行動が全て裏目に出た結果
後半は別人物視点です。
不意に目が覚めた。視界は暗い。気絶直前の麻痺の影響が残っているのか、手足の感覚は鈍く、指一本動かせない。この状態で判る事は、平衡感覚が復活したのか横になっているか、否かだけだ。現在、起きて三角座りで狭いところに閉じ込められているのは確かだ。その証拠に頭が左右のどちらかに傾いておらず、下を向いている。
また捕まったのかと思うと、気が重い。
『脱出出来た!』と思ったら、建物が別の犯罪組織から襲撃を受けている真っ最中だった、そんな状況は流石に想像出来ん。つーか何なの? この間の悪さは? ため息が吐きたい。
これは早々に、転生の術を使ってしまった方が良かったかもしれない。でも、どうして『自力で脱出』を選んだんだっけ?
何となく選んだ気がするけど……、そう言えば師匠に言われたな。
「状況を変える為に行動を起こしても、変わらなかったら逃げても良いぞ。逃げると言っても転生する訳だから、全てが始めからやり直しになる。何度も同じ苦痛を体験する気か?」
確か自分は、師匠からこんな事を言われて『やる』とは言わなかった。でも、徐々に苦痛に慣れてしまい『途中からこうすれば良いや』と我慢する癖が付いた。この我慢する癖が付いて、『何で我慢したんだっけ?』と首を傾げる事も在った。そして、何度も体験して慣れてしまうと、今度は『変える』事が億劫になる。我ながら駄目だな。
それにしても、昔の事を良く思い出す。普段は思い出さないのに。
「っ」
前触れ無く強烈な横揺れに襲われて、発声を止めるように息を呑んだ。横揺れが収まってから顔を上げると、突然出来た隙間から強い光が差し込んだ。余りの眩しさに目を細める。
今度は何が起きるのか?
身構えたいが首以外は動かせない。目を眇めて警戒しながら待っていると、広がった隙間から防護マスクを着けた人間が見えた。視覚は正常になっていたけど、口を開いたら舌が縺れて、呻き声すら出せなかった。演技ではない自分の素の反応を見てから、防護マスクを着けた人間は背後に振り返った。聴力も鈍っていて、何をしているか分からないが、その隙に自分は己の姿を確認する。
形状としては、箱だな。金属製と思しき箱に自分は入っていた。感覚が鈍くて判らなかったが、手足は箱の側面と底に固定されている。見える範囲だが、首にも側面から伸びる何かが巻き付けられているようだ。体勢は両膝を立てて、背後の箱の側面に寄り掛かっていた。
服装は脱出艇に乗る前のままだ。拳銃の弾倉を携帯していた腰のベルトだけが無くなっている。太腿のナイフは残っているのかな?
頭上から影が伸びた。陰の正体を見る為に顔を上げるが、確認するよりも先に蓋をされたのか視界が再び暗くなり横に揺れた。どこかに運ばれているのか?
……これからどうしよう。
時間経過と共に平衡感覚と視覚が復活したのなら、このまま手足の感覚と聴力が復活するまで『待つ』のが良いかもしれない。待つなら、寝るか。強制的に眠らされる可能性も高い。だったら、完全に回復するまで大人しくしていた方が良いだろう。魔法の使用を最低限にすると決めてから、時間は余り経っていないし。
目を閉じて軽く息を吐く。眠りたいけど、横揺れが睡眠を妨害する。雑な運び方だ。状況を考えると、『救助された』では無く、何かの目的で『捕獲された』が正しい可能性が高い。人手を割いて自分の捕獲に動いた点から考えると、予想よりも悪い扱いは受けないだろう。そう思いたい。
「?」
揺れが止まった。断じて、『納まった』ではない。揺れがピタリと『止まった』のだ。耳を澄ませても、聴力が回復していない為、何も聞こえない。何が起きているのか知らないけど、雑な扱いだけは止めて欲しいわ。内心でぼやいていたら、再び横揺れが発生した。何だったんだろう?
訳の分からない事が起きたけど、無心でぼんやりとしていたら、急な揺れを感じてハッとする。どうやら寝落ちしていた模様。暢気だが、体が休息を求めているのは確かだろう。脱出艇に乗り込むまでに、色々と起きたし。それを考えると、精神的にも休息時間が必要なのか。あの容器から出て、ずっと何かしら考えていたし。
心身共に疲れが溜まっているのなら、今は回復に専念するのが良いだろう。時間はたっぷりと有る。
このまま、うとうとして首が落ちて目が覚めるを何度も繰り返した。
熟睡してしまっていたのか。不意に目が覚めた。
寝起きで暫しの間、焦点が合わなかった。けれど、時間が経過するにつれてはっきりとし、知らない天井を見てギョッとして飛び起きた。しかし、激しい頭痛に襲われて再び横になる。
この頭痛は、寝過ぎによるものだ。頭痛を引き起こす程に眠ったのか。でも、飛び起きれる程に体は回復している。だったら良いか。
蟀谷を揉んで頭痛の痛みを和らげてから、改めてゆっくりと起き上がる。
手足の麻痺は治まっている。動きに支障は無いが、触覚だけは戻っていない。頭痛はするのに、激痛のツボを押しても痛みを感じない。外部からの刺激だけ、感じないと言う事か? いや、皮膚感覚だけが鈍くなっているの可能性も存在するが、実験するのは止めよう。
不安を覚えて、声が問題無く出せるか首に手を当てて試す。
「あ、あ、あー……。出た」
自分で試しておいてアレだが、声がはっきりと出ると驚く。とりあえず、手足が動く、発声に異常無しの二点は吉報だ。一度深呼吸をして落ち着こう。
続いて己の体を見下ろす。両手首に白い金属製のブレスレットが着いていた。ブレスレットを持つと、肌に密着していて少しも動かなかった。嫌な事に、両足首にも着いていた。触れても何も感じないのはこれのせいか?
服装はシーツ一枚巻きから白い手術着のようなものに変わっていた。ただし、この衣装は大人用の半袖なのか、自分が着ると袖の長さは七分丈になっている。太腿のナイフの有無を確認すると、無くなっていた。宝物庫に仕舞った、手で持ち切れなかった銃火器だけが残った装備になった。
さて、己の事ばかりを気にしていたが、ここがどこなのかも調べよう。
白い灯りで照らされた室内に窓は無いが、天井は高い。天井が高いせいで灯りの光量が足りていない。白い部屋の壁が光を反射しなければ、室内はもう少し暗くなっていただろう。
自分は落下防止の柵付きのベッドで寝ていた。ベッドは成人男性用なのか、自分が大の字になっても余白が生まれる大きさだ。床までの高さも在り、足を降ろしたが床に爪先が届かなかった。
天井は高く、ベッドは大きいのに、室内にはベッド以外の家具が存在しない。
慎重にベッドから降りて、室内を探索する。スリッパやサンダル類が無いので裸足だ。
室内は狭くドアが見当たらない。部屋の奥行きと横の広さは共に、大体二メートル半だろう。そう思ったが壁にパネルが存在した。パネルに触れると、壁の一部が横にスライドした。ドアだったらしい。
その先には、奥行き一メートル、横の広さは二メートル半の狭いスペースに水洗トイレと洗面台に、シャワールーム(天井から水か温水が出る)が一直線に並んでいた。
捕獲した人間を閉じ込める部屋にしては、設備が充実している。ここは監禁部屋か?
改めて室外へ繋がるドアを探すが見つからない。壁の一部に二本の溝を見つけたけど、溝は天井に向かっていた。その先には長方形の開閉口らしきものを見つけたけど、天井が高いせいで小さく見える。天井が高い事を加味しても、長方形の最大辺は三十センチ程度だ。そして溝は壁の中心部分で部屋の角からも遠い。古典的な脱出手段は使えなさそうだ。ドアらしきものも無いし、どうやって自分をここに運んだんだ?
部屋を一通り調べ終えて、ベッドの端に腰を下ろした。どうやら、ここは監禁部屋っぽいな。
液体で満たされたあの容器に入れられている訳では無い。動ける範囲は狭いが、手足が拘束されている訳でも無い。天井の照明以外に灯りは存在しないので、時間感覚が狂う可能性は高いけど、明かりを落とすスイッチが存在しないから自動で消灯されるのだろう。そうであって欲しい。
……あれ? 時間を潰す手段が無い以外に、困る事が無いぞ?
水が飲みたいのなら、洗面台の水を飲めば良いし。水分補給が出来るのなら、何日か食事が取れなくても困らない。
だったら、事を急く必要は無い。そう結論付けて背後に身を倒す。
時間はたっぷりと有る。ゆっくりと、色々考えよう。
※※※※※※
一人の男が監視カメラから齎される映像を映すモニターを見ていた。映像に映っているのは、監禁されているリア・リリーヴァーだ。ベッドの上で横になっている少女を見て、マイクを使ってどこかに報告をするのは、少女にアーチボルト・ギレットと名乗った男だ。男はマイクの傍に置かれた机の上に、行儀悪く足を乗せている。
「これは知らねぇ天井を見てパニックになっただけだな」
『そうなのか? 室内を動き回っていたぞ』
マイクの横に設置されたスピーカーから漏れる変声された低い声には、男の言葉を疑うような感情が込められていた。通信相手は少女の事を知らない為、意見を求めて男を通信室にまで呼び出した。
「ああ。室内を調べ終えたら落ち着きを取り戻しただろ? 変な行動を取る兆候も無い。単純に軽いパニックを起こしただけだ」
『そうか。兆候が無いなら良い』
「つぅかよぉ、こんな事で呼び出さねぇで欲しいぜ。こいつの事よりも、兄貴の方はどうなっているんだ?」
男は天井を仰いで、定時連絡が途絶えて行方不明となった兄の情報を求めた。男の代わりに軍学校に向かっただけで、兄からの定時連絡が途絶えた。何かが起きたのは間違いない。そう判断した男は、急な呼び出しの対価として兄に関する情報を求めた。
『ついさっき調査報告が来た。アンソニー、アレックスはお前の身代わりで捕縛された』
「……事実か?」
思いもよらない報告に息を呑んだ、アンソニーと呼ばれた男は机の上に乗せていた足を降ろして尋ねた。男はリア・リリーヴァーの前で『アーチボルト・ギレット』と名乗ったが、これは軍学校に潜入する為だけに用意された偽名だ。正しい名は『アンソニー』と言い、『アレックス』はアンソニーの双子の兄の名だ。
『報告書を読み上げているだけの私を疑ってどうする? アレックスを捕縛したのはビル・フルードと言う男だ。あの男の経歴は完全に架空だが、ビル・フルード――いや、正式な名前はウィリアム・フルードになるのか。こいつは合衆国の内部調査室の一員だ』
「文字通り、狐に騙されたって事か」
『そうなるな。小娘が拉致されたその日の内に、潜入していたものは組織を問わずに全員捕縛されている。たった二年間で、どうやって見分けたのか教えて欲しいぐらいの手際の良さだ』
「捕まった奴の名簿は在るか?」
アンソニーはマイクに向かって名簿の有無を尋ねた。『少し待て』と言われて、アンソニーは待った。数分後、捕縛された人物の名が読み上げられた。アンソニーは捕縛された人物の名前を聞いて、法則が無いか考えた。腕を組んで考えるも分らなかったが、モニターに映る少女の姿が視界に入り、アンソニーは思い出して声を上げた。
『どうした?』
「あん? 思い出しただけだ。俺の記憶が正しければ、捕まった奴は全員『ビル・フルードは経歴が怪しいから余り近づくな』って、リア・リリーヴァーに声を掛けていた奴だった。俺もそんな事を言った」
『そうだったのか。その法則だと、一声掛けたものは全員調べられた事になるのか』
「可能性は高そうだな。しかし、あの狐野郎が内部調査室から派遣された野郎だったのか。兄貴を救助の予定は?」
『救助の予定は無い。サポートまで捕縛されたのかが、判明していない。仮に判明したとしても、救助はしない。お前が手土産を差し出しても、交換は不可能だ。確かに、アレックスはミスをしていない。ただ、運が悪かった。それだけだ。救助予定は無い。これは全体の決定だ。諦めろ』
スピーカーから漏れる声はアンソニーに『諦めろ』と言い聞かせるなり、一方的に通信を切った。
「くそっ」
アンソニーは悪態を吐き、マイクとモニターの電源を落としてから部屋を出た。
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