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怠惰な放課後

 授業終了の鐘が鳴り、今日の学校は終わりを迎えた。

 学校が終わったと言っても、ここは首都に存在する全寮制の軍属学校だ。校外に出るには、色々と事前に申請をする必要が有る。大抵のものは購買部で手に入るし、時間潰しとなる本も図書室へ行けば読める。

 授業終了後のホームルームが終わったら、図書室へ向かう。

 移動途中に、自分の現在の状況について考える。



 気づいたら孤児院にいた。それでも、菊理としての記憶を取り戻していたから、どこかで一度死に掛けたんだろう。

 でも、赤ん坊の状態で孤児院にいたから、家族に捨てられた可能性が高い。

 赤ん坊の状態で、大人が話す言葉を聞いていると別の可能性が浮上した。

 大陸全土を巻き込む、とても大きな戦争が起きて、少し前に終息した。

 自分が孤児院にいる事を考えると、家族は既に死んでいる可能性が高い。自分は生き残ってしまったから孤児院に回収されたんだろう。周りを見れば、大勢の幼い子供が沢山いる。自分はその内の一人。

 戦争が終息。孤児院に回収。この二点から、自分は『戦災孤児』なのだと理解した。

 そして、自分の名前は『リア・リリーヴァー』と言う。

 リリーヴァーは孤児院出身の子供に付けられる名字で、救済児を意味する。婚姻しない限り改名は出来ない。引き取られてもミドルネームとして残る。

 立場が解ったら、次はこの世界についての情報を集める。

 大人達――孤児院の職員が言うには、戦略級、戦術級の地球で言うABC兵器が戦争で使用されたらしい。そのせいで大陸の一部は死の土地になり、人が住めなくなっているそうだ。

 ここでABC兵器が存在する事から判るだろうが、この世界は機械文明が発達した世界だった。魔法のような超常と言えるものは存在しない。

 しかも孤児院が所有する機械は、西暦二千年代の地球よりも遥かに進んだ技術で作られたものだった。

 これまでの転生の旅で、ここまで機械文明が発達した世界に転生した回数は、片手で足りる。

 数え年で五歳になった、三年前のある日。

 国から派遣された大人がやって来て、自分には何かの適性が有るからと言って孤児院から連れ出した。そのまま軍属の学校に入学する事になり、流されるように軍人候補生(仮)としての学生生活を送っている。



 どうなっているんだか。

 内心でぼやき、嘆息する。声に出してしまうと煩い輩が多い。

 辿り着いた図書室に入り、目当ての本(と言っても電子書籍しか存在しない)を探す。貸し出しは禁止されている。必要な部分は電子ノートに書くしかない。見つけた本を手に窓際の席に座って、中身に目を通し、必要な部分を書き写す。機械が存在する世界だからか、文字が違っていても地球の英語に該当する言葉が幾つも存在した。存在しないアルファベットを使わないように気をつけないと、気づくと使ってしまう程度に英単語が幾つも存在した。文字が違うから常に気を遣っている。

 そんな事よりも、読む本はこの大陸の歴史書だ。


 この世界、いや、この大陸は機械文明を主体としている。

 けれど、自分がこの軍属の学校に強制的に入学させられた時に、大人達が奇妙な事を言っていたのだ。

 それは『刻印適性』だ。

 刻印とは何の刻印を指すのか。分からないが、国から派遣された大人が、国中の孤児院にいた子供を片っ端から調べて探す程なのだ。自分が思っている以上の意味が在るのだろう。

 機械文明が主体のところで『刻印適性』の意味を何なのか? これの答えはまだ見つかっていない。

 図書室で大陸の歴史書を読み漁った結果、機械文明の黎明期――今から千年前の事を知る事が出来た。

 機械文明の黎明期には『言霊』と呼ばれる精霊を使役する超常の力――魔法に近いものと併用されていた。この頃の機械文明は、西暦二千二十年代の地球よりも数百年程度進んでいた。それでも、超常の力と併用されていたとは驚きだ。

 だが、言霊の効力は使役出来る精霊で差が生じる上に、自然が減ると精霊の数も減る。

 機械文明の黎明期では、戦争が大陸のあちこちで起きていた。人が安心して住める場所は少なく、自然もまた戦渦に巻き込まれて消えて行った。

 自然が減って共に精霊の数が減り、千年経った現在、使役可能とされている精霊は力と意志の弱い下位精霊のみ。中位以上の精霊は精霊界へ去ったとされている。下位の精霊も殆どいないから、使役する事は不可能だ。

 けれど、言霊が役に立たないからと言って、超常の力が完全に消えた訳ではない。

 科学と融合したもう一つの超常の力、原始(げんし)魔刻印術(まこくいんじゅつ)が残っていた。

 この原始魔刻印術は、大気中の魔素で、誰でも簡単に使用出来る術だ。現代の機械文明を支えている技術で、一般家庭の家電から兵器にまでありとあらゆるものに使用されている。完全な機械文明化と思ったが、違っていた。だが、この世界において、魔素は地球で言うところの『石油』に近い扱いを受けている。

 石油と同じく、何時かは枯渇すると危惧されているようで、魔素を人工的に作り出す技術を確立させたらしい。けれども、技術が確立させてしまった事で戦争が頻発するようになり、一度戦争が起きると互いにボロボロになるまで長期化する。長期化する事で、新しい技術が生み出されて激化し、互いに引けないところまで戦争を続けて共倒れにまで続いた。

 今から八年前に終息した戦争も同じだった。

 大陸全土を巻き込んだ大規模戦争。人が住めない死の土地を作り、殆どの国が瓦解寸前となった。八年前に生き残ったそれぞれの国のお偉いさん達が、国を再興させた結果、大陸には一つの合衆国が存在する。国名は無く、東西南北に分かれた四つの州が一つの国のように機能している。

 

「?」

 鐘の音を耳にして顔を上げる。時計を見ると、図書室が閉まる時間だ。慌てて本を戻し、図書室から去る。時間を考えると、もうすぐ寮の門限となる。校舎内は早歩きで、校舎の外に出たら走って寮に向かう。

 寮の門限は、地球で言うところの十八時になる。図書室が閉まる時間は十七時半だが、寮まで歩いて二十分掛かり、走っても十五分掛かる。そして、寮に入る時に本人確認などの、機械を使用した本人確認作業で五分ほどの時間を取られる。防犯の為なんだろうけど、面倒極まりない。

 寮に到着したら、何時もの手続きを行う。終わったら部屋に戻る。幸いな事に、寮は個室だった。今は八歳だから個室なのかもしれない。年齢が上がるにつれて、相部屋になる可能性も在るが、まだ先の事だ。

 夕食の時間まで一時間も残っている。個室内の異常をチェックしてから、鞄の中身を机の上に広げて椅子に座り、軽く今日の復習をする。


 地球で例えると、まだ小学生と言って良い年齢だが、宿題の類は出ない。授業の内容を考えると、予習と復習で手一杯の年齢と考えられているのだろう。

 軍属の学校だからか、授業内容は一般教養以外に、銃火器やナイフなどの扱い、軍人候補(仮)としての体力作りと身体能力向上を目的とした訓練、軍人ならではの言い回しや暗喩に軍紀、緊急時の行動を覚えるのが、今の授業内容だ。三年前は文字の読み書きと四則演算を覚えるところから始まった。文字の書き以外は出来るから『一回で覚えた振りをした』んだよね。目立ったけど、不真面目な生徒を演じるとお小言を貰うから我慢した。一応、得手不得手が有るように見せたからどうにか埋もれる事は出来た。

 ただ、最近になって監視が付くようになった。

 成績は得手不得手の差が余り無く、群を抜いて優秀と言う訳でも無いが、平均よりも少し上程度に収まるようにしていた。これは監視の目を誤魔化す為に、一芸特化に切り替えた方が良いかな? オールマイティーは器用貧乏扱いされて、損な役割を押し付けられやすいし。

 でも、一芸特化にするとしても、何を特化させるかで迷うんだよなー。

 

「駄目だ。身が入らない」

 復習に使っていた教材を鞄に仕舞い立ち上がる。食堂へ水を飲みに行こう。



 食堂の給水器から金属カップに水を注いで飲む。硬水なのか微妙に美味しくない。夕食まで残り十分だ。コップ片手に長テーブルの上で伸びていると、料理人のおじさんに声を掛けられた。『勉強に身が入らなくて水を飲みに来た』と言えば、早々に興味を無くして去った。

 ちびちびと水を飲みながら、これからについて考える。

 具体的には、何時この世界から去るか、だ。

 機械文明は進歩している世界なので、去るタイミングを間違えて失敗すると、あとが面倒になる。主に政府関係者と軍の上層部の人間の対応が大変になる。

 妙案は出なかったが、時間は潰せた。

 カウンターに向かい、夕食が乗ったトレーを受け取り席に戻る。食堂が開いている時間帯の間でならば、好きな時に食べられる。全員に行き渡るのを待ってから食べたりもしない。何時も通りに一人無言で夕食を食べる。時間になったばかりなので食堂は閑散としていて、静かだった。

 二年半前から、軍部高官の阿呆息子共が絡んで来るようになった。食事時は気配を消して早々に食べきるようにしている。寮の個室に持って行こうとしたら、監視の教官に怒られるので出来ない。教官は騒ぐ馬鹿を注意せず、自分にだけ注意する。馬鹿は馬鹿で注意を受けると、『親に言い付けて辞めさせるぞ』と、親の威光を笠に着て威張る。本当に始末に負えん。

 これらの事情から、仕方なく食堂で食べている。食事の時間は大体三十分以内で済むようにしている。

 ……しかし、何も味がしないなぁ。

 ストレスが原因なのか、ここ二年程、何を食べても味がしない。だからか、食べるペースは自然と速くなっていた。ゆっくりと食べても絡まれるからどうでも良いな。

 食べ終わったら、食器回収口にトレーを戻して食堂から出る。少し歩いたところで、騒々しい声が背後から聞こえて来た。どうやら馬鹿共と入れ違いになったらしい。さっさと部屋に戻ろう。

 今日の復習、明日の予習を行ったら、シャワーを浴びて寝よう。



 日常に変化が無いまま、無気力な日々を送る。目標は無く、気力は無く、ただぼんやりと過ごす。逃亡しても良いけど、監視の目が在るから出来ない。

 こんな日々を送っていたが、気づけば誰にも絡まれなくなっていた。周囲の声に耳を澄ませると、どうやら親の七光りだった馬鹿共が退学になったと噂が立っていた。自分に実害が無ければ、放置で良いな。

 だが、変化は馬鹿の退学だけでは無かった。

 半年後。今度は進級すると同時に、教官が半分も入れ替わった。いなくなった教官は馬鹿の脅迫に屈していた連中ばかりだ。

 一体、何が起きたんだ? 政権か、軍部の上層部で、派閥争いでも起きたのか? 

 疑問への解答は無い。それどころか、新たにやって来た教官は何かと目聡かった。少しでも手を抜くと何かと睨んで来るし、一瞬でも手を抜くか悩むと『手を抜くな』と叱責が飛ぶ。お陰で同級生に手を抜いていた事がバレてしまった。

 本当に何が起きたんだ? 調べるか悩んだが、バレた時の事を考えて止める。うっかり機密情報に触れてしまったら、あとがヤバいしね。



 手抜きが出来ず、気を張る日々が続いたある日。

 食堂で夕食を食べていたら新しいクラスの担任の男性教官がやって来た。そして何故か、中身を飲めと透明なガラスコップを押し付けられた。コップは何の変哲も無い普通のガラスコップで、何かを混ぜた痕跡も無い。

 一口飲むが、何時もの水と変わらない。だが、舌に残った感触から何かを混ぜていた事だけ解り、思わず眉根を寄せる。

 そのまま全部飲み干すと、教官は顔を顰めた。

「やはりか。お前、味覚に異常が出ているな。何時からだ?」

 やっぱり何かを混ぜていたらしい。『三年前からです』と回答しつつ、どうしてこんな事を行うのか考える。

「警戒するな。気になっただけだ」

「……そうですか」

 それだけ返答してからコップを返す。

 ここで『はい、そうですか』と素直に受け入れられないのが悲しい。

 馬鹿がいなくなり、教官が入れ替わる前の頃。孤児院出身の生徒は色々と言われていた。陰口は叩かれて当たり前で、嫌がらせは堂々と起きる。教官は加害者を注意せず、被害者に問題が有るかのように言う。

 好き好んでここに来た訳じゃないのに、孤児院に金を渡して連れて来たくせに、どうしてこんな扱いを受けなくてはならないのか。貴族社会じゃなくても、『大人は信用してはいけない』って事なのかもしれない。

 大人への警戒心を強めた。


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