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スクルプトゥーラは瞼を上げる
ほんの小さな月が星と共に並ぶ
針で刺したかのように悲鳴をあげて輝く
その控えめな夜の笑みに彼女は俯く
心に渦巻く炎をどうしようか
瞳に立ちこめる揺らぎをどうしようか
毛の先にまでそれらは染みこんで
彼女を突き動かす何かと化す
スクルプトゥーラは走り出す
何故かは知らない
目的は知らない
場所は知らない
彼女は知らなくても
本能が知っている
夏の夜の風となる
靴の片方がどこかにいっても
スクルプトゥーラはお構いなし
足の裏に小石が刺さっても
スクルプトゥーラは気づかない
ただどこかへ一直線
腹の底で煮え立つ燃料が
握る拳を固くさせ
食いしばる歯を鳴らし
地面を蹴る両足を加速させる
沸々と湧き上がる感情に
どう名前をつけようか
憎しみか
怒りか
劣等感か
どれも当てはまるが
名前にはならない
では、何であろう
スクルプトゥーラは知っている
これは苛みだ
果肉をにぎる
滴る汁を浴びながら
スクルプトゥーラは走る
果肉をねじる
地面に放りながら
スクルプトゥーラは走る
果肉をつぶす
足の爪に挟まっても
スクルプトゥーラは走る
葉をちぎり
木をなぐり
僕をせめる
スクルプトゥーラは走る
赤錆びが包む。
足先から胴体まで
腰からつむじまで
泥のように伸びてゆく
伸びては固まって
スクルプトゥーラとなっていく
肌の呼吸を邪魔する重さ
軽やかな肉体を地面に縛る
スクルプトゥーラは気づかない
スクルプトゥーラは走る
何故かは知らない
目的は知らない
場所は知らない
スクルプトゥーラは止まった
泡が浮いていく
月の光が揺らす静寂
自由がない
それでこそ自由だ
僕は自由になったのか
彼女は自由になったのか
このまま金の夢と共に散っていくのか
それも悪くはないのだろう
スクルプトゥーラはもう
彼女ではないのだから