その頃、大人は~ウィリアム視点~
海上で二つの脱出艇が回収された頃。
合衆国所属の混成機動部隊は建物を制圧した。制圧したと言っても、捕縛された人間はいない。
今作戦において、混成機動隊にとっての予想外は二つ。
一つは、制圧予定の建物が『別の犯罪組織』からの襲撃を受けていた事。
もう一つは、救助予定者の少女『リア・リリーヴァー』の姿が建物内のどこを捜索しても見つからない事だ。
制圧完了から二日後。
ウィリアム・フルードは『リア・リリーヴァー行方不明』報告を受けて、共に報告内容を聞いた男性同僚の目を無視して嘆息を零した。
「優秀過ぎると言うのも、考えものだな」
同僚は、からかいとも、軽口とも取れる声音でウィリアムに向かってそう言った。言われた側のウィリアムは同僚に目も向けずに、報告書が表示されているパソコンのモニターを注視している。
「う~ん。どうだろうな。彼女の行動パターンで『良く分からないけど、試しにやったら何故か出来た』ってところを何度か見た。これから考えると『良く分からないけど、出られたからこのまま脱出を試そう』って感覚で動いた可能性が高い気がする」
「へぇ、それじゃあ、行方不明なのは自力で脱出を成功して、どこかで遭難しているって事か」
「それならまだ良いよ。自力で学校に戻って来る可能性が高いんだし」
「んじゃ、行方不明なのは――」
「襲撃していた組織が拉致した。それで間違いない」
同僚の言葉を引き継いで、ウィリアムは断言した。
「ここで気になるのは、どうやって彼女を拉致したのかだ。学校内で見た限りだが、彼女は『大人に対して』警戒心が強かった。顔を知らない大人が『救助で来た』と言っても、信じない可能性が高い」
「それでも拉致されたって事は、何かしらの予想外の事が起きたからなんじゃないのか?」
「予想外の出来事は起きただろうね。私の推測だと、その予想外は『拉致担当者が知っている人間』だった。これなら彼女も、少しは警戒心を解くか、興味を持つ」
「それなら確かに、救助の可能性を考えて興味を持つか。だが、憶測の域を出ない。何を根拠にそんな事を言っているんだ」
「根拠は在るよ。実は丁度良く捕縛対象で、一人だけ行方不明者がいるんだ」
ウィリアムから開陳された予想外の事実を聞いた同僚はギョッとした。同僚は今一件に関わっているが、ウィリアムの補佐が主な担当だ。
「はぁ!? 学校の捕縛対象者はその日の内に一網打尽にしただろ。捕縛の忘れなんて在る筈が無い」
「その反応は確かに正しい。行方不明者の――アーチボルト・ギレットは双子の兄弟と入れ替わっていたんだ。捕縛後に会ったら、『何か変だなー』って思って少し強めに尋問したら双子だって口を割った」
「嫌な現実だな」
「そうだね。……ん?」
ウィリアムが注視していたパソコンのモニターに、メール受信をしたと通知が表示された。ウィリアムがパソコンを操作してメールの内容を確認すると、『削除されていた監視カメラの録画映像の復元完了』の短い文章が表示された。そして、メールには大量の映像が添付されていた。
ウィリアムがパソコンを操作して映像のリストを表示させた直後、新たなメールがやって来た。ウィリアムは新規で来たメールの冒頭を確認すると、新しいメールの文章は短く、『リア・リリーヴァーの指紋が確認された物品を発見した』と言うものだった。ウィリアムと同じメールを受け取ったのか、同僚は険しい顔になった。二人はメールの文面を読み進めて行き、読み終えて思わず顔を見合わせた。
ウィリアムはパソコンを操作して、復元された監視カメラの映像を再生する。
パソコンのモニターに映る場所は、幾つもの脱出艇が並ぶ場所だった。異変が起きるまで時間を早送りにして映像を進めると、小さな足音と共に右から白い服装の黒髪の少女が歩いて来た。少女の手には拳銃が握られている。
ウィリアムは少女の顔を確認する為に、映像を一時停止してから拡大した。映像を拡大したついでで判明した事だが、少女は裸足だった。しかも、少女の服装を注意深く観察すると、右肩が剥き出しで、腰のベルトには拳銃の弾倉と思しきものが幾つか提げられていた。
拡大表示にした事で判明した少女の顔は、行方不明となっているリア・リリーヴァーのものだった。
確認を終えたウィリアムは通常の表示と速度で映像を再開させる。
少女は脱出艇のハッチを開けて内部に入った。そのまま脱出するのかと思いきや、脱出艇を調べて始めたのか動きは無い。再生速度を再び速めようとした時、少女が脱出艇から拳銃を手に一度出た。そのまま左右を見回し、再び脱出艇に戻った時、大声が響いた。
『待て、リリーヴァーッ!!』
再生された音声はウィリアムにも聞き覚えの在る人物のものだった。少女と同じく右から五人組が現れた。五人は同じマスクとゴーグルで顔を隠していた。
少女は再度脱出艇から出て、やって来た五人に向かって手にした拳銃を向けた。五人は一斉に足を止め、先頭の人物が再度声を張り上げる。
『待て、俺だ! ギレットだ! アーチボルト・ギレットだ!』
『……本人なら、顔を見せて』
『おい、ガキ!』
『待て。こいつは元々、人一倍以上、警戒心が強いんだ。……顔を見せればいいんだな?』
少女とのやり取りを得て、先頭の男が素顔を晒した。茶色の髪。左の蟀谷から頬に向かって伸びた傷痕が存在してもなお、没個性が失われていない顔立ち。
現れた素顔は、ウィリアムが知っている『アーチボルト・ギレット』と同じだった。
『隣のクラスの副担任が、今になって、どうして来たんですか?』
『疑うのは理解出来る。元々こうなる予定だったんだ』
『つまり、車が爆破されたのも、窓が開かなかったのも、決まっていた事だったのですか?』
少女が口にした情報はウィリアムの記憶に無い。
『窓が開かなかった? あー、アレか。確実にお前を拉致させる為に、ドアにした細工の事か』
『その発言だと、自供とも取れますが?』
少女の発言を聞き、その通りだと、ウィリアムも頷いた。
『そうだぜ。狐野郎が急に連れ出そうとしたから、ビビったぜ』
『……そうでしたか』
少女は拳銃を向けたまま、冷静に質問を重ねた。けれども、考え事に集中しているのか、構えている銃口が僅かに下がった。その隙にアーチボルトが少女に少しずつ近づく。少女はアーチボルトの接近に気づくと銃口を上げた。
『って、おい、何時まで警戒する気だよ?』
アーチボルトは銃口を上げられたことに抗議の声を上げた。
『脱出するんだろ? 俺らと一緒に脱出した方が安全だぞ』
『そう仰るのなら、外に出てから回収して欲しいですね』
少女はそう言い放つと、摺り足で脱出艇へ移動を始めた。少女の警戒心が勝った結果を見て、アーチボルトは渋い顔になった。少女から信頼が得られなかったからの表情だと思いたい。
アーチボルトの後ろにいる四人はここまで行動を起こさなかった。だが、四人の内の一人が空中へ何かを投げた。
少女はアーチボルトへ威嚇射撃を行い即座に走った。アーチボルトは威嚇射撃とほぼ同時に動いた。体格の差で少女はすぐに追い付かれてタックルを受けるも、身を捩ってアーチボルトの胸倉を掴み、床へ倒される勢いを利用して大人の男を投げ飛ばした。授業で教わる事の無い、ウィリアムも見た事の無い投げ技だった。
投げ技の反動を利用して少女は起き上がるも、投げられた何かが床を一度跳ねてから白煙を噴いた。映像の半分以上が一瞬で白くなった。視界が煙で遮られる直前、投げ飛ばされたアーチボルトは受け身を取ると同時に素早くマスクとゴーグルを装着した。
白煙で何も見えなくなったが、床に何かを打ち付ける音だけが響いた。そして、白煙が僅かな時間で晴れると、アーチボルトが少女の上に馬乗り状態でいた。打ち付ける音は、少女が頭を打った音だった。ウィリアムがそう判断したのは、少女の動きが鈍っていたからだ。
アーチボルトが手にした何かを少女の首筋に当てると、少女は気を失った。
少女が捕獲された経緯を知り、ウィリアムは映像の再生を一時停止した。
ウィリアムは一度目を閉じて、得た情報を整理してから、映像の再生を再開させた。
少女に馬乗り状態だったアーチボルトがその場で何かを捨てた。映像では何を捨てたのか判明しなかったが、ウィリアムは少女が気を失った事を考えて、麻酔か何かを投薬する容器だろうと適当に当たりを付けた。使い捨ての小型注射器の針は細く、垂直に刺されても痛みを感じ難くい。
アーチボルトは少女から降りると、少女を肩に担いだ。手足の脱力具合から、少女が完全に気を失っている事が伺える。
『こちら十一班。対象を確保した。……あ? 二十六階のヘリはどうした?』
アーチボルトは少女を肩に担いだまま、誰かと通信を始めた。行われている通信内容は報告だが、ここで一つの事が判明した。この映像が録画された時刻と、この時点でヘリを気にした二点から、アーチボルトは建物を襲撃していた犯罪組織の一員の振りをしていた可能性が浮上した。だが、漁夫の利狙いだとしても、リスクが高い。
『ここを脱出してからでも出来る事は止めろ』
ウィリアムが別の事で意識を逸らしていた間も、映像の再生は続いていた。ウィリアムがモニターに意識を戻すと、アーチボルトと共にいた四人の内の一人がナイフを取り出していた。出て来たナイフで何が行われるのか察し、ウィリアムは思わず腰を浮かせた。だが、アーチボルトが制止の声を上げていた事を思い出して腰を下ろす。
『早くしねぇと、大目玉を喰らうぜ』
『ちっ』
舌打ちと共にナイフは仕舞われた。五人が二手に分かれて脱出艇に乗り込んだ。脱出艇が内部からの操作で海中へ射出されたところを見てから、ウィリアムは映像の再生を停めた。
「ウィリアム。お前の推理は正解だったな」
「可能なら、外れて欲しかったよ」
そう言ってウィリアムは肩を竦めたが、その顔はどこか嬉しそうだった。ウィリアムはそのまま書類仕事をするのではなく、何故か席から立ち上がった。
「おい、どこへ行く気だ?」
「ちょっとキツメにやり直して来る」
ウィリアムは同僚に呼び止められたが、やる事だけを端的に答えた。回答した時のウィリアムは嫌な意味での笑顔だった為、同僚は震えた。
何をキツメにやり直すのか。それはちょっとで済むのだろうか。この二点について同僚は少し考えたが、何を言ってもウィリアムは止めないと結論に至り、一言言った。
「……程々にしろ」
「解っているよ」
手をひらひらと振ってから、ウィリアムは部屋から出た。
これから何が起きるのか理解した同僚は、深くため息を吐いた。