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異変と不穏の気配

 四人で夕食を食べて、食器を返却したらまた書類仕事に戻り、三時間が経過した。

「ん?」

 スウィフト大尉の集中力が切れて、一緒に軽食セットの注文をしていた時、報告書を読んでいたヒース大佐の困惑の声が室内に響いた。

 自分を含めた三人の視線を浴びても、ヒース大佐は無反応だ。それどころか、眉間に深い皺が寄っている。

「不味いな。ジェシカがしくじった」

 ヒース大佐からの報告を聞き、フルード大尉とスウィフト大尉の顔が強張り、室内に緊張が走る。

 自分は会った事のない人物の名前だが、ここに提出される報告書の中に『ジェシカ』と言う名で提出された報告書を何度か見ている。恐らく内部調査室の潜入調査役の人だろう。

「大佐。ジェシカがしくじったと言うのは?」

「そのままの意味だ。黒作者を抱えている犯罪組織の潜入調査がバレた。尋問を受ける前に自決したから、こちらの情報は漏れていない」 

 ヒース大佐は淡々と報告している。

 潜入調査が発覚したらどうなるか、それを理解して潜入調査を請け負った以上、こうなる結末は予測可能だ。

 情報を守る為に自決を選択したのは、それが必要最低限の義務で、ここを裏切らない強い意志を感じる。

「ジェシカの潜入先だが……」

「ヒース大佐? それは守秘義務に該当する部分ですよ」

「いや、お前達は――特にリア、お前は知っておくべきだ」

 フルード大尉の指摘通りだが、ヒース大佐は自分を名指しして開示情報だと言い切った。

「ジェシカの潜入先は、数年前にリアの拉致を実行した犯罪組織だ」

 数年前、確かに自分は拉致された。その時、自分は子宮と二つの卵巣を失っている。

「潜入目的は、クローン人間の製造工場の存在の確認と、クローン人間を急成長させる新しい刻印機の調査の二点だ。ジェシカは潜入先とは別の場所に工場の存在を確認し、クローン人間を急成長させる刻印機の設計図を入手した。自決は設計図をこちらに送った直後だ」

「その設計図を見る許可は頂けますか?」

「いいぞ。刻印機に関して勉強したリアの意見が聞きたかったところだ」

 自分が閲覧の許可を求めると、ヒース大佐は手元の端末を操作して、ここにいる全員に見えるように空中ディスプレイを投影した。

 投影された空中ディスプレイに映る設計図を見て、自分は困惑の声を上げた。困惑しているのはフルード大尉とスウィフト大尉も同じだ。

「どこの文字ですかね?」「俺に聞くな」「同じく。解る奴なんていないだろ」

 困惑の原因は、設計図に使用されている文字がこの大陸の文字では無かったからだ。

 無限の言語を保有している自分は読めるが、大人三人は読めないだろう。

「リア。お前はこの設計図を見てどう思う?」

「そうですね。対象の生物を、骨格レベルで急成長させる刻印機の設計図である事には間違いないです。ただし、設計図を見た限りですが、急成長させる対象が『頭脳以外』になっているので、頭脳に干渉して情報を焼き付ける別の刻印機が存在する可能性が有ります」

 設計図の文字を読み、詳細について報告する。

「刻印機がもう一つ存在するのか」

「はい。成長対象に頭脳が除外されているだけなので、あくまでも可能性です」

「それ以前に、お前はこの文字が読めるのか?」

「言語理解系の術が使えるので、読めます」

 フルード大尉とスウィフト大尉の言葉に回答しつつ、設計図を読み込む。

「急成長と言っても、十代半ばにまで成長させるには最短で一年は掛かるようです。同じ年齢にまで安定した成長をさせるには、五年の時間が掛かるようです」

「待て、十代半ばで、一年と五年?」

「はい。そうですが、どうかしましたか?」

 設計図を読み込んで得た情報を口にしたら、ヒース大佐の表情が険しいものに変わった。何に気づいたか知らないが、急に手元の報告書を漁り始めた。

 フルード大尉はヒース大佐の行動を不思議そうに眺めていたが、何かに気づいてヒース大佐と同じ行動を取り始めた。

 そんな二人の行動を見て、自分とスウィフト大尉は顔を見合わせた。

「大佐? どうしたんですか?」

「ジェシカの報告書を全部出せ! 大至急だ!」

「「……はい?」」

 何やら焦り始めたヒース大佐の言葉の意味が解らない。

 ジェシカの報告書を出せと言われてもね。

「ヒース大佐。要約したものだけを残して、その他は全部保管庫に仕舞ったばかりですよ? しかも二時間前の事ですよ? それを全部、今から取りに行くんですか?」

「……あっ!? くっそ、そうだったぜ」 

 二時間前の事を忘れていたのか。ヒース大佐が悪態を吐いた。報告書漁りを止めたフルード大尉は立ち上がると、身形をササッと整えた。

「取りに行って来ます」

「待て。先に説明する。リア、シャッターを閉めろ。ウィリアムとトミーは盗聴遮断機と探知機を起動させろ」

 ヒース大佐の指示が飛び、自分達三人は指示通りに動いた。



 ヒース大佐が最終チェックを行ってから、自分達四人は部屋の中央に設置されている応接セットのソファーに座った。応接セットはローテーブルの三方を囲むようにソファーが設置されている。

 席順は窓側の一人用のソファーにヒース大佐、ローテーブルの左右の二人掛けのソファーにフルード大尉とスウィフト大尉、反対側に自分と言う形で座っている。

 スウィフト大尉が騒いだ時にフルード大尉が抑え役をするので、この席順になっている。

「さて、何から言うべきか」

 天井を仰いだヒース大佐は、大きく息を吐いて思考を纏めてから切り出した。

「リア。お前が拉致されてから何年が経過したか分かるか?」 

「私が拉致されてからですか? 拉致され救助されて、治療を受けて目を覚ますまでに、約一年が経過しています。リハビリに二ヶ月、その数ヶ月後に学校に入学して、三年後に卒業。ここに配属されてから、一年が経過していま、す?」

 ヒース大佐の質問に対して、何も考えずに年数を数えて、何かが引っ掛かった。

 改めて、一年、二ヶ月、数ヶ月、三年、配属してから一年と、年数を数えてその合計年数に気づいた。

「隔離していたから時間感覚にズレが生じると思っていたが、合っているな」

 隔離していたって、ヒース大佐がシレッと言っているけど、今は関係無いので突っ込まない。

「リアが今行った計算でも、既に六年近い月日が経過している。そして、リアを救助してから約一ヶ月後に、ここが襲撃されている」

「ヒース大佐、それって……」

「トミー、言いたい事は解る。十代半ばにまで急成長させるのに最短で一年掛かり、安定して成長させるのに五年の時間を要する。つまり日数の誤差を考えても、リアが拉致された時点で既に件の刻印機が存在していた可能性が非常に高い。そして、ここ数年間、全く動きが無かった事にも説明が付く」

 ヒース大佐は片手で顔を覆い、ため息を吐いた。室内に重い空気が下りる。

 自分は顎に手を添えて少し考えた。ヒース大佐の言い分が正しいのならば、既に自分のクローン人間が誕生している事になる。その数は不明だ。

 ここで更なる問題は、クローン人間を成長させる問題の刻印機は『頭脳以外の肉体だけを成長させる』点で、頭脳に干渉する刻印機による教育時間がどの程度なのか、全く分からない事だ。

 頭脳に干渉して行う教育時間がどの程度か不明だが、流石に年単位ではないだろう。長くても、数日だ。

「俺は上に報告して来る。お前達は、ジェシカが潜入していた五年間分の報告書を取って来い」

「ヒース大佐。それは要約して手元に残したものを見てからでも、良いのではないでしょうか?」

「いや、見落としがあっては困るから取りに行け」

 スウィフト大尉が挙手してから質問したが、ヒース大佐に取り付く島は無かった。フルード大尉が慰めるように、項垂れたスウィフト大尉の肩を叩いた。

「それから、リア。お前は暫くの間、単独行動は禁止だ。未だに目を付けられているか謎だが、五年前の襲撃を考えると可能性は残っている。俺達の仕事を増やさない為にも、お前の身の安全の為にも、単独行動は取るな」

「分かりました」

「それと、今日は徹夜になるが、諦めてくれ」

 最後にそう言い残してから、ヒース大佐は部屋から出て行った。

 残された自分はフルード大尉と一緒に、絶望顔でソファーに伸びたスウィフト大尉を慰めてから保管庫へ移動した。



 そしてこの日は、ヒース大佐の宣言通りに部屋に泊まり込んで徹夜した。

「朝日が、……目に染みる」

 久し振りに徹夜をしたスウィフト大尉が、やつれた顔で号泣していた。

 自分は一徹夜程度なら平気だ。

 だが、自分が配属されてから『泊り込まなくて済んだ』と大喜びしていたスウィフト大尉には、久し振りの徹夜はキツかったらしい。

 大袈裟だなと言いたいけど、今回は一年振りの徹夜だったらしい。

 口から白い靄を漏らしているスウィフト大尉の肩を、ヒース大佐が叩いて元気付けていた。

 ヒース大佐の判断で、仕事漬けで倒れられては困ると、二人ずつ交代で一日休暇を取る事になった。

 先に休む事になったフルード大尉とスウィフト大尉を送り出した。スウィフト大尉が一度寝ないと幻覚を見そうな状態だったから、フルード大尉に連れて行って貰ったが正しい。

 残った自分とヒース大佐は、注文した食事を取りながら一日掛けて報告書と資料を作った。

 その結果、資料のページ数は報告書の二倍になった。

 これで良いのかと一瞬思ったが、一緒に作ったヒース大佐は何も言わなかった。

 ヒース大佐の目が死んでいたので、何か言うと倒れそうな気配を感じたからではない。

 夕方にはヒース大佐と一緒に寮に帰った。

 


 深夜。

 雨音を聞いて、思考が徐々にハッキリとして来た。

 気づけば土砂降りの中、墓石の前で一人立っていた。いや、立ち尽くしていたが正しいか。

 墓石に刻まれている文字を読んで、自分は飛び起きた。不快と感じる程に、寝巻が寝汗を吸っていた。

「……あ、術を使うのを忘れていた」

 何故、あの過去を夢で見たのか考えて、ここ一年間『夢封じ』の術を使っていた事を思い出した。眠る前にうっかり使い忘れた結果が、先程の夢だ。

 けれど、どうしてあの夢を見てしまったのかと考えて、記憶と夢の相違に気づいた。

「まさか、だよね」

 ベッドの上に身を倒し、夢封じの術を己に掛けてから目を閉じる。

 先の夢は、警告夢でも、予知夢でも無いと、己に言い聞かせる事も忘れない。

 墓石に刻まれていた名は、別の人物のものだった。


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