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捕獲し、脱出する~第三者視点~

 気を失った少女に『アーチボルト・ギレット』と名乗った男は、使い捨て小型注射器を捨てた。馬乗りになっていた少女から降りて、肩に担ぐ。そして、片耳に付けている通信機を起動させて報告を行う。

「こちら十一班。対象を確保した」

『了解。そこの脱出艇を使用しろ。海上で回収する』

 報告を行ったが、本来の予定とは違う指示を受けて、男は困惑した。

 海に面した崖に沿って建てられたこの建物には屋上が無く、二十七階までの階層が存在する。その内、十六階、二十六階の二つの階層にヘリポートが存在する。三階以下は海中に存在し、四階から上が地上に存在し、研究者用の日常使いの部屋が存在するのは二十三階からとなっていた。男も見た事が無い、何とも奇妙な建物だ。

「あ? 二十六階のヘリはどうした?」

『上は現在、公僕共の襲撃を受けている。対象を確実に確保しろとの命令だ』

 公僕――合衆国の、四つの州から成る混成機動部隊がここを襲撃している。男は予想外の報告を受けて思わず、当初の予定に含まれていた『海中の保管施設は良いのか?』と疑問を口にしそうになった。仮に疑問を口にしても、オペレーターから求めた回答は得られない事を知っているので、男は疑問を飲み込んだ。

『指定座標を送る。早急に脱出しろ』

 男が了解の応答を返す時間も無く、通信は一方的に切れ、ゴーグルに座標が表示された。男が脱出艇に乗り込もうと歩き出した時、仲間の一人がナイフを取り出した。何をする気なのか、一瞬で理解した男は『ここを脱出してからでも出来る事は止めろ』と止めた。逃亡防止で少女の足の腱を切るつもりだったんだろうが、男個人としては血痕の後始末が面倒だから止めた。

「早くしねぇと、大目玉を喰らうぜ」

「ちっ」

 仲間は舌打ちをしてから、ナイフを仕舞った。その様子を見てから二手に分かれて脱出艇に乗り込む。

 ……クソ。舌打ちをしてぇのはこっちだ。

 男は内心で悪態を吐きながら脱出艇を起動させ、タッチパネルを叩いて座標を入力する。僅かな時間を置いてから、脱出艇は海中へ下ろされた。エンジンが起動し、そのまま海中を進む。

 このまま海中を進み、トラブルが発生しなければ、十数分後には無事に回収される。

 男が軽き息を吐いたところで、肩に担いでいた荷物を背後へと引っ張られた。何事かと、男が後ろへ振り向くと、同乗者がサバイバルキットから取り出した包帯を手にしていた。もう一人、血を見たい奴がいたのかと男は呆れる。

「おい、こんなところでやるのかよ」

「違う。手足を縛るんだ」

「あー、それはやるか」

 予想外の事を言われて拍子抜けした男はすぐに同意した。

 言われて見れば、すぐに目を覚まさないとしても、手足を拘束しておいて損はない。それに、引き渡す前に少女に逃亡されたら男の首が物理的に飛ぶ。逃亡されるのは、引き渡してからが、男にとって望ましい。

 男は同乗者と一緒に少女の手足を包帯で縛った。ついでに少女の腰から、拳銃の弾倉が幾つか残っているベルトも外し、空きスペースに少女を寝かせる。この脱出艇が三人乗りだった事も在り、少女は同年代と比べても小柄なので空きスペースに寝かせても、大人二人が手狭に感じる事は無かった。

 深い眠りに落ちている少女の寝顔は年相応だ。少女が建物内をどれ程彷徨ったかは知らないが、脱出艇が在る場所にまで単身で辿り着く程度には優秀だ。飛び級卒業は伊達ではないと言う事なのだろう。軍学校で少女は図書室で独り本を読むか、ボンヤリとしていたところしか見た事が無い。男が見る機会は無かったが、成績の良さだけは耳にしていた。

 だが、今回はその優秀さが裏目に出た。公僕に救助される前に、単身で脱出を図った事が運の尽きだ。だが、あのまま脱出艇で海に出ていたら、今度は魚雷で海の藻屑となっていた可能性が高い。それを考えると、運は完全に尽きていないと言っても良いかもしれない。本当の意味で運が尽きるのは、これからとなる。

 ……しかし、クローン人間の母体か。

 男はこれから少女の身に起きる悍ましい事を想像した。十五歳になっていない子供にする事では無い。

 刻印獣の制御方法が発見された結果、建物内を彷徨っている少女の捕獲命令が追加で出された。襲撃中に命令を受けた時、男は非常に驚いた。少女と面識が有ると言う理由で、男の班が選ばれた。

 けれど、いかに面識が有ろうと上手く行かない事は在る。

 少女を眠らせるまでに掛かった時間が良い例だ。まさかあそこまで警戒心が強いとは思わなかった。そして、狐野郎は思っていた以上に信頼されていたらしい。狐野郎がどこのスパイか知らないが、どうやって信頼を得たのか。男は『狐野郎』の単語で、自身の身代わりで学校に残った双子(一卵性双生児)の兄を思い出した。落ち着いたら、定期連絡を確認しよう。

 不意に、通信機にノイズ音が走った。同時に脱出艇が横に揺れる。タッチパネルを見ると、指定座標に到着していた。横揺れの原因は、脱出艇の回収が始まった合図か。

 揺れが収まり、外部からハッチが開放されると、そこは艦内だった。男は少女を肩に担いで脱出艇から降り、傍にやって来た車輪付き担架に少女を寝かせる。担架を持って来た数人は、少女を担架に固定すると静かに走り去る。

 見送ってから仲間が乗っていた、もう一つの脱出艇を探す。男が乗っていた脱出艇の後ろに安置されていた。ハッチが開放されて、中から乗っていた三人が降りて来た。男は三人に少女を引き渡した事を告げてから、自身の待機部屋へ移動する。

 これから少女がどんな扱いを受けるのかは知っているが、関与するつもりは無いし、同情心も無い。

「恨むんなら、生まれ持った資質を恨むんだな」

 男の口から無意識に漏れた言葉は、少女に向けてのものだった。


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