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「僕の世界では花はずっと綺麗なまま保たれているんだ」
街への長い道のりの間、わたしはスクルプトゥーラに並び、彼の話を聞くことに専念した。彼の生まれ育った世界はどんなものなのか、興味があった。
「花だけではない。全てが全盛期の姿のまま、長い時間を過ごしていくんだよ。鳥も水差しもぶどうパンも。――勿論、人間も」
スクルプトゥーラの横顔は穏やかである。
「聞いた話ではね、この地上の世界は僕たちの世界を模して造られたんだ。だから、よく似ている。周りの景色、建物、自然、よく似ている」
彼は周囲の景色を見るためか、くるっとその場で回った。母の作った服の裾が広がってはしぼんでいく。
「でもね、ひとつだけ地上の世界が真似することの出来ないものがあったんだよ。それはね、完全な美。きっと『枯れる』というのも、その類いの現象だろ。僕の世界では、花は枯れない。ずっと美しいまま在り続けるのだよ」
「それって、寧ろそっちが偽物じゃないか。命のない作り物ということだろ?」
わたしは微かな苛つきと疑問を覚えた。真似だかなんだか知らないが、わたしたちの住むこの世界は偽物だと言われた気分に陥った。
「……僕の言ったこと、もう忘れたの? ここは僕の世界を模して造られたんだよ。神にとっての基準は僕の故郷の方だ。偽物なんて言うべきじゃないね」
スクルプトゥーラはそれっきり口をつぐんでしまった。鼻歌を奏でながら、再びわたしの前を歩く。
わたしは未だにスクルプトゥーラの言い分を理解できずにいた。話の規模がわたしの範疇を遥かに超えていてきっと理解なんてできないし、元々してはいけないことなのだと思う。だがしかし、彼の説明したことはしっかり自分のものにしておきたかった。
スクルプトゥーラのことだ。一回聞いたことは一度で理解し、決して忘れない。それを前提にスクルプトゥーラは会話を進める癖がある。いつまでも平等な関係でいるためにも、わたしはちゃんと理解しなくてはならない。とりあえず、言葉のまま呑み込んでしまえばいいのだ。わたしは自身に言い聞かせる。
ここはスクルプトゥーラの世界の二番煎じであり、美しさに不備のある世界。――本当にそんな暴論が真実であっていいのだろうか。
わたしは台車を押しながら、周りを見渡す。清々しい青空の下、小麦畑が広がり遠くの方ではうっすらと清潔な街並みが顔を出している。わたしたちにさりげなくふれる風たちは豊か土の匂いを共に運んでいく。
こんなにも、こんなにも美しいのに。自然がありたいようにいられる世界だというのに。
その時、わたしたちは遠くの方で地を揺るがすような低い響きのある音を聞いた。自らの心情が変化するのは例外なく唐突で一瞬の出来事である。
あぁ、スクルプトゥーラの言い分は正しかった。この世界は醜い。
何故忘れてしまっていたのだろう。世間離れしているスクルプトゥーラがそばにいるせいか? わたしは毎日それと関わっているではないか。気配を感じふと目線を前にやると、スクルプトゥーラがこちらを見て意地悪く笑っていた。それは心の底から意地の悪い笑みであった。そんな姿までもこちらの浅ましさを浮き彫りにしているようで、相対的に彼は美しいとわたしは思わざるを得なかった。