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動けなかった結果、救助はあっさりと行われた

もう少し早い時間に纏めて投稿を計画していましたが、見直しに時間が掛かった為、三話を十分おきに予約投稿します。

 こんな状況で気にする事では無いが、『女』として気掛かりな事が発生している。

 訳が分からず、自分はトイレで頭を抱えていた。

 トイレで頭を抱える理由? 決まっている。

 簡単に言うと、『女の日』が来ないのだ!

 ストレスで毎月来ない場合も在るし、不定期的に来る時も在る。確かにこれまでは、ストレスフルな環境だったけど、この世界に来てからは『定期的』に来ていた。

 それがピタリと止まったのだ。

 怪しいが、手術痕などは残っていない。

 ベッドの上に寝転び、どうなっているのか考える。

 女性アスリートでも『女の日が来ない時が在る。もしくは不定期的だ』と言う人が『少なからずいる』と、聞いた事がある。でも、学校での運動はそこまで激しいものでは無かった。体に負担が掛かるような激しい訓練は『卒業してから行う』と聞いた。

 原因を求めて、ここに来てからの変化を指折り数えて列挙して行く。

 幾つか在るが、一番大きな変化は『睡眠薬入り』の食事だ。しかも、眠っていた間に何かされていた痕跡も残っている。睡眠薬以外の薬が混ざっていそうだ。

「ん? ……うわっ!?」

 地揺れに似た音が聞こえたかと思ったら、部屋自体がいきなり揺れた。反射的に落下防止柵に捕まり様子を見る。大きな横揺れだが、一度横に揺れたら今度はエレベーターに乗っているかのような、浮上する感覚が襲って来た。上を見上げると、天井が近づいている。

 上下に移動する部屋である事は事前に知っていたが、上昇を体験するのは心臓に悪い。水回りが揃っている部屋に続くドアを見ると、既に半分以上が見えなくなっていた。上昇する速度が思っていた以上に速い。遅いのなら駆け込もうと思ったんだが、これでは出来ない。それ以前に、ドアの開閉操作を行うパネルが見えないので行けない。

 仮の話、上昇中にドアを開けて入ろうとしても、挟まった時に『上昇』が止まってくれないと、鋏の原理で四肢が切断される危険が存在する。ちなみにこれは、ドアが開いたままのエレベーターでも起き得る事だ。無暗に頭を入れて覗き込んではいけない。

 部屋が上昇中の現状で、自分が取るべき行動を考える。

 部屋の外で何が起きているのか全く分からない。異変の原因が建物への襲撃だった場合、身を守る事を優先すべきだ。ここには身を守る為の武器が置かれていない。そう判断してベッドの下に隠れた。

 幸いな事にベッドは大きい。端に座ると自分の爪先が届かない程の高さもあり、ベッドの下には簡単に潜り込めた。奥の壁際へ移動する。

 四つ足状態で上昇が止まるまで待った。

 無言で状況の推移を見守る。そして、僅か十秒後。上昇が止まり、部屋に誰かが『飛び降りて』来た。横からドアを開けて来たのではない。人間が床に着地する重い音が部屋一杯に響いた。音が響いた回数は一度のみだった。この事から、誰が来たのかベッドの下に隠れているので見えないが、人数は一人だけと判断する。

 何が起きるのか。ベッドの下で待ち続けていると、再び部屋が動き始めた。慌てて近くのベッドの足の一本を掴む。部屋の動きが完全に止まり、思わず安堵の息を吐いた。やって来た人物が、敵か味方か不明なので、ベッドの下で丸くなって出方を待つ。

 視界が狭まっているので、やって来た人物の膝下の、編み上げブーツしか見えない。数分待ったが動きが無い。何の用で来たんだ? 出て行く訳には行かないので、そのまま待っていると、遂に動いた。それも、ベッドと一緒に。

「え?」

 掴んでいたベッドの足が急に、反対側の壁に向かって『横』に動いた。移動するベッドに引き摺られる形で床の上を転がった。

 そう、ベッドが動き、床上を転がった。車輪は収納式だったのか。

 それはベッドの下から出てしまった事を意味する。慌ててベッドの下に逃げようにも遅く、やって来た誰かに俯せに組み伏せられた。そのまま抵抗する暇も無く、手足を拘束された。手足の拘束が終わり、誰かに担がれる直前。一瞬だけだが、ここにやって来た人物の顔を見る事が出来た。誰が来たのか知り、驚きの声が出そうになった。

 自分を担いでいる人物は、アーチボルト・ギレット教官(偽名かも知れないが他の名前を知らない)だった。

 教官は自分を肩に担ぎ、移動を始めた。

 水回りが揃っている部屋へ移動し、何かの操作を行ってから再び移動を始めた。見える範囲だが、通っているのはどこかの搬送用の通路っぽい。天井が高く、通路の幅も四輪車が余裕で通れる広さだ。部屋の真下はこうなっていたのか。

 黙ってどこかへ運ばれる。今になって声を上げようが、拘束された時点で抵抗のやりようが無い。

 次はもう少しマシな場所が良いなと、現実逃避していたら移動の足が止まった。

 何が起きているのか不明だ。肩に担がれている以上、左右を見る事は出来ても、進行方向を見る事だけは叶わない。

 大人しく待っていると、腰の辺りを掴まれて、何故か肩から降ろされた。何事と驚く暇も無く、今度は首根っこを掴まれて体を半回転させられた。手足を拘束されているのでされるがままだ。体の半回転が終わると、乱雑に首を掴み直され、顎を持ち上げられて、正面を向かされる。

「……え?」

 正面を見て、驚きから声が漏れた。目元を隠す程に伸びた前髪の隙間から見えた正面、ここにはいない筈の人がいた。

「ビル・フルード教官?」

 そう、軍学校で教鞭を取っている筈のクラスの担任が、ライフル銃を紐で肩に提げた状態でそこに立っていた。フルード教官の服装は潜入用なのか上下共に黒一色だが、あちこちに装備品が見える。

 何故と声が出そうになったけど、首を掴んでいる手指に力が込められたのか、息苦しさを感じて発声を止めた。力が緩むと今度は、視界が左に傾いた。目だけを横に動かして、視界を傾けた物体の正体を見ると拳銃の銃口が自分の右の蟀谷辺りに押し付けられていた。

 沈黙を破る口火を切ったのは、腰から拳銃を抜いてこちらに銃口を向けて、肩を竦めたフルード教官だった。

「やれやれ。リリーヴァー。この状況ならば、少しは焦っても良いんだぞ。拘束されているとは言え、慌てる気配を見せたらどうだ?」

「けっ、こんな時に言う台詞じゃねぇだろ。もう少し教え子の心配をしなくても良いのか?」

「心配? それは君の双子のお兄さんの事かな? アーチボルト・ギレット――いや、アンソニー・マンソン」

「……俺の兄? 何の出任せを言っているんだ?」

「惚けなくても良いよ。いやぁ、口が堅くて本当に困ったよ。他は一回で喋ってくれたのにねぇ」

 フルード教官は何をやったんだろう。そこでクスリと笑う事ではないのは確かだろう。その証拠に、自分の首を掴む手に力が入り、息苦しくなった。気道を強引に狭められて、息苦しさから小さい呻き声が漏れる。自分の呻き声を聞いてか、首を掴む力が緩み息苦しさから解放され、思わず軽く咳き込む。

「おいおい。人質の首を掴む手に、無意識に力を入れてしまったら、惚けている事が隠せていないぞ」

「うるせぇ。兄貴はどうした?」

「いないんじゃなかったのかい。別に良いけどさ。彼は五体満足で生きてはいるよ」

「そうかよ」

 沈黙が下りる。目に見えない駆け引きが行われているのは間違いない。この状況で一番の荷物は自分だ。盾にされる可能性も高いけど。

 出来る事は無い。ぼんやりとしていたら、フルード教官と目が合った。言う事はないかと考えて、伝える情報を思い出した。

 目を閉じてから言う。

「痛覚が機能していないので、撃ちたいのならどうぞ」

「なっ!? 何を――」

 ギョッとする声を打ち消すように、連続した銃声がほぼ同時に響いた。撃たれたのか、投げ捨てられたのか。どこかに体を打ち付けたような音が聞こえたけど、痛みを感じる事は無い。目を開くと、床の上に俯せ状態で転がっていた。目がチカチカとしていないので、頭は打っていない模様。

 自分が己の状況を確認している間にも、銃による撃ち合いが行われ、誰かが床の上に倒れた音が聞こえてからは静かになった。

 結果はどうなったのか。手足を拘束されているから確認のしようが無い。

 黙って待っていると足音が響いた。どっちが勝とうが、勝った方に身を委ねるしかない。

「痛覚が機能していない。何の冗談だと思ったんだけど、本当だったか」

 響いたこの声は、フルード教官のものだ。記憶違いで無い事を証明するように視界が半回転し、横になった状態のままフルード教官と再び目が合う。

「色々と言いたいが、今は後回しだ。止血処置をしたら移動する」

 自分の応答を無視して、フルード教官はウエストポーチから止血道具を取り出した。手早く止血処置を行い自分の手足の拘束を解く。拘束が解け、自力で起き上がって己の身に起きた惨状を知る。

 撃たれたのは左肩で、白い服が左肩を中心に自分の血で真っ赤に染まっていた。己の血で体を濡らす事には慣れているからか、最近になって過去の夢をよく見たからか、何も感じない。そもそも触覚に異常が出ているから、何も感じ取れない。

「待て。固定する」

 フルード教官は続いて小さく折りたたまれた白い布を取り出した。折りたたまれた布を広げると、布は大判サイズの正方形をしていた。教官は布を斜めに折って即席の三角巾を作り、自分の左腕を吊った。三角巾が揺れないように、包帯で固定する事も忘れない。一見すると不要な固定に見えるが、揺れる事で傷を悪化させない為の処置だ。

 自分の手当てを終わらせたフルード教官は、自分の近くに倒れていた人物の手当てを始めた。手当てを受けているのは、犯罪組織の手先っぽいギレット教官だ。何故、手当てを行うのか気になったけど、意味も無く手当ては行われない。連れて帰って尋問でも行うのか? そうだとしたら、同情するわ。

 手当てを終えたフルード教官はギレット教官の手足を拘束してから『よいしょ』と左肩に担いだ。

 差し出されたフルード教官の手を借りて立ち上がったが、今度は立ち眩みを起こしてしまい、体がふらついた。咄嗟の行動で、フルード教官にしがみ付いた。

「大丈夫か?」

「立ち眩みです」

「う~ん。走るのは厳しいか。心当たりは有るか?」

「はい。多分ですが、食事に混入していた睡眠薬が原因だと思います」

 睡眠薬を盛られていた事が原因だろうな。睡眠薬以外の薬も混ざっていた可能性は高いが、何が混ぜられていたのかは判らない。食事中に眠くなっていたから、睡眠薬が入っていた事だけは判る。

 正直に、睡眠薬以外の薬が食事に混ざっていた可能性もフルード教官に報告する。

「予想以上だが、まぁいいか」

 何がと思った瞬間、フルード教官の右肩にしがみ付くような形で持ち上げられた。

「教官?」

「喋るな。走るぞ」

 自分が返事を返すよりも先に、フルード教官は走り出した。成人男性を一人肩に担いでいるとは思えない速度で景色が流れて行く。この状態で喋ったら舌を噛みそうだ。

 言われた通りに口を閉ざす。この状況じゃ、何を聞いても教えてくれないだろう。フルード教官の目的地に到着し、降ろされるまで、今は黙る。



 暫くの間、運ばれる状況が続いた。

 フルード教官が武装していたから、途中どこかで敵と遭遇するかもしれないと思っていたけど、誰とも会わなかった。

 自分が負傷する前の、二人の問答の内容を考えると、今の道は秘密の通路の可能性が高い。でも、どうして自分が選ばれたんだろう? 代わりは幾らでもいそうなのに。

 疑問の解答は無いまま、フルード教官は通路を走り切り、陽射しの下に出た。久し振りの陽射しは眩しいけど、見上げた空は茜色だった。けれども、方角が判らない。時間は暁か? いやでも、連れ出される前の室内照明の光量を考えると、夕方の筈。

 更に外を移動し、やっと降ろされた。降ろされたが、到着先は軍用のヘリコプターの内部だった。ヘリコプターの駆動音はこんなにも静かだったっけ? 

 知識と現実のすり合わせを行っていた間も、フルード教官は担いでいた荷物を適当なところに降ろしてどこかへ報告を行っている。自分は突っ立ったままだったが、搭乗員らしき男性に手を引かれて壁際へ移動し、肩に毛布を掛けられて壁際の椅子に座らされた。そのままシートベルトを装着させられて、簡単な問診と治療を受ける。

 この男性、白衣は着ていないけど、医者なのかもしれない。どこからか取り出した大きめのタブレットに何かを入力しているし。

 問診が終わり男性が去ると、入れ替わりでフルード教官が来た。どうしたのかと思えば、こちらが口を開くよりも先に『応援要請が来た。自分はもう一度出るがお前はここで待機していろ』と言い残し、フルード教官は何かを入れた袋を手にヘリから飛び出した。そんな表現が似合う程に大急ぎで走って行った。

 そんなフルード教官の様子を見て思う。現在、何かの作戦を遂行している最中なのかもしれない。自分はついでに救助されたに過ぎない。

 暫くの間、大人しく椅子に座ったままヘリの内部をぼんやりと見つめる。

「……っ」

 気が抜けたのか。強い眠気が襲って来た。頭がカクンと落ち、驚きで眠気が少し紛れた。

 医者らしい男性が慌てて近づいて来た。そのまま診察を受ける。自分が診察を受けていたその間に、新たに一つの簡易ベッドが組み立てられた。医師に手を引かれて立ち上がって移動し、ベッドで横になるように指示を受けて、指示通りに横になる。

 すると、体は思っていた以上に休息を欲していたのか、視界が回り始めた。疲労による眩暈だな。

 頬を軽く叩く音と自分を呼びかける声が聞こえた。声に返答し、異常症状を伝えて目を閉じる。

 少しでも脳を休めさせる為だったが、そのまま意識が落ちた。


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