辿り着いた場所で、予想外の再会
そして、最上階(?)の二十三階になって、漸く監視カメラが存在するようになった。思っていた以上に高層な建物だった。
十五階で刻印獣が放たれたと通信機で聞いた通りに、遠くから唸り声が聞こえた。階段近くには来なかったからスルーして、更に続く階段沿いに上の階層を目指した。ちなみに、十六階はヘリを格納しているだけの場所だった。ヘリポートのような場所は無かったよ。どうやって乗り降りしているんだろうね。収納式か?
更に上階を目指した結果、二十三階で監視カメラを視認した。魔法で周囲を探索し、魔法を解除して二十二階から来た風体を装い、監視カメラを見つけて破壊した。誰か来るかもしれないが、自力で来たかのような風体を装っていれば勝手に勘違いするだろうし、自力で来たと言えば誤魔化せるかもしれない。
そもそも、ここに来るまでに魔法を解除したら、もう一度捕獲されかねなかったんけどね。
でもうっかりバレた時の事を考えていたら、『尋問を受けた時に困る事は止めましょう』の言葉が浮かんだ。
どの道、階段がここで止まっている以上、二十三階内を移動しなくてはならない。左右を確認しながら慎重に移動する。念の為に、階段裏に回ったけど、四階以下で見たフロア地図は無かった。監視カメラを警戒しながら、身を隠す場所を探す。
二十三階には、ドアが施錠されていない部屋が幾つも存在したけど、入れた室内には必ずと言って良い程に死体が転がっていた。そして、二階や三階と同じく静かだった。死体が転がっているところを見るに、制圧が完了し、それなりの時間が経過しているのか?
情報が無い為、判別は不可能だ。今は身を隠す場所を探す。入れるような広さの通気口類は無い。建物の外に通じる道も同時に探しているが、こちらも見つからない。
階下と同じく窓すら見つからない。二十三階を探索している途中、トイレを見つけたけど窓は無かった。洗面台の水は上水だったなと、記憶を漁ってから、蛇口の非接触式パネルに手を翳すが水は出て来なかった。仕方無く魔法で作った即席の氷のグラスに水を注いで飲む。飲み終えたらグラスは融かした。
こんな時にやる事では無い事は解っているが、長時間移動していたので喉が渇いた。ここまで長期戦になるとは思わなかったぞ。水分補給をしてから移動を再開する。最初に蛇口の水を出そうとしたのは、魔力の温存が目的だ。使う必要の無い事に魔力を使うべきじゃないし、何か遭った時に困るのは自分だ。
ペーパータオルで手を拭いてごみ箱に捨ててから、拳銃を手に再び廊下に出る。
慎重に歩き回るが、何も起きないまま、更に上階へ続く階段を見つけてしまった。
ファンタジー系のダンジョンだったら、そろそろ何かが起きると思っていたんだけど、見事なまでに何も起きない。困った事に、フラグっぽい事を言っても何も起きないのだ。しかも、見つけた監視カメラを破壊してから調べると、玩具だった。自分の緊張感を返せ。
ため息が零れるような状況だが、目の前には階段が在る。上に行くべきか、もう少しこの階を調べるべきか。実に悩む。上に行けば外に出られるかもと思ってここまで来たけど、結果は散々だ。
四階では外に出られたが、建物の中に戻る羽目になった。自業自得な気もするけど、最初からあのトラップが設置されていたのならば、あれ以上の移動は不可能だろう。
見える範囲で階段を注視する。
目に見えるトラップの類は無い。勿論、監視カメラ類も無い。だが、何故か上階へ向かおうと言う気にならない。
階段から離れる。一度、この建物について調べよう。
廊下を移動し、入れる部屋で転がっている死体を調べる。二十三階の廊下以外で発見した死体はどれも白衣を着ていた。白衣でなくとも、必ず胸ポケットの付いた上着を着ていた。ポケットを漁ったが何も出て来なかった。けれど、スマートウォッチっぽいものを見つけた。
起動させてから、これまでに開かなかった近くの部屋の扉の横のパネルに近づけると、扉が開いた。室内は無人だったが、数時間前までは誰かがいたと思しき痕跡――テーブルの上に、カップに入った飲み掛けのコーヒーや、食べ掛けのサンドイッチなどが残されていた。コーヒーは冷め切っていて、サンドイッチのパンは乾いている事から、かなりの時間が経過している事が伺える。
室内には丸テーブルと四つのスツールを一セットに、複数個が設置されていた。部屋の広さと、奥に見えるウォーターサーバーとリユースカップから考えると、ここは休憩室だったのかもしれない。
部屋のドアに鍵を掛けてから、室内を探索する。飲み掛け品や食べ掛け品を残して、ここにいたもの達はどこへ向かったのか?
電気で動くウォーターサーバーが正常に起動しているから、電力は生きている。窓の無い廊下の灯りが付いていたから、電力が正常に動いているのは解る。
「……あたしは何の確認をしているんだ」
予想外の事が立て続けに起きて、正常な行動が出来なくなっているのか?
ため息を吐いてしまった。頭を乱雑に掻いてから、改めて室内を探索する。天井を調べ、壁を調べ、床を調べたが何も見つからない。丸テーブルやスツールだけでなく、ウォーターサーバーまでも移動させて、漸く、避難用の出入り口を見つけた。ウォーターサーバーの裏に存在するとは思わなかったけど、よく見ると車輪が付いていた。
出入り口横のパネルにスマートウォッチを近づける。小さな電子音が鳴ると同時に、壁が横にスライドした。ぽっかりと空いた穴は狭く暗かったが、足を踏み入れると灯りが自動で点いた。穴の先にはエレベーターの出入り口らしき扉が在った。
五階以下で戦闘要員以外の死体を見なかったのは、こう言う部屋に移動して避難していたんだな。
ウォーターサーバーの位置を戻してから扉を閉めた。
エレベーター横のパネルにスマートウォッチを近づけると扉は開いた。扉の先は無人で、自分が知っている地球のエレベーターに近い内装だった。エレベーター内に入って内部のパネルを操作する。
操作と言っても最下層へ向かわせるだけだ。音も揺れも無く、静かに降下を始めた。数秒程経過しても何も起きない。
「――ぁ」
軽き息を吐いたらその場に座り込んでしまった。気が抜けたのかもしれない。一応、エレベーター内に監視カメラが存在するかを調べてから、魔法を使って体力を回復させる。疲労が抜けて、手足の細かい擦り傷などが癒えて行く。
今になって考えると『魔法が無いと不便』と感じる事が多かった。自分がいかに魔法に頼り切りだったか判る。
いや、元々、無理矢理戦えるようにしただけなんだよね。何時か必要になると言われ師匠のところに放り込まれて、めっちゃ大変な目に遭ったんだよね。普通の親なら草葉の陰で白目を剥いて倒れる。
「これはどこかで鍛え直さないとかな?」
求めていた事が思いもよらない形であっさりと終わってしまい、惰性に身を任せてダラダラと過ごしていた結果が――これである。
ここから脱出出来たら、転生の術を使って別の世界に向かおう。どんな始まりになろうとも、一度、色々と見直す必要が有る。
「それまでは、魔法の使用は最低限にしないと……」
どんな目に遭おうとも、欠点の洗い出しとして『縛りプレイ』で行くしかない。プレイと称したがそんな感じで行く。
「ん?」
電子音が鳴り響いた。どうやら目的地に着いた模様。階層を表示しているパネルを見ると、八階だった。
立ち上がり、死角に身を寄せる。天井は高く、緊急時に開ける蓋も見当たらないので、入り口の僅かな陰に立つしかない。だが、扉は自動で開かなかった。透視で扉の向こう側が無人である事を確認してから、パネルを操作して開ける。エレベーターから出て、一度振り返って階層表示を確認する。やっぱり八階だった。この建物の構造はどうなっているんだろう? いやでも、二十三階まで途中の階層を飛ばした結果かもしれない。そうだとしたら、とんだ遠回りをしたな。
人気の無い道を歩き、長い階段を降り、明かりが点いている一際大きな空間に出た。
「……脱出艇の保管場所か?」
水は無いが、港の船乗り場を連想させる場所に出た。乗り込んだら、内部からの操作で海に下ろされる形式なのかな?
出たは良いが、肝心の脱出艇らしきものが見当たらない。奥へ向かうと、一種類の黒い脱出艇が安置されていた。ここで一『種類』と表現したのは、人間を一人だけ載せてどこかに射出する『ミサイル』に酷似した形状の全長約五メートルの脱出艇だったからだ。困った事に、複数人が搭乗する『船』のような脱出艇は残っていなかった。
仕方が無く、単身用と思しき脱出艇の出入り口らしきハッチを開けて乗り込み、内部を調べる。内部は縦一メートル半と横二メートル程度の広さを有していた。操縦席と思しき長椅子のような座席の下には、数日分の水や食糧に野営用品などが入った、所謂サバイバルキットが見つかった。海水を真水に濾過する装置も見つかった。バッテリー式のエンジンだが、脱出艇の表面が太陽光パネルとなっており、ある程度の自家発電が可能だ。操縦はある程度オートで行われらしく、周辺地図内で行きたい場所をタッチパネルで選択すれば、そこへ自動操縦で向かってくれる。
思っていた以上に高性能だった。独りで脱出するから、これに乗って脱出しよう。トイレも設置されているし。内部の装置を起動させて、バッテリーの残量を確認すると満タンだった。時間経過と共に放電されて消耗しているかもしれないと思ったが、これならすぐに移動出来る。
唯一の心配は逃げ切るまでの食料のやり繰りだけど、授業で海洋汚染の話は聞いた事が無いから、何か遭ったら魚介類を食べれば大丈夫だろう。毒持ちを食べる事になっても、魔法を駆使して、解毒か除去をすれば食べる事は可能だ。経験とは活きるものだ。勿論、嫌な方向でだ。
「ん?」
微かな音を耳が拾った。開け放ったままだったハッチから拳銃を手に出て、耳を澄ませる。聞こえて来る床を蹴る音は規則正しい。足音か? 足音だとすると、複数人いる事になる。
……この状況で味方が来た。そんな都合の良い事は起きないだろう。
確認したいけど、脱出艇が破壊されては困る。脱出艇内に戻り、ハッチを閉めようとした時、聞き覚えのある声が響いた。
「待て、『リリーヴァー』ッ!!」
野太い男の声。自分はこの声を主を知っている。だが、『学校』では無く、何故『ここ』にいる? いや、そもそも本人か?
偽物かと疑った時、『とある事』を思い出した。数秒程度悩んだ結果、再び脱出艇から出た。そして、音が聞こえる方向を見る。
走ってこちらに来る人数は五人。全員同じ、ここに来るまでに見た三種類の内の一種で、二番目に遭遇した連中と同じ服装をしていた。ゴーグルとマスクで顔を隠し、肩に紐でライフル銃を提げているから、誰が声を上げたのかは判らない。彼我の距離が十メートルを割ったところで、持っていた拳銃の銃口を向けると五人は一斉に足を止めた。先頭の人間が両手を上に挙げ、声を張り上げる。
「待て、俺だ! ギレットだ! アーチボルト・ギレットだ!」
「……本人なら、顔を見せて」
「おい、ガキ!」
「待て。こいつは元々、人一倍以上、警戒心が強いんだ。……顔を見せればいいんだな?」
いきり立った男を手を上げて制した、先頭の(恐らく)男は、ゴーグルと顔を覆っていたマスクを取って素顔を晒した。
短く刈り上げた茶色の髪と青い瞳。左の蟀谷から頬に向かって伸びた傷痕に、日焼けした肌。そして、目元を隠して衆人に埋もれたら、顔の傷が在ってもなお見つけ難い没個性な顔立ち。
現れた素顔は片耳イヤホンマイクを付けているものの、確かに見知ったもので、本人だった。と言うか、隣のクラス(自分がいたクラスで、授業に付いて行けなくなかった生徒の移動先だったクラス)の副担任が何故ここにいる?
向けた拳銃を降ろさずに問い掛ける。
「隣のクラスの副担任が、今になって、どうして来たんですか?」
「疑うのは理解出来る。元々こうなる予定だったんだ」
囮はナチュラルな方が良いと、何かのラノベのキャラが言っていた。でもね。これは相応の信頼関係が無ければ反感を買う行為だ。そして、囮役は押し付けるものでは無いと思うのよ。
「つまり、車が爆破されたのも、窓が開かなかったのも、決まっていた事だったのですか?」
「窓が開かなかった? あー、アレか。確実にお前を拉致させる為に、ドアにした細工の事か」
「その発言だと、自供とも取れますが?」
「そうだぜ。狐野郎が急に連れ出そうとしたから、ビビったぜ」
「……そうでしたか」
この物言いだと、クラスの担任がどんな認識だったのかが良く分かる。
確かに、クラスの担任だったビル・フルード教官の見た目は、自分でも『狐』以外に該当する単語が思い付かない容姿(金髪だった髪色を含む)をしていた。言動も性格も掴み難い。学校内での行動も、怪しいと疑われてもしょうがない事をしていた。そのせいで、学長以下、全教官から警戒されていた。
でもね。自分がいたクラスにはね、『軍高官の息子』が何人もいたんだよ。自分の息子を怪しい経歴持ちと噂される奴に託すか? 真っ当な保護者なら、自分の権限を使って調べるでしょ? 二年経っても追い出されていないって事は、クラスの担任は白じゃないの?
「って、おい、何時まで警戒する気だよ?」
考え事に集中していた間に、彼我の距離が五メートルにまで縮んでいた。僅かに下がっていた銃口を上げると抗議の声が上がった。
「脱出するんだろ? 俺らと一緒に脱出した方が安全だぞ」
「そう仰るのなら、外に出てから回収して欲しいですね」
個人的にはその方が、都合が良い。
確かに一緒に脱出した方が良いかもしれない。『でも』と心の中で呟いてから、改めて五人の服装を見る。ここに来るまでに見た死体と同じ服装をしている。
この施設に侵攻して来た勢力の一員なのか、この施設の防衛側か、そのどちらの勢力でも無く紛れる為の変装か。判断材料が少ない。考えている間にも距離は縮む。
時間が迫っているこの状況での選択肢は二択と考える。
ズバリ、自分の足で歩いて移動可能か、否かだろう。否は勿論『拘束された状態』の事だ。
目の前にいる教官は、間違いなく本人だ。よくあるトリックの一つ、一卵性双生児の替え玉でも無い。判断材料が少ない以上、少しの間一緒に動いてから決めた方が良いかもしれない。
だが、クラスの担任に下した評価と、自供が引っ掛かった。
脱出艇へ摺り足で移動する。本当の意味で『救助』に来たのなら、教官の後ろにいる四人は脱出艇に対して何も行動しない筈。
そう考えて移動した。
教官は渋い顔をした。でも、後ろの四人は我慢が足りなかったのか、それとも違う何かの時間が迫っているのか。四人の内の一人が空中へ、灰色の四角い『何か』を投げた。放物線を描いて自分に向かって来る『何か』の正体は判らない。授業で学んだ限りになるが、爆発物系では無いのは確かだ。
威嚇発砲してから脱出艇に向かって走り出す。だが、教官も発砲とほぼ同じタイミングで動いたので、命中はしなかった。仮に命中したとしても、防弾チョッキを着ているから大したダメージは受けないだろう。
歩幅の差で簡単に追い付かれて後ろからタックルを受けた。床に倒されるが身を捩って教官の胸倉を掴み、柔道技の一つ『地獄車』の要領で投げ飛ばした。投げ飛ばした勢いを利用して起き上がったが、落ちて来た謎の四角い物体が目の前で床に落ちた。四角いそれは床の上で一度跳ね、白煙を噴いた。視界が一瞬で真っ白に染まり、異臭が鼻を衝く。異臭を認識した瞬間、酩酊感に襲われて平衡感覚が消える。息を止めても平衡感覚は戻らない。片膝を付かないようにするだけで手一杯だ。
脱出艇のハッチの位置は覚えている。すぐそこだが、足が思うように動かない。その隙を狙われて、正面から再びタックルを受け、今度こそ床の上で転ぶ。転んだ瞬間に後頭部と背中を強打したが、酔い覚ましにはならなかった。
それどころか、背中を床に打ちつけた際に肺の空気を吐き出した際に、白煙と一緒に息を吸ってしまった。視界が大きく歪む。起き上がる為に手足に力を入れるが、今度は痺れ始めて動かない。手にしていた拳銃はタックルを受けた時に落としてしまったのか、グリップを握っている感覚は無い。
……これは詰んだな。
頭の片隅で冷静にそう判断する。だが、同時に判明した事も在る。この教官は自分を『救助』しに、ここへ来たのではない。自分を『捕獲』する為に来たのだ。
白煙が晴れると、歪む視界の中でゴーグルとマスクを装着した人物が自分の上に馬乗り状態でいた。誰だか判らないが、位置的に教官の可能性が高い。口を動かそうにも舌が思うように動かない。聴力も異常を来たしているのか、何も聞こえない。
本当に、魔法が使えないと、自分はここまで何も出来ないのか。
ここは一旦、諦めるしかなさそうだ。それにしても、どこへ連れて行かれるのか。いや、そもそも、何故自分なのか?
体が動かない中であれこれ考えるが、前触れ無く意識は途絶えた。