたら一巻の終わりだ。
グーフォに切り掛かる。大剣で弾かれた。体勢を崩さないように後ろへ跳び退る。それにしても、グーフォは大剣を盾のように使わないな。
大剣を盾のように使えないのか。あるいは、盾として使わなくても良い特殊な能力を、グーフォ本人か、大剣が保有しているのか。いずれにしろ、使わない理由は不明だ。
振り下ろされるグーフォの大剣を神剣で受け止める。身体強化の魔法を己に掛けているのに、グーフォに腕力で負けている。押しつぶされる前に大剣を脇に流して、グーフォから見て不利になりそうな場所へと移動する。けれど、自分とほぼ同時にグーフォも動いたので、位置取りに失敗した。
欲を言うのなら、万刃五剣を使いたい。しかし、今回は使えない。前世でグーフォと遭遇した時に、危うく破壊され掛けたからだ。
この事実は、自分が作った武具の強度が足りない証拠だと思う。
不足しているものが、何かは判らない。不足しているものが審判者絡みだった場合、対策は不可能だ。
グーフォの情報が欲しいのなら『霊視を使えば良い』と思うけど、こいつが霊力を持たない相手だったら使ったよ。爛々と輝くグーフォの金の瞳は霊力保持者の証だ。霊視を使って、こいつの情報を探ったら即バレる。
これは、立場が逆でも起こる事だ。現時点で、グーフォは霊視を使用していない。
しかし、グーフォと剣を交えて、何も情報を得ていないと言う訳でも無い。
グーフォの一挙手一投足を観察して、行動の癖を探す。
経験上、無意識に行ってしまう癖は、時に弱点にもなる。
これがグーフォにも該当するか不明だが、癖を探って困る事は無い。例えになるが、回避し難い行動の予兆が読み取れるのは大きい。それは、身構える時間が確保出来るからだ。完全に回避出来なくとも、ダメージコントロールが出来れば、次に繋ぐ事が出来る。
一撃で行動不能にならないのは、次の一手が狙えると言う意味で、戦闘中では大きい。
観察の為に必要とする集中力を切らさないように気を使いながら、グーフォと剣を交え続けた。




