状況は急変する
第三者視点の間に主人公視点が入ります。ちょっと短めです。
※※※※※※
翌日の昼過ぎ。漸く出発となった。事前に乗り物酔い止め薬を飲んだので、車酔いは起こさないだろう。
この大陸の車は、西暦二千年代の地球の電気自動車とほぼ同じ見た目だ。違うのは中身だけだ。
知らない教官と一緒に後部座席に乗り込みシートベルトを装着すると、乗用車は音も無く発車した。本当はフルード教官と一緒に向かう予定だったが、何が起きたのか別の教官に変わった。
ボストンバッグを膝の上に乗せて、窓から外をぼんやりと眺める。
何が起きているのか。これからどうなるのか。これからどうしたいのか。思考だけがぐるぐると回る。
緊張しているのか、軽く息を吐くと急に眠気がやって来た。食後だから眠気が来てもおかしくは無いが、妙に眠気が強い。風を入れる為に窓を開けようとしたが、何故か動かない。
変だと思った次の瞬間、急ブレーキが掛かった。装着していたシートベルトが腹に食い込む。苦しかったので、シートベルトを一度外した。
何事と思いながらシートベルトを再装着しようとしたら、車が爆発する映像が見えた。シートベルトから手を離し、ドアを開けて外に出ようとしたが、ロックが掛かっていないのにドア開かない。
何が起きているのか。教官に尋ねようとしたら、視界が真っ白に染まった。ボストンバッグを盾にした瞬間、轟音が鳴り響き、ドアに叩き付けられた。だが、そのまま勢い余ってドアごと纏めて吹き飛ばされ、地面に叩き付けられた。受け身として反射的に後頭部の後ろに手を差し込んだが、代わりに背中を強打したので効果は薄かった。
不幸中の幸いは、ドアの窓(強化プラスチックみたいなもので割れ難い)が割れる事は無かったので、破片を浴びる事は無かったぐらいか。
地面を転がり、状況を確認の為に伏せていた顔を上げる。
上がる悲鳴。鳴り響くサイレン。そして、黒煙を上げて燃える乗用車。
視界に入った光景を見て、車が爆発した事だけは理解した。痛みを無視して体を起こし、同乗者を探す。
乗用車には自分以外に二人乗っていた。同乗していた教官と運転手の姿が見えない。左右を見回すがいない。まだ車内に残されているのか?
二人はどこにいるのかと、探していたら首筋に衝撃が走った。意識を失いはしなかったが、再び地面に倒れる。
……今度は、何が起きている?
思考を回すよりも早く、再び首筋にピリッとした痛みを感じて、今度こそ意識を失った。
※※※※※※
リア・リリーヴァーと教官一名を乗せていた車が移動中に爆破された。
その知らせはすぐに学校へ齎され、情報の共有の為に緊急会議が開かれる事になった。だが、集まった教官の五分の一に相当する数の教官が、何時になっても現れない。その中には、昨日の会議で吊し上げられたビル・フルード教官も混ざっていた。
時間を惜しんだ学長が、先刻起きた事を集まった教官達に知らせた。予想外の情報が齎されて全員浮足立った。
何が起きているのか皆が意見を出し合おうとした瞬間、音を立ててドアが開け放たれた。
「遅れて済みません」
全員でドアを見ると、そこにはビル・フルード教官がいた。彼は片手に何かを掴んでいる。
「遅い! 何をしていた!」
「これが中々口を割らないので、時間が掛かりました」
学長の叱責を受けてなお、ビル・フルード教官はけろりとした態度で回答した。別の意味で恐怖を誘う態度だが、回答の意味に気づいて別の意味で震え上がる教官が続出した。学長も肝を冷やした一人だが、ビル・フルード教官が掴んでいるものの正体に漸く気づいて恐怖で顔を歪める。
「待て! その手に掴んでいるのは」
「昨日余計な事をしてくれた奴です。やっと尻尾を出してくれたので捕まえました。ああ、ここに来ていない教官も、派遣場所は違えど同じです。全員拘束済みですのでここには来ません」
さらりと告げられた報告に、室内にいた全員がギョッとして腰を浮かせた。そして、彼が掴んでいる物体の正体に今になって気づき、全員が声なき悲鳴を上げる。
そう、ビル・フルード教官が掴んでいたのは、昨日の会議を行うように進言した男性教官だった。気を失っているのか、引き摺られているのに無反応だ。
「……ビル・フルード教官。現時点で保有している情報を、可能な限り開示し、正しい所属を報告しろ」
学長はパニックを起こしながらも、必死に思考を巡らせてから、そう命じた。
直後、教官達の反応は二つに分かれた。
片方は、ビル・フルード教官の正体に気づいて顔を青褪めさせた。
もう片方は、学長の命令の真意に気づけず、怪訝そうな顔になった。
そのどちらでも無い、命令を受けた本人は嘲りを隠さずに肩を竦めてから回答した。
「州内部調査室所属、『ウィリアム・フルード』です」
「やはり内部調査室の人間だったか」
学長と気づいた教官達は冷や汗を掻き、気づけなかった教官達は顔を青褪めさせた。
「もう少し真っ当な経歴書を用意してくれとお願いしたんですが、『学校が自力でどこまで調査するか見たい』と言われてあの経歴になりました。その反応だと、誰一人として、怪しんでも調べなかったのですね」
「そ、それは……」
「ああ、言い訳は不要です。来年以降は自力で頑張って下さい。学長以外の皆さんも、ね」
言い淀む学長にビル・フルード改め、ウィリアム・フルード教官は最終通告を言い渡した。
内部調査室所属の人間から直々に言い渡される『来年から自力で頑張れ』は、実質『解雇通告』に等しい。
その意味を知る全員の顔から生気が消える。
「リア・リリーヴァーに関しては、私が動きます。皆さんは来年まで、今まで通りに動いて下さい」
そう締め括ったウィリアム・フルード教官はそのまま立ち去ろうとしたが、別の男性教官に呼び止められた。
「待て。我々に情報の開示はどこまで許されている?」
「リア・リリーヴァーを拉致した連中の目星は付いている。『黒作者』を抱えた組織だ」
「『黒作者』だと! まさか、北州か?」
「そこまでは知らないので何とも言えませんね。明日の業務の引継ぎをやらなくてはならないので、これで失礼しますね」
ウィリアム・フルード教官はそう言い残して今度こそ去った。
会議室の外で待機していた部下にずっと掴んでいた荷物を渡し、ウィリアム・フルードは廊下を歩きながら今後の予定について考える。
教官業務の引継ぎ自体は、何時でも出来るように準備していた。
担当しているクラスは選抜クラスだが、人数は四人と少ない。このまま副担任(部下)に任せても問題は無い。
ここまで考えて、ウィリアムは気づいた。
……今すぐに、ここから去っても問題は無いな。
ウィリアムの次の仕事は拉致被害者の捜索と救助活動となっているが、その期間は短いと見做している。
何故なら、リア・リリーヴァーが狙われている事が発覚した時に、彼女を『囮』として使うと決定されたからだ。彼女を拉致した連中は、拉致した対象が『囮』だとは思ってもいないだろう。
使いたくない手段だったが、拉致被害者の捜索が難航していた事から、全ての州の統率者が話し合って決定され、実行される事になった。
廊下を歩く速度を上げたところで、背後から呼び止められた。振り返ると担当しているクラスの四人の生徒が走って来た。どうしたのか尋ねれば、本日去ったクラスメイトについての質問だった。リア・リリーヴァーが移動途中に拉致された事を四人が知っているのは、保護者が直々に確認を取ったからだろう。
四人揃って軍高官の息子だったなと、思い出したウィリアムは面倒だと思いながらも普段通りに対応する。対応と言っても、ウィリアムがした事は『心配するな。これから救助隊が向かう』と言い聞かせただけだ。
ウィリアムの発言は間違ってはいない。拉致されたリア・リリーヴァーの現在地と救助にどの程度時間を要するのか。それらが不明なのは事実だが、今ここで教える事でも無い。
四人を無理矢理納得させて、ウィリアムは今度こそ学校から去った。
※※※※※※
ウィリアムの短縮形には、ウィル(Will)以外に『ウィル(Willie)、ウィリー(Willy)、ビル(Bill)、ビリー(Billy)』も存在するそうです。
名前を考えていた時に面白そうだと採用しました。