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襲撃後の後始末~ディラン視点~

 庁省襲撃後の翌日にまで時を遡る。

 重傷を負うも教え子の手当てのお陰で完全に回復した部下の一人、ウィリアム・フルードからの報告をディラン・ヒースは受けていた。

「それで昨日の襲撃が発生したのか。クソ面倒だな」

 報告を受けたディランは書類を机に放り出した。自身の中で情報を統括して得た結果に、ディランは思わず悪態を吐いた。室内にはウィリアム以外にも数名いたが、全員がディランの部下だ。全員、デイランとウィリアムの会話に聞き耳を立てる事は無く――聞き耳を立てる暇すらないのが正しい――各々の仕事の集中していた。それは残業回避の為に頑張っているとも言う。

「そんな事を仰らないで下さいよ」

「他にどう言えってんだ。……そういや昨日、リア・リリーヴァーに会ったぞ。話に聞いていた割に、大人しかったな」

 渋面を作ったウィリアムに言い返してから、ディランは昨日出会った少女の事を思い出した。

「そうですか? 満足に歩けないから大人しくしていただけですよ。その証拠に、何人処理したか忘れましたか?」

 ウィリアムは『処理』と暈したが、正しく暈すのならば相応しい単語は『処分』だ。そして、彼女が処分した人数は十人に上る。

 短時間で十人も処分した彼女の手際の良さは褒めるべき点では無い。ウィリアムが負傷しなければ、彼女は行動を起こさなかった。

「覚えているが、そもそもお前が後れを取らなければやらなかっただろうな。何が起きたんだ?」

「……すみません。そっくりさんに会い、驚いた隙に後れを取りました」

 予想外の報告を受けて、ディランは思わず息を呑んだ。瞑目してから数秒掛けて息を吐き、心を落ち着けたディランはウィリアムに一言問う。

「報告は?」

「朝一番に一つ飛ばしで報告はしました。独断で行いすみません」

「事後報告の一点だけが気になるが、今回は仕方が無いか。……だが、まだ一年程度しか経過していないぞ。そっくりさんと言う事は、外見年齢までも同じだったと言う事か?」

「その通りです。違いは髪の長さぐらいですね」

「新たな刻印機が開発されたか。急成長を齎すとなると、使い捨てる前提か」

「上の方で大至急調査してくれるそうです」

「そうか。あ、明日の予定は全部空けろ。リア・リリーヴァーの事情聴取を行う。ついでに色々と頭を下げろ。俺も一緒に行くから逃げるなよ」

 ディランはギロリとウィリアムを睨みつけた。この男は何を考えているのか未だに謝罪をしていない。

「書類仕事だけなので良いですよ」

「言ったな? 明日逃げるなよ」

 のほほんとしたウィリアムに向かって、ディランは二度も『逃げるな』と言った。己への釘の差し方を見たウィリアムは、上司の本気度を悟ったのか額に汗を滲ませた。

「今日中に昨日の処理を終わらせるぞ」

「急ぐ必要は無いでしょう?」

「いいや。明日の状況によっては、お前に新しく仕事を割り振らねばならなくなった。それも長期的な仕事だ。今日中に捌き切らないと影響が出る」

 ディランは昨日の会話を、リア・リリーヴァーとの会話を思い出し、会話内容の一部を報告しなくてはならない事も思い出した。明日、彼女から詳細を聞いて纏めた方が正確さも増すだろうと判断して、未だに報告書類の作成も行っていない。

「私に長期的な仕事?」

「現状では教員免許を持っているお前が適任だ」

「教員免許? ……潜入予定先の学校はどこですか?」

「明日教える。い・ま・は、仕事に集中しろ」

 ディランはウィリアムからの質問の回答を拒み、仕事を優先させた。質問の回答を拒まれたウィリアムは少しだけ不服そうにしたが、明日知る事が出来るのならばと気持ちを切り替えて仕事に専念した。



 翌日。

 ディランは午前中の内にその日の仕事の半分を大急ぎで終わらせた。

 昼食を取ってから、ウィリアムを伴って地下部屋へ――リア・リリーヴァーの病室へ向かった。ディランの手には電子書籍を読む為の端末が在った。

 飲食物の差し入れ品は不可でも、書籍などの差し入れ品は可能だった。

 兼業医師にリア・リリーヴァーへの差し入れ品の相談をしたところ、一ヶ月が経過してやっと固形物が少し食べられるようになったところだったと聞かされ、飲食物は却下された。

 ディランが手にしている電子書籍用の端末は代わりの差し入れ品だ。

 一方、ウィリアムは手ぶらだった。

 流石にディランも怒りたくなったが、つい一時間程前に行くと言ったばかりだったので――今日の仕事が終わり次第行くと、ウィリアムは思っていた。ディランは昨日の時点で、何時行くか決めなかった事を悔やんだ――怒れない。

 ディランとウィリアムはエレベーターを使って地下へ降り、一ヶ月振りに廊下を歩く。

 一ヶ月。リア・リリーヴァーが目を覚ましてから、たった一ヶ月しか経過していない。

 付け加えるのならば、彼女が攫われてから一年弱の月日が経過している。非常に短い期間で物事は大きく進んでいた。

 到着した部屋の鍵を開けて室内に入ると、起きていたリア・リリーヴァーが州営放送番組を見ていた。州営の放送番組では、一昨日の襲撃事件に関わる報道を読み上げていた。

 彼女が自身の正確な居場所に気づいても、必要だった理由を話せば納得する。隠し事が有っても『言えない』と言えば問題は無い。ディランはそんな確信を抱いていた。

 リア・リリーヴァーと一日振りの挨拶を交わしてから、一昨日とこれまでに関する事情聴取を改めて行った。

 改めて行った事情聴取でリア・リリーヴァーが暈していた事を全て明かされてしまい、余りの情報量の多さにディランも『教えるんじゃなかった』と少しだけ後悔した。

 ディランと共に聞いていたウィリアムも、この時ばかりは珍しく顔を引き攣らせていた。

 大体の事を話し終えた彼女はこちらの様子を窺った。

 信じられないような事まで話されたが、目の前で実際に起きた以上は信じるしかない。何より、ディランが彼女に情報を与えたからこうなったので、ある意味自業自得かもしれない。

 感情の整理を終えたディランはリア・リリーヴァーに今後の待遇について教える。

 一昨日の一件で仕事がまだ残っている以上、これまでとほぼ変わらない。何より彼女はまだリハビリを要するので、待遇そのものが変えられない。

 待遇以外で変わる事は、ディランが持って来た端末ぐらいだ。

 ディランは端末を起動させてから、リア・リリーヴァーに手渡した。そのまま画面に表示される指示に従うよう彼女に操作をさせると、抜き打ちテストは予想通りの結果となった。

 一般教養が抜けている。

 彼女は軍属の学校に幼少期からいたのに、どうなっているのか。ディランは一度で良いから、彼女が通っていた学校に問い合わせをしたくなった。ついでに、そこで教員をやっていたウィリアムを睨む。 

「義務教育範囲内の一般教養が抜けていたとしても、それは私の責任じゃないですよね?」

「俺も初めはお前の報告怠慢を疑った。だが、派遣先は中等部だったから、その可能性は除外した」

 部下の不手際を疑わなくてはならないのは心苦しいが、予想外の真実が発覚した以上、現場にいた人間を真っ先に疑わなくてはならない。

 ディランも始めこそは疑うも、ウィリアムの状況を考えて『白』と判断した。

「まぁ、一般教養を全て受けていないからと言って、すぐに勉強をし直せとは言わん。今はリハビリに集中しろ。何をするにしても、その体では日常生活にも不便だろう」

 ディランの言葉をリア・リリーヴァーは頷く事で肯定の意を示した。

「上がどう判断するか分からないが、当面の待遇に変化は無い筈だ。一昨日のような襲撃は今後発生するかもしれないが、その時はこの部屋から出るな。緊急時には、躊躇わずに力を使い己のみを守る事を優先しろ」

「誰かに見られても良いのですか?」

「緊急事態だから仕方が無いが、可能な限り気をつけろ」

「それなら、記憶を少し弄った方が良いですか?」

「……それは止めろ」

 聞きたくも無かった最終手段を子供の口から聞く羽目になり、ディランは思わす天を仰いだ。



 ディランはリア・リリーヴァーに、他人の記憶は弄るなと念入りに注意し、端末に入っている学習用のソフトで暇潰しの自主学習を勧め、最後に言うべきか悩んだ事を教えて、ウィリアムを連れて部屋を出た。ディランはウィリアムを連れたままエレベーターに乗り込み目的の階で降りて、ふと凡ミスに気づいた。

「そう言えば、お前謝罪はしたか?」

「していませんね。どうしましょうか?」

 ウィリアムに謝罪をさせようと思っていたのに、ふと気づけば、帰りになっていた。

「時間を見つけて、必ず行けよ」

「分かりました。必ず行きますから、落ち着いて下さい」

 しつこく念を押し、ウィリアムから言質を取ったディランは、無意識の内に掴んでいたウィリアムの胸倉から手を放した。



 ディランは上官に事情聴取の内容を報告し、リア・リリーヴァーの今後について相談した。だが、ディランが予想した通り、リハビリが終了するまでは現状維持で決まった。

 リハビリ終了後は、別室でウィリアムに教鞭を取らせる事もついでに決まった。

 彼女がかつて所属していた軍属の学校の授業内容に関する報告類は存在しなかったらしく、ディランの上官は『冗談だろう?』の言葉と共に暫しの間唖然とした。ディランが肯定すると、彼は額に手を当て嘆息した。

 学校に関わる担当は別の人間だ。上官はそこに丸投げを決めて、意識を切り替えた。

 ウィリアムが教鞭を置く頃合いについては、進捗状況の報告を受けながら決める事になった。

 決める事は決めたが、上官の顔色は悪い。

 覚醒者に関する情報を覆しかねない新たな情報が齎されたのだ。どんな理由が存在しようとも、これまでの常識が塗り替えられたら、ディランも同じ反応をするだろう。

 詳細を纏めた報告書の提出を命じられて二人は解放された。報告書を作成するに当たり、一度だけリア・リリーヴァーから再度確認を取る事になった。

 当然、その時にウィリアムには『本人の同意無しで囮にした』事について謝罪をさせるが、そこに辿り着くまでの道は遠い。

 ディランは書類仕事をする部屋に移動しながら、山積みとなった仕事を思い浮かべてげんなりとした。


 そして、ウィリアムが謝罪に向かえたのは、翌日から十日後の事だった。



 一ヶ月後。

 リア・リリーヴァーのリハビリが終了した。予想よりも早い終わりだが、成長期の子供だと言う事を考えると早くはないのかもしれない。

 リハビリが終了したら、別室に移動となった。別室と言っても、この建物の地下の別部屋だ。

 その別部屋で、ウィリアムがリア・リリーヴァー相手に教鞭を取っている。

 再勉強の進みは意外にも早かった。ウィリアムが遊び半分でやらせた書類仕事に至っては、文句のつけようが無い出来だった。ディランは即戦力として確保を決めた。

 再勉強の進捗状況をディランが上官に報告したある日。

 上官から『リア・リリーヴァーを州立工業学校の入学試験を受けさせて見ないか』と提案を受けた。

 単純な実力試しだが、受験に合格したのならばそのまま通わせる方向で、上層部で話が纏まっている。

 問題児を野放しにさせて良いものかディランは悩んだが、『一般常識を知らないままでいさせる』事の方が問題だと言われては何も返せなかった。

 件の州立工業学校は、州全域から人が集まる『刻印機について学ぶ』学校だ。その入学倍率は州で最も高く、付け焼刃での入学は不可能に近い。

 不可能に近いとディランは認識していた。

 だが、リア・リリーヴァーは予想を超えて入学試験に合格した。点数はギリギリだったが合格した事には変わらない。

 入学を決めたリア・リリーヴァーだが、当人は実際に入学するとは思っていなかったらしく非常に驚いていた。ディランが制服を渡して拒否権が無い事を教えると、彼女は肩を落とした。

 けれど、刻印機関連の法律を含めて色々と知って損は無い、自身の為になると言い聞かせた。

 リア・リリーヴァーは『何が己の為になるのか分からない』と首を捻っていたが、実際に入学して授業を受けて、その考えは完全に変わった。

 前向きになった事は喜ばしいが、暴走の気配を感じてしまった。

 一抹の不安を覚えつつも、ディランは釘を刺すに止めた。 


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