六章 排泄するだけの猿じゃないといえるかい 26
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建設王とスダリアスの壮絶な戦いを見て凍り付いていたのもあるが、二人は英雄建設王を目の前にして敬意を評し慎んだ態度を自然にとっていた。それは負傷したタパも同じらしく、立ち上がり二人とも直立不動で敬礼をする。さすがにタパは火傷した腕が痛むのか、吐く息が荒い。
「二人ともそうかしこまらないでくれ」
建設王は二人にそう言った。
「紹介がまだだったな、こいつはノア・イグビノゲネ、私の観測手だ」
隣にいた大男が軽く挨拶をする。
「でも、どうして(ここに)?」
ドゥラが疑問を口にすると建設王は仮面の口に手を当てた。前方で息絶えているスダリアスを凝視している。ドゥラにはスダリアスは完全に沈黙しているように見える。
「話は後だ。少し待ってくれ、イグ、頼む」
建設王はイグからアーティファクト『大いなる死への代償』を受け取った。イグが持つとそれは玩具のようだったが、建設王が受け取ると背丈以上の長さがあり、禍々しいその武器を見ることさえドゥラははばかられ視線をそらした。タパも同じ思いなのか、見ることなくうつむいているが気になるのか時々チラチラと盗み見ている。
建設王は弾丸を受け取ると、銃を立てたままボトルハンドルを引き、中に弾丸を込め、前に押し薬室内に弾丸を送り込んだ。カチャリと乾いた金属音が響き、最後にボトルハンドルを押し下げ準備を終えた。一連の動作は実にスムーズで無駄が一切なかった。
「瘴気は?」
建設王は聞いた。
「十分装填されています」
わかった。とどめの矢を入れる、と建設王は言うと一人スダリアスの方へ向かって行く。
「少し離れるぞ」
イグが言い、タパとドゥラを連れて崩れた塔から離れた。塔はかなりの高さだ。眉間を貫かれあの高さから落下して生きているはずもないだろう。恐ろしい武器を使ってさえこれだけ仕留めるのに苦労することを鑑み自分たちがいかに浅はかかつ無謀だったのかとドゥラは思った。死んでしまったカイミと重傷を負ったギュンドアンには申し訳なく思う。自分たちが生きて戻れたことが僥倖だったと痛感する。
建設王がスダリアスに近づいた瞬間、今までひっくり返っていたスダリアスが飛び起き目を見開いた。スダリアスの目は建設王の頭ぐらいの大きさがあった。血のように真っ赤に充血している。鼻にしわを寄せ歯をむき出しにして建設王を威嚇する。開いた口からは汚れた犬歯が見えた。ドゥラにはスダリアスは怒りのためというよりは恐怖で唸っているように見えた。しかしスダリアスは眼の前に立つ建設王を一瞬で口に咥えると猛然たる勢いで走りだし、塔の壁にぶつかっていった。噛みちぎる力は残ってはいないらしい。咥えられた建設王に動きはなくされるがままになっている。気を失ったのだろうか。
ドゥラは何もできない自分を恥じていた。ちらと横を見ると火傷を負い座り込んでいるタパが歯噛みしている。同じ思いなのだろう。
「まずいな、加勢する。おまえたちは隠れていろ」
そうイグは言うとすぐさまスダリアスの背後から近づき、尻のあたりから伸びている食いつきアンカーの鎖を引っ張った。タパが打ち込んだものだ。しかしいくら引いてもびくともしない。鎖を肩に回し、反対方向へ向き腰を落とし力を込めたが動きを止めることはおろか変わらず引きずられて行く。
イグは引くことを諦め鎖をスダリアスの首にまわし締め上げる。功を奏しスダリアスの動きが止まり、口で喘ぐように首をもたげ、血だらけになりながら建設王は地面に落ちた。建設王の右手には依然として銃が握られたままだ。スダリアスの唾液によりあちこちから煙を上げながら地面を這い、瓦礫の上に銃身を固定し、狙いを定め引き金を引いた。弾は下方正面からスダリアスの胸に入り、筋肉を貫き心臓に達する。スダリアスは二、三度身体を震わせ、持ち上げていた首がゆっくりと地面に落ち盛大に土煙が上がる。充血した目は見開いたままだったが、どこもみてはいない。光が失われ虚無を湛えた。
ドゥラもタパも隠れることはおろか、その場で動けないでいた。もちろんなにもできなかった。
建設王はしばらくその場に座り込み息を整えている。スダリアスに咥えられその口内にいたのだ、中はかなりの高温だったに違いない。唾液で服は濡れそぼり露出した皮膚が焼けただれ、また鋭い歯による裂傷でそこかしこから血が流れている。建設王は立ち上がる。イグが手を差し伸べようと近づこうとするが、手を挙げてこなくていいと合図を送った。全身に負った火傷と裂傷のせいでタパなどとは比べ物にならないほど負傷している。イグはすぐさま手当をしようと歩み寄るが、それも手を挙げて制した。
「私のことはいい、イグ、先にタパの治療をしてやってくれ」
建設王はそう言うと再び横たわるスダリアスに近づいていく。倒れて事切れているスダリアスの頭のあたりに手を触れる。ドゥラは気にはなったが黙って様子を見ていた。
「手当てしてやる、こっちへ来い」
イグは言った。タパは立ち上がるとイグの元へ行き火傷した腕を見せた。イグは大きな手で不似合いながら実に手際よく治療し包帯を巻いた。
「ひどい火傷だがしばらくすれば治る。包帯が当たって痛いだろうが我慢しろ。傷跡もそうたいして残らないだろう」
「あの、建設王は大丈夫なんですか…」
タパは自分のことより建設王が気になるようだ。
「本人がいいと言うなら大丈夫なんだろう。あの方はそう簡単には死なないよ。それよりお前の方だ。傷口から菌や瘴気が入ることがあるからな、あくまで応急処置だ、後で医者にきちんと診てもらえ」
「いつもこんなに仕留めるのは大変なんですか?」
タパが聞いた。
「まぁ今回は比較的楽なほうだな。死人も出ずこれぐらいの被害で済んで良かったんじゃないか。あのアーティファクトは元来狙撃用だからね。接近戦になるとこちらの分が悪いんだよ」
タパとドゥラの二人は顔を見合わせた。




