彼女が囮にされた理由~ウィリアム視点~
リア・リリーヴァーが行方不明となってから一ヶ月が経過した。捜索は続いているが、依然として見つからない。
ウィリアムは予想通りに進んでいない尋問を一時中止し、別の仕事をしていた。勿論、教え子の事は心配しているし、現在やっている仕事も彼女に関わる事だ。
五日前の未遂テロ事件で投入された刻印獣の情報を、ウィリアムは一ヶ月前の一件で得た情報と照合していた。
「照合結果が一致するとは、最悪だな」
「本当、なのか?」
互いにパソコンのモニターから目を逸らさないまま、会話を続ける。室内には、ウィリアムと同僚の二人しかいないので、会話の内容を他の同僚に聞かれる事は無い。
「うん。学校で行っていた定期健診時に採血し登録した、彼女と同じ遺伝子情報と完全に一致する」
「そうなると、彼女が攫われた理由は……」
ウィリアムの同僚はそこで口籠った。先を言うには内容が憚られる。同僚の気遣いを察したウィリアムは苦笑しながらその先を口にする。
「リア・リリーヴァーは魔刻印適性者で、貴重なサンプルとして攫われた。しかし、魔刻印適性者の遺伝子を組み込んだ刻印獣は従順になるねぇ。何をどうしたらこんな研究をしようと思うのかな?」
「特定の人間に対してキメラを従順にさせる為に、人間の遺伝子を利用する。本末転倒な気もするが、虫唾が走る」
「同意する。さて、話は変わるけど、刻印兵の事は知っているかい?」
「刻印兵って、確か、刻印獣の人間版だったか? 生きた人間に原始魔刻印を刻まれた兵士と聞いている。だが、必ずと言って良い程に『発狂して暴走した』と聞いたな。それがどうしたんだ?」
「実を言うと、刻印兵にも『発狂も暴走もしなかった』例外がいたんだ」
「例外? 聞いた事が無いぞ」
「偶然発覚したらしい。何より、前政権が隠していたから知られていないのさ」
「何で前政権がそんな事を隠して……いや待て、何故前政権はそんな事、を? ……まさか!?」
頭の回転が速い同僚は隠された真実に気づいた。ウィリアムは同僚に顔を向けずに正解を教える。
「良く気づいたね。そう、その『まさか』さ。前政権は次の戦争に備えて、『未来の刻印兵候補』の子供を州内の孤児院から大量に集めた。勿論、無作為に集めたのではなく、特定の適性保持者のみだけが集められたんだ。そのお陰で少し前まで赴任していた学校は、犯罪組織や他の州から大量のスパイが送り込まれたんだけど、一網打尽にしたからそっちは良いかな」
「一網打尽にした方は良いが、特定の適性って言うのはどんな適性なんだ?」
「魔刻印適性と呼ばれている。何の適性を示すのか想像つくかい?」
「済まん。さっぱり分からん」
教えを乞う同僚に、ウィリアムは説明の前に認識の確認を行う事にした。
「説明するけどその前に、原始魔刻印術は知っているかな?」
「それくらいは知っている。今の文明を進歩させた機械と融合した超常の力。原始魔刻印を刻んだ専用の装置――刻印機を経由する事で、誰でも様々な超常の現象を起こす事が可能となった。俺らが今使っている仕事道具や、日常で使用される家電に至るまで使われていて、十数年前の終結した戦争で使用した兵器にも漏れなく刻まれていたんだったか。それがどうしたんだ?」
「認識は合っているね。そこに一つ情報を付け加えよう。刻印機を経由する事で、誰でも魔刻印術が使える。この刻印機のところで例外が存在する」
「例外? 今日は例外のオンパレードだな。どんな例外が在るんだ?」
たったの二つで、オンパレードと言うには少ない気がする。
ウィリアムはそう思ったけど、指摘せずに答える。
「刻印機を使わずとも、原始魔刻印術が使える人間がいる」
「待て。どんな例外だよ? つうか、そんな冗談じみた例外が本当にいるのか!?」
「本当にいるんだよねぇ、その冗談じみた例外が」
ウィリアムは同僚の驚きっぷりに苦笑しながら、彼が瞠目した例外の呼称を口にした。
「その例外は『魔刻印適性者』と呼ばれている」
「魔刻印、適性者?」
「そうだよ。ちなみに、原始魔刻印を体に刻印しても『暴走しない適性』じゃない。刻印機を使わずに原始魔刻印術が扱える適性だ。そこだけは間違えないように」
「……分かったが、謎が残るぞ。何故彼女は攫われたんだ?」
「この魔刻印適性者にもランクが存在する。リア・リリーヴァーのランクは最上級だ。大陸で一人見つかれば良いってレベル」
「それは、狙われて当然だな」
「一番貴重な存在が手に入った。他は他所から調達可能。そう考えると、彼女だけが攫われたのも納得出来る」
「けどよ、一番貴重な人材を囮にするのは、その、どうなんだ?」
「どうって、『代わりが存在しない貴重な人材を殺す、馬鹿な組織が存在しますか?』って、言ったら上も納得したよ」
「言い方はアレだけど、『代えがいないから、生存だけは確実に保障される』って事か?」
「そうとも取れるね。扱いはともかく、殺される事は無い。仮に、彼女のクローン人間を生み出したとしても、オリジナルと寸分違わないクローン人間を生み出す事は、今の技術では出来ない。そして、肉体の成長がほぼ終わっていない『十八歳未満』同士で子供を作っても、魔刻印適性は正しく子供に受け継がれない。救助の期限は今年で十五歳だから、彼女が十八歳を迎える三年半後になる」
「マジかよ」
「この内容の論文が幾つも在るから、探して読むと良い。魔刻印適性を体系化させるには『近親交配が必要』だとか、予想以上に過激な事も書かれているから、読む時は『場所にも』気をつけてね」
「何でそんな過激な論文を勧めるんだ……」
同僚はウィリアムのあっけらかんとした物言いにげんなりとした。独りで論文を読むだけなのに、時と場所を選ぶ内容だった。
「その内容の論文しかないんだよ。ちなみに、既存の論文の九割は『真実』だって証明された」
「残りの一割は、嘘なのか?」
「いいや。残りの一割は、まだ確認が取れていないだけさ」
「……嘘だと良いな」
同僚の目から光が消えた。なお、ウィリアムは残りの一割『も』真実だと知っている。
「大分話が脱線したけど、リア・リリーヴァーだったら救助されるまで『確実に生きていられる』と判断されて、囮の役目をさせる事になった」
「事になったって、本人の同意が無いぞ」
「救助後、『上の人と一緒に』謝る予定だ」
「本気で言ってんの?」
「嘘じゃないよ。独りで謝るのが嫌だから巻き込んだ」
「俺は今初めて、お前の上司じゃなくて良かったと、心から思った」
大袈裟だと、ウィリアムは視線をモニターから動かさずに肩を竦めた。
暫しの間、二人は作業に集中した。
「なぁ、ウィリアム。今更なんだが、何でお前はそんなに詳しいの?」
不意に、同僚からの質問が入り、ウィリアムは一瞬だけ動きを止めた。同僚に秘密を教えるべきかウィリアムは悩んだが、数秒で決断を下した。
「それは、私が刻印兵だからだよ」
「……冗談だよな? おい、冗談だと言え!?」
「ははは。やだなぁ。私が冗談を言うと思うのかい」
「流石に笑い飛ばせねぇよ!!」
同僚が頭を抱えて絶叫した。けれど、ウィリアムは涼しい顔をのままだ。彼からすると『事実を述べた』だけだから、仕方が無いのかもしれない
ウィリアムは面食らって腰を浮かせた同僚を落ち着かせてから、仕事に戻った。
目の前の仕事を終わらせても、ウィリアムには尋問と言う大事な仕事が残っている。今の仕事を優先しているのは、単純に人手が足りないからだ。
同僚に救助の期限の存在を教えたが、正直に言うと、どこまで守られるのか怪しい。
一度脱出に失敗したリア・リリーヴァーがどんな行動を取るのかは未知数だ。脱出が裏目に出た事で、大人しく救助を待っていてくれれば良いが、これはウィリアムの希望だ。
ウィリアムが担当した授業で『捕虜になった時の対応』について教えたか記憶を探った。
互いに顔を動かさずに会話しているせいか、地の文章が少なくなってしまった。地の文章を追加しようにも、このままで良い気がしたので、地の文章少な目で投稿しました。




