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無意識の選択

 自分がいる場所は小さい部屋だった。室内の灯りは人感センサーか何かで自動点灯するのか、ドアが動くと同時に勝手に点いた。

 室内の広さは六畳程度で、自分は壁際のベンチらしいところに座っている。ただし、ベンチ以外に目に見えるものは存在しない。壁面収納になっているのかな?

 調べる為にも、重力魔法で己の重量を軽くしてから立ち上がった。杖が手元に有るけど、短時間で室内を調べたいので魔法を使って宙を飛んで移動する。フルード教官の反応から考えると、誰かが室内にいる状態で外から一度閉めると、室内にいる人間でなければドアの開け閉めは出来ないと見て良いだろう。

 魔法を見られて困る状況にならないのならば、時間短縮の為に使おう。



 そうして室内を調べて見つけたものは、壁面収納にサバイバルキットらしきものが詰め込まれていた事と、トイレを見つけただけで、監視カメラは無かった。あと、この部屋に入ってから散々聞いていた振動音や爆発音を聞かなくなった。

 サバイバルキットの食料は固形物ばかりなので、小腹満たしとして摘まんでも胃が受け付けない。そもそも、非常食だからおやつのように食べてはいけない。

 ベンチに腰を下ろし、宝物庫からロザリオを取り出した。

 このロザリオを使えば、転生の術でこの世界から逃亡出来る。

 でも、仮に別の世界に転生しても、目標が無ければ今生と同じようにぼんやりとした日々を過ごす事になりそうだ。

 目標。生きる意味。人生を過ごす目的。何かに打ち込む熱意。

 その全てが欠落している。

 今生で流されるように生きた結果、大した思い出が無い。同じ人生を来るのは苦痛だ。何かを見つけないと……。

 ぼんやりとロザリオを眺めていると、突然ドアが強くノックされた。続いてドア越しに『救助に来た』と声が聞こえた。

 救助の単語に反応してロザリオを宝物庫に仕舞ってから杖を支えに立ち上がり、ドア横のパネルに手を伸ばして、ふとフルード教官の言葉を思い出す。

『何が起きても、ドアは開けるな』

 そう言っていたし、合言葉も決めた。ドア横のパネルを操作して、外部スピーカとマイクを起動させた。そして、『内部から解錠する為の解錠コードを言って下さい』と呼び掛ける。すると、『そんなものは存在しない。早急に開けろ』の言葉と共にドアが先程よりも強く叩かれた。

 思いっ切り、何か有るな。

 透視を発動させて、ドアの向こう側を見た。ドアの向こうに広がる光景を見て、思わず息を呑み、無意識に透視を解除してしまった。

 ドアの向こうには、銃火器で武装した十人の顔を隠した男(声で判断)と、血塗れで俯せに倒れているフルード教官がいた。フルード教官の腹部を中心に、小さくない血溜まりが出来ていて緩やかに広がっているのに、治療が一切施されずに放置されている。

 状況が判らない。ぼんやりとしていたからか、思っていた以上に時間が経過していたようだ。

 魔法を使ってフルード教官の容態を確認すると、まだ生きている。けれど出血量を考えるに、このままだと出血過多で死に至りかねない。

 ……どうする? どうしよう? いや、自分はどうしたい?

 フルード教官の言葉を守ってこのままドアを開けずにいたとしても、外からドアを爆破されたら意味が無い。かと言って、ドアを開けたら――どうなる?

 そもそも、ドアを開ける云々よりも、この男共は誰?

 業を煮やしたのか、ドアを叩く音が一段と強くなった。

 状況が理解出来ず、今取るべき行動を考える。

 それは、ドアを開けるか、否かだ。

 ドアを開けたらどうなる? 男達が入って来る。そして、自分はどうなる? このドアは『何が起きても開けるな』と言われていた。それは、『自分が狙われている』事を示すのではないか?

「っ!?」

 ドアを強く叩く音が響き、驚きで息を呑んだ。まるで、ドアに蹴りを叩き込んだかのような音だった。

「どう、すれば、良いの……ん?」

 今まで、『どうしよう』の単語だけが頭の中を閉めていたが、無意識に零れた言葉は『どうすれば』だった。

 目を閉じて、単語から連想する言葉を口にする。

「どうすれば。何をどうすれば。何がどうすれば。何がどうなれば。何がどうなれば。何を、何に、どんな――結果を求める?」

 辿り着いた単語は『結果』だった。

 自分が求める結果は何? それは――この状況の打破だ。

 では、どうすればこの状況は打破出来るの? それは――男達を撃破すれば良い。

 どうやって男達を撃破するの? それ、は――

「――はぁ……、使うしか、ないのか」

 目を開いて辿り着いた答えは『魔法を使う』だ。体が思った通りに動かない現状で、取れる手段はこれだけだ。

 

 でも、この世界に魔法は存在しない。  


 使えば状況は変わる。だが、魔法の存在を隠す事は難しい。この状況をどうやって変えたのか説明を要求される。戸籍が軍属のままである以上、何かしらの研究に対して協力を求められるだろう。そうなったら、今のままではいられない。早急に別の世界への移動を考えなくてはならない。

 けれど、この状況をどうにかしないと――今度はフルード教官が死ぬ。

 倒れ伏したままのフルード教官に、治療が施された痕跡は無い。このまま放置すれば出血多量で、間違い無くフルード教官は死ぬ。

 言い付けを破って助けるか。それとも、言い付けを守って見捨てるか。

 辿り着いた現状の選択肢は二つだが、今後の人生を大きく左右する究極の選択だ。

 ……よりにもよって人命が関わるなんて、間が悪いにも程が有る。

 どちらを選べば良いのか? 他人の命と自分の人生を天秤に掛けて、すぐに答えは出て来ない。

「何で、他人が見捨てられないの……?」

 他人が見捨てられない。過去の人生で見捨てた人間は大量にいる。血族者を見捨て、国を見捨て、時には世界を見捨てて、今の自分はここにいる。見捨てた人間が死んでも、今まで何も思わなかった。皆、自分を捨てから捨てた。だから、何も感じなかった。

 なのに、どうして今ここで、他人が見捨てられないのよ。

 仮に見捨てても言い訳は可能だ。『最期の言い付けを守りました』って、言ってしまえば良い。自分とフルード教官は軍属だ。上からの命令を守るのが軍人だろう?

「お人好しで良い事なんて、一つも無かったのに何で――」

 何で、見捨てる為の行動が取れないの?

 お人好しでいては利用されるだけだった。良い事は無かった。善意に付け込む奴らばかりだった。自分の善意は何度も踏み躙られた、のに。

「どーしてあたしは、見捨てる理由ばっかり、考えているのよ」

 見捨てる理由ばかりが、つらつらと出て来る事に気がついて、その場に落ちるように座り込み俯く。杖が音を立てて転がったけど、視界に入らない。

「どうして、見捨てられないの?」

 本当に、何でなの。

 両手を強く握り締めても爪が皮膚に食い込み、鋭い痛みを感じるだけだ。答えは出て来ず、思考は同じ単語を繰り返すだけ。

「っ!?」

 ドア越しに発砲音が響き、反射的に顔を上げた。視界に入るのはドアだけだ。今聞こえた発砲音はドアの向こう側から響いた。ドア越しに聞こえて来た発砲音は、自分の記憶が正しければ『銃声』で合っている。

 銃声が響いた。それが意味する事に気づいて、杖を拾って慌てて立ち上がった。そのまま、無意識に行動してしまい『やっちまったぁ』と後悔する。

 そう、自分は立ち上がるなり、無意識にドアを開けてしまったのだ。

 後悔している最中。視界に入る人影は事前に透視で見た通りに、銃火器で武装した顔を隠した十人の人間と、床の上で血溜まりの中で倒れているフルード教官だ。『やべぇ』と顔を強張らせ内心で頭を抱えていたが、複数の下卑(げび)た笑い声が聞こえて、何かが切れる幻聴を耳にした。

――もう、どうでもイイや。

 悩んでいた自分が馬鹿みたいに感じる。

 顔を隠した連中が何か言っているけど……、もうイイや。不意に手を掴まれて、顔を隠した奴の一人に引き寄せられて杖を取り落とした。こいつは自分を連れ去る気なのか? 不可能だけど。

 人数は十だが、個別に識別するのは面倒なので一定範囲に指定し、自分とフルード教官を除外してから魔法を発動させる。

 使用する魔法は『打魂(だこん)』だ。肉体を『透過』して対象にダメージを与える。威力を加減すれば意識を奪う程度に調整も出来る。受けたダメージは体の芯に残るので、簡単には癒えない。更に、肉体以外『も』透過して対象に攻撃を加える事が可能なので、防ぐ手立ては基本的に無い。

 打魂を発動すると同時に、武装していた十人が苦悶の声を漏らして一斉に倒れた。

 自分の手を掴んでいた奴も例外なく白目を剥いて意識を失った。こいつが床に倒れる際に巻き込まれないように上手く避けて、魔法で自重量を軽くしてからフルード教官の許へ移動する。

 体勢を仰向けにしたフルード教官の容態を確認すると、出血量の割にまだ生きていた。ただし、血の気が無い顔をしていて、呼吸と脈拍は弱々しかった。フルード教官の状態は『虫の息』と言って良いだろう。目に見える負傷は、銃弾が貫通して出来た銃傷だったが、体に銃弾が残っていないのなら手当てだけは楽だ。体から銃弾を抜き取る手間が省けて良い。

 魔法を使って本格的に治療を行う前に、まだやる事が残っている。

 一先ず治癒魔法で止血し、これ以上の出血を防ぎ、同じく治癒魔法で呼吸を安定させる程度に体力を回復させる。

 治療の前に行う事は、倒れている十人の処分だ。こいつらが何時、目を覚ますが不明――魔法で意識に直接衝撃を加えられたも同然なので、簡単には意識を取り戻さないが、目撃者は消しておくに限る。幸いにも、この辺には監視カメラが存在しない。堂々と、口封じを行っても誰にも見られない。

 フルード教官の装備品の拳銃を一丁拝借した。残弾を確認し、魔法で消音を二重に施して、倒れている十人の息の根を止めた。防弾チョッキを着こんだ人間の息の根を止めるのに、わざわざ心臓を狙ったりはしない。面倒だが、一人ずつ蟀谷に銃口を押し当てて――引金を引いた。魔法で消音処理をしているので、音は全く響かなかった。

 こう言う時は、眉間か、眼球を狙うのが良いのかもしれない。

 でも、眉間を狙ったら骨に当たり貫通するか怪しいし、眼球を撃ち抜いたら返り血を気にしなくてはならない。

 断じて、狙いを考えるのが面倒で、蟀谷を選んだのではない。

 そんな事よりも、口封じが終わったらフルード教官の治療を行う。止血を行い、呼吸を安定させる程度に体力を回復させたが、治癒魔法で流れて失った血は戻せない。故に、治療を行うのならば、別の魔法を使って治療をしなくてはならない。

 対象の時間を逆行させる魔法『清浄』を使い、フルード教官の治療を行う。現在時刻は不明だが、半日以上の時間は経過していない筈。ならば、半日前の状態に戻せば肉体の治療は可能と判断した。 

 判断は正しかったようで、フルード教官の顔色に血の気が戻って来た。半日前で駄目だったら、前日に戻す事を再挑戦するところだった。半日前に肉体の状態を戻した事で呼吸と脈拍も安定したが、揺さ振っても目を覚ます気配が無い。目を覚まさない原因は不明だけど、今は好都合だ。

 フルード教官の両腕を掴み、体重を軽くしてから引き摺って部屋に戻る。そして、自分を包むのに使っていた毛布の上に寝かせた。

 杖を拾ってからドアを閉めて鍵を掛け、ベンチで行儀悪く両膝を立てて座り、抱えた膝に顎を乗せる。

 このままフルード教官が目を覚ますまで待っていよう。

 勿論、魔法を使って調べれば判るだろうが、フルード教官が満身創痍となった経緯だけは知っておく必要が有る。それを知るまでは迂闊な行動は控えるべきだ。逆に行動せず、ここで待っていれば救助隊が来るかもしれない。仮に誰かが来ても、フルード教官が起きていなければ『誰が味方か』判別不可能だ。

 フルード教官は毛布の上で未だに眠ったままだ。疲れ果てているのか熟睡している。発見済みのサバイバルキットを漁って、毛布を一枚出しフルード教官に掛けた。安らかな寝顔で眠り続けているフルード教官は目を覚まさないが、呼吸はしているので死んではいない。

 ……自分は一体、何の確認をしているんだ?

 己の行動に突っ込みを入れてから、再びベンチの端で三角座をする。立てた膝に額を乗せていたら眠気がやって来た。目を閉じると、そのまま眠ってしまった。


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