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二章 高い塔 4

 昨日の傷が膿んでひどい状態だった。熱を持っていて頻繁にガーゼを変えなくてはいけなかった。治りがとてつもなく遅いようだ。なのでベッドで横になっているしかなかった。    

 ドアがノックされたがビジャンはとても動ける状態でなかったのでヴィオがドアまで行ってくれた。

「珍しいお客さんよ」

 ビジャンには見舞いにくるような人物の心当たりがなかったので少し驚いた。申し訳なさそうに墓守の息子が病室に入ってくる。手には何かの花が握られていたが強く握りしめてきたせいかすでに萎れ気味だ。少し緊張しているらしい。

「昨日は助けてくれてありがとう」

 ビジャンは言った。

「いや、俺は何もしてないよ、追い払っただけさ。あいつらは何か言ってきたか?」

 ビジャンは首を振った。

「悪かったな」

「君は悪くないさ」

「君はやめてくれよ、ハンスだ。ハンス・イム・グリュックだ」

「僕の名はビジャン・ロビンソンだ」

 墓守の息子は笑った。

「この村であんたの名前を知らない奴なんていないよ」


「なにか俺にできることはあるかな、謝りたくてさ」

「別にハンスが僕に石を投げたわけじゃないだろ?」

「そうだけど、村の子どもがやったんだから、みんなあんたの事を厄介者だなんて思っていないってのを知ってほしくてさ。迷惑だったか?」

「まさか」

 ビジャンは言った。

「村の人間にきっといい印象を持っていないだろうけど、あまり悪く思わないでくれ。みんなあんたが珍しいからさ」

「いや、助けてもらったわけだしそんな風には思っていないさ。石を投げられたのは正直びっくりしたけど、そういうこともあるかもしれないな、と思ったんだ。でもハンスは怖くないのか? こっちの味方をしてこうしてここまでやってきて。つまはじきにされるかもしれないだろ。しかも僕は瘴気病だ」

「そんなこと気にしてるのか? かまやしない」

 ハンスもビジャンと同じくもともとは壁外の一族だったそうだ。もう父親の父親のその前の話だそうだが未だに壁外の人間は阻害され学校にさえいかせてもらえないらしい。

「まぁあんたがいう風にいうとそういうこともあるかな、という感じだよ。でも本当に気にしないでくれ。人間いつか死ぬわけだし、こんな退屈な村に住んでいるんだ。チャンスは逃したくはないからね。スダリアスの話も聞きたいし壁の外がどんななのかも聞きたいし」

「先にハンスの話を聞かせてくれよ」


「墓守りってのは別に意識してなくても村のことに詳しくなっちゃうもんなんだよ。あんたを救済院(ここ)に連れて来たのも俺なんだぜ」

 どうりで墓に行ったときこちらをじっとみていると思った。

「その時の様子を教えてくれよ」

「ああ」

 ハンスは話し出す。木材の売買は村の北門近くの広場でおこなわれていたらしい。正確には壁の外である。そこは壁と森の間に設けられた緩衝地帯で、取引中にスダリアスが突如現れ襲ってきたという。見張り塔にいた人も気がつかなかったらしい───見張りといってもクリーチャーが襲って来ることなど想定していないので無理もないことなのだが───その場にいた村人数名と壁外から来た木こりたち全てが命を落とすこととなった。即座に見張り塔より警報が鳴らされ、その音のせいかわからないが、スダリアスは川にかかった橋を渡り、数回北門に体当たりを試みるも扉はビクともせず、一度咆哮すると再び森の中に姿を消したという。村では若い男たちが総出で北門広場に駆けつけたが、その時にはスダリアスの姿はなく、あたりは血の匂いが立ち込めていたらしい。生存者がいないかと探したがみつからず、食いちぎられた死体の山だったそうだ。山狩りをすべきではないかと塔に住む男を中心に相談していたが、たとえ見つけたとしてもスダリアスを始末することは不可能だったため、さらに被害が拡大することを懸念し山狩りは必要ないという結論に達した。残った遺体はその場ですぐに火葬されることとなった。墓守りとその息子により壁外の集落へ事件を知らせに行くと夜半過ぎに着いた時には集落はすでにスダリアスに襲われた後だった。人の気配をたどり集落へ行き着いたスダリアスは集落に残っていた老人や女性、乳飲み子を問わず全ての人間を惨殺したということだ。深夜で松明の明かりごしでもその凄惨さははかりしれず目を背けるしかなかったそうだ。そんな中、一軒の瓦礫の下からうめき声を聞いた墓守りは瓦礫をどけ少年を救い出した。重度の火傷で瀕死の状態だったがまだ息があり、他の生存者を探す父親を残し息子は少年を背負って村へ引き返したという話だった。

「ごめんな、俺たちは何もできなかった。見殺しと同じだよ」

 ビジャンは何か言わなくてはと思ったが言葉がうまく出てこなかった。


 それからハンスは病室を訪れるようになった。

「字をさ、俺も教えてもらえないかなと思って。バカだからさ、俺。親父はそんなものは覚えなくていい、墓守りに学なんていらないっていうんだけどさ、知ってたら何かの役に立つかもしれないし」

「字が読めるって素晴らしいと思うわ」

 ヴィオが言った。

「墓石の名前を間違わずに読めるしね」

 ビジャンも賛成した。

「字は私が責任を持って二人に教えてあげる。私、厳しい方だから覚悟してよね」

 ビジャンとハンスは顔を合わせ笑った。

 生徒が二人に増えた。

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