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久し振りの学生生活

 春に入学した学校は、地球で言うところの工業高等専門学校に相当する、三年制の州立工業学校だ。

 三年掛けて学ぶ内容は刻印機についてだ。

 ここは刻印機の開発と製造を行う人間――刻印作者を育成する学校だ。

 この学校では刻印機について専門的に学べて、刻印作者の国家資格も取れる。女子生徒の数も多く、春と秋の二回に分けて入学者を募る学校なので、生徒数も多かった。

 刻印機については、軍属の学校にいた頃にも簡単に学んだが、簡単に触れる程度だった。ヒース大佐が言うには、刻印機に関わる法律を含めて、色々と知っておいた方が自分の為になるそうだ。

 何が自分の為になるのか不明だが、二年振りに学校で受ける授業は思っていた以上に楽しかった。己が知る魔法具の作り方と比べて、色々と実験でも出来た。

 自分が手掛けた刻印機は、必ずヒース大佐に提出する約束だったから見せた。呆れられたけど、治療関係品ばかり作っていたからか、特に怒られなかった。

 学費は孤児院出身だった事と入学先が州立の学校である事を理由に国から出る事になった。生活費はヒース大佐から貰っている。軍学校に通っていた頃に奨学金として貰っていたお金の残金は全て手元に来た。私物は拉致されたあの日に全て駄目になってしまったので、買い直さなくてはならない。

 二年振りの新しい学校生活は思っていた以上に順調だった。

 ただし、寮を保有する学校では無い為、自宅から通学をしなくてはならなかった。ヒース大佐が州が保有するマンションの一室(恐らく一世帯で使用する大部屋)を貸してくれたので、現在、この一室で独り暮らしをしている。

 独り暮らしと言っても、十日に一度はヒース大佐かフルード教官が様子を見に来る。この時に、自分が作った刻印機と、今後作る予定の刻印機の設計図を見せるのだ。

 たまにヒース大佐から、希望の能力を発揮する刻印機が作って欲しいと相談を受ける。

 そう言ったものを作る際には、必ず綿密な打ち合わせを行う。けれど、刻印機で作れないものはヒース大佐と話し合ってから、必ず『使い捨て』の魔法具を作って渡した。


 使い捨て系の刻印機は大量に存在する。永久に使える刻印機は存在しない。刻印機の使用可能年月は、種類と使い方にもよるが、家電系は『五年から十年』と言われている。

 刻印機を安全かつ確実に使用するのなら、五年に一度交換する。五年も経過すれば、購入時とほぼ同じ値段で『少し性能が良い』刻印機が手に入る。

 十年以上使えば更に良いものが購入可能ではと思ったが、そんな事は無かった。十年以上も使用した刻印機を廃棄する際には、別途で手数料が発生する。『何で?』と思ったけど、部品をリサイクルする際に手間が発生すると授業で聞いた。

 手間の中身は分解の手間賃だった。十年も経過すると、内部の構造が変わってしまう事が多く、知っている専門の業者を呼ばなくては解体不可能なんだって。

 十年で技術が一新されるとは恐ろしいな。


 学校の授業は三段階に分かれている。

 一年目は基礎と法律を学び、二年目は実技と応用、三年目は実地訓練となる。二年生の半ばで学年で十番以内の成績であれば、二年目の終わりに国家資格を取得する為の受験資格が得られる。受験資格自体は三年生の半ばで取得可能だ。

 自分の卒業後の進路は、ヒース大佐が言うには『己の意思で決められない』状況らしい。進路が既に決まっているも同然だと、入学前に説明を受けた。

 成績の良し悪しに関わらず進路が決まっているから、のんびりと勉強しろとまで、言われてしまった。

 まぁ、実際に勉強を始めたら、思っていた以上に楽しかった。たまには勉強から離れろと、言われる程に関連書籍を読んでいる。

 適度に休んでいる。でもね。遊びたくても、接触可能な娯楽が少ないから、目の前の楽しい事にのめり込んでしまう。いっその事、自作するか。

 付け加えると、行っていた魔法具の研究の中で行き詰っていた幾つかが、刻印機の勉強過程で解消されて完成した。

 表に出すと面倒だけど、ヒース大佐にだけは『過去の研究品です』と報告した。用途不明で、尚且つ、使用者が限られると判ると、『今後の報告は不要』とお達しを貰った。

 最初に見せたのは、改造した空中戦闘用品だったんだが、ヒース大佐の反応は鈍かった。

『空を飛ぶのは機械で十分。人間は乗せて貰う存在だ。人間が空を飛ぶのはちょっと……』と、ヒース大佐は目を泳がせていた。高所恐怖症か?

 今後の報告が不要ならいっかと、深く考える事を止めた。

 でも娯楽品として作ったものは必ず報告しろと言われたんだよね。違いはなんだ?

 


 行き詰った研究が進んだ事で、刻印機絡みの勉強にのめり込んだ結果。

 楽しい事をしていると時間の経過が早く感じると、そんな事を言ったのは誰だったか。

 個人研究を含めた事をしていた結果、あっと言う間に一年が過ぎ去り、気づけば二年の終わりに差し掛かっていた。

 そうそう。国家資格の受験資格もついでに手に入れたよ。ヒース大佐からは特に何も言われなかった。『挑戦したいのならしてみると良い』と言葉を貰っただけだった。

 受験に挑戦した結果、二度も落ちたが、三年生の夏休み前に合格した。特に法律系は引っ掛け問題が多くて難しかった。つーか、違法刻印作者の名称が『黒作者』って、安直過ぎない?

 色々あったが、三年間はあっと言う間に過ぎ去り、卒業資格を手に入れた。

 遂に二ヶ月後に行われる卒業式を待つ身になった。



 卒業式の日を迎えて、『今日でもう来ないんだ……』と思ってしまった。

 割とあっという間だったから、特筆するような思い出は無い。

 たまにヒース大佐から依頼を受けたが、、好き勝手に刻印機を作っていた記憶しかない。友も作らなかったけど、その事については何も言われなかった。

 卒業式は午前中で終わった。卒業証書を手にマンションに戻る。この部屋から出るのはまだ先で、そもそも州が保有する部屋だ。何時、移動になるのか分からない。

 三年間着ていた制服から私服に着替えて、冷蔵庫に残っている食材で昼食を作り食べる。

 ヒース大佐とフルード教官が来るとしても、大体夕方頃だ。今はお昼なので、最低でもあと六時間は経過しないとここには来ない。

 食器類を洗って片付けたら、購入した読み途中の電子書籍と読む為のタブレット端末に似た刻印機を取り出した。

 今日、学校を卒業した。読み掛けの電子書籍とまだ読んでいない電子書籍が何冊か残っている。今後、読書の時間が取れるか怪しい。今日中に残りを読んでしまおう。

 娯楽系の本は児童向けばかりだ。創作小説類は殆ど無い。

 自分が読んでいる本は、料理のレシピ集だ。文明が発達しているからか、食文化もそれなりに発達しているけど、お菓子の種類が少ない。手掴みで食べるパンが存在する料理と違い、手掴みせずに食器を使って食べるのがお菓子だと認識されていた。

 孤児院にいた頃、甘くないクッキーが固焼きパン扱いされている事を知り、驚いたのは懐かしい。

 ヒース大佐とフルード教官に、甘いクッキーを作って出したら驚かれた。甘いパンは存在しないと言われて驚き、メロンパンやフルーツサンドを作って出したら受け入れられた。

 意外だったのは、ヒース大佐が甘党だった事だ。お土産にマドレーヌを渡したら喜んでいた。

 お菓子で思い出したが、調理器具系の刻印機も作った。これだけ技術が発展しているのにも関わらず、意外な事にハンドミキサー、ブレンダー、圧力鍋の三種だけは存在しなかった。

 お菓子のレシピ本は存在するけど数が少ない。お菓子の種類そのものが少ないから、しょうがないんだけどね。自分が知っているお菓子のレシピだけはメモに残してヒース大佐に渡している。

 一冊読み終えた。お茶を淹れに席を立ったところで微かな揺れを感じた。

 この大陸で、揺れていると明確に感じる程の大きな地震の発生回数は少ない。たった今、微かに感じた揺れも『気のせい』としか思えない程に小さかった。

 窓辺に近づき、薄いレースカーテン越しに窓から外と見ても景色に変化は無い。

 そしてアイツも見えない。

「……」

 余計な事を思い出してしまった。頭を振ってからお茶を淹れに台所へ向かう。


 アイツと言うのは、自分と同じ転生の旅をしている、自分を含めた十人の内の一人、ロンの事だ。

 直接ロンと会って確認はしていないし不可能だ。何故かと言うと、この世界に転生したロンはこれまでの記憶を取り戻していなかったのだ。

 入学する前だから、もう三年前になるのか。

 あの時は新居で使用する私物類を買う為にお店をはしごしていた。移動中、街中で仲の良さそうな一家が視界に入り、真ん中の子供が銀髪だったので暫し注視していた。進行方向的にすれ違うからそのまま歩いて接近した。

 そしてすれ違った時に、一瞬『見間違いかと思った』が、建物の傍に移動して、携帯端末を見る振りをして専用の探索用魔法具を使った結果、本人だった。あんな目立つ容姿の男が市井に埋もれていられる筈も無く、行く先々で耳目を集めていた。自分も気になったので、ある意味当然かもしれない。

 ロンは両親と思しき壮年の夫婦の間にいた。年齢は自分と同じか、三歳上か下だろう。

 過去に再会したロンが、どんな経緯で記憶を取り戻していたのかは知らない。他の面々は『ふとした時に思い出した』と言っていた。これがロンにも当てはまるかは不明だ。

 だが、記憶を取り戻していないのは確かだろう。

 転生の旅が始まる前のロンは『兄と姉が欲しかった』と言っていた。パーティメンバーの中でも最年少だったロンは『皆の弟分』的な立場に収まった。

 ただし、女衆は自分を含めて四人もいるのに、ロンは自分にだけ変に懐いていた。他の三人は、そこらの男よりも男前、現役シスターなのに打撃力高め、高笑いが似合うポンコツ、と言う面々だった。

 一度だけ、ギィードから『一周回って、お前が他の三人よりも真面だからだ』と言われた。聞いていた周りの男性陣も同意していた。一周回って真面だからなんて理由だけで、ボディタッチもやたらと多かった。お陰で男性に対して免疫が付いてしまったとも言える。

 転生の旅が始まり、年齢の上下が逆転しても、ロンの自分への態度は変わらなかった。

 にも拘らず、街中ですれ違った時のロンは自分を見ても無反応だった。互いの視線は合ったが、ロンは無反応で、自分は『別人か』と内心で首を傾げた。確認したら本人だったけど。

 これまでに、記憶を取り戻していないパーティメンバーと出会った事は無い。

 仲間と認識していた人物から『思い出して貰えない』と言う状況は思っていた以上に、精神的にキツかった。

 勉強にのめり込んだのは、一時でも忘れる為の無意識の選択だったのかもしれない。


 台所でお茶を淹れながら、ぼんやりとそんな事を思い出した。

 無意識の選択だったとしても、この三年間は充実していた。リリーヴァーの家名のせいか、誰も話し掛けて来なかったから、勉強に集中出来た。

 その良し悪しは、今になっても判らない。

 そして、無意識に下腹部を撫でていた事に気づいて手を止めた。

 ヒース大佐が三年前に行っていた言葉が脳裏を過ぎる。

 

『言うか言うまいか悩んだが、無断で婦人科系の治療院に向かわれては困るから教える。治療用カプセルでの検査中に発覚した事になるが――お前の子宮と二つの卵巣は摘出されていた。どの時点で摘出されたのか不明で、現時点でも行方知れずの状態だ。何が起きるか分からない。現時点で判明している事は一つだけだ』


「……クローン人間か」

 声が小さく零れた。

 三年前――いや、四年近くも前に起きた襲撃事件でフルード教官が見かけたと言う、自分のそっくりさん。 ヒース大佐が言うには、そのそっくりさんは『自分のクローン人間』である可能性が極めて高い。

 ただのそっくりさんでクローン人間と言うのは安直な気もする。そもそも成長時間はどうなっていると思ったけど、急成長を促す違法な刻印機が開発された可能性があるって言われた。

 ……クローン人間とか、マジで勘弁して欲しいんだけど。

 自分の尊厳が蔑ろにされる行為だ。自分に似た人間を見るのは、何気なく初めてな気もする。けれども、いざ対面したら気持ち悪いだろうな。実に悍ましい行為だ。

 しかし、疑問が残る。

 自分のクローン人間を作ってどうする気だ? 目的が見えない。この三年間、何も事件が起きなかった事も気に掛かる。

 情報が貰えないからここで考察するしかないんだけど……考えても何も分からない。

 頭を振って思考を追い出し、せっかく淹れたのに冷めてしまったお茶を一気に飲む。

 考えても解らない事は、何も解らないのだ。

 情報を持っていそうな人が何も教えてくれない以上、今の自分が知っても意味が無いのかもしれない。あるいは、状況が一変するような事が起きるまで待つしかないかもしれない。

 

 この日は結局、ヒース大佐が来る事は無かった。ヒース大佐が来たのは、翌日の昼だった。 

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