六章 排泄するだけの猿じゃないといえるかい 24
❇︎ スヘルデとプライス
中央山塊の先、スヘルデ川の源流近くに極寒の地が広がっている。王国から遥かに北に位置し、海も凍りついているため航路がなく雪と氷に閉ざされた辺境の地である。元々王国から逃げ出した罪人や支配を好まない民族などが流れ着いて都市が形成された場所でありスヘルデとプライスという非常に重要な二つの都市が存在する。北西に唯一の凍らない港を持つのがスヘルデ。ここは主に解体されたラウタペリテの素材やプライスが産出した鉱石などを積出し、王国へと輸出を行なっている重要拠点である。高い使用料を徴取するため人口は少ないが押し並べて住む者は裕福である。貧富の差が激しく、治安もかなり悪い。一方プライスは巨大な鉱山と遺跡を持つ北東に位置する都市で元々は遺跡を管理する研究施設だったが独自の発展を遂げた。軍部と呼ばれる組織が街を力で支配している。街の周りは労働施設からの逃亡を防ぐため高い壁が築かれているが自然の要塞であるため実際に逃亡することは不可能だろう。壁は逃げる気を起こさせないためという意味合いの方が強い。壁の外にはバラックが立ち並び小さなコミュニティが作られクレーと呼ばれるカルテルが牛耳っている。
プライスは最大級の遺跡だが、なぜこのような辺境の地が重要なのには理由がある。
一つはまだ多くの未知なるアーティファクトが眠っているということ。アーティファクトは一つあるだけで勢力図を塗り替える程の力を持っている。より多く所持すれば国を転覆させる力を得る可能性もある。王国も看過することはできず、多くのアーティファクトをプライスから購入している。世間ではプライスは王国の所有物であるように思われているが正確には異なる。
二つ目はこの地には冷たい炎と呼ばれるアーティファクトが存在し、その炎を用いた採掘業や製鉄が重要な産業となっている。冷たい炎は決して消えることはなく、炎は全ての根幹をなし熱風炉は何も入れなくても常に高温で燃え続け様々な用途で用いられる。
冷たい炎は元々遺跡でストラルガジー兄弟により発見された。プライスは王国とはつながりがなく、遺跡から出るアーティファクトを管理研究及び遺跡内への不法侵入を防ぐために研究者によって作られた都市である。ストラルガジー兄弟は発見した冷たい炎を彼らに売却した。辺鄙な場所なため研究者たちは冷たい炎を移設しようと試みたが、炎を分配し、その都度移設後に炎が消えてしまうため移設することができなかった。どうやらプライスの遺跡から離れると炎は消えてしまうらしい。彼らは諦めてプライスの地に熱風炉を建造した。労働者の収容所も作られ王国の協力もあり、罪人を使い強制労働を行なうようになった。『プライス送り』と呼ばれ中でも重罪を犯した者が多い。死ぬまで重労働が課せられ、罪人の逃亡を防ぐため高い壁が建造され警備が厳重となった。軍部はこうして形作られていった。
遺跡はどの時代からあるのかは不明で巨大な水道橋と塔からできており、塔は地中深くまで埋まっている状態である。塔上部のドーム部分から侵入することができるのだが、ドーム部分の球状のガラスは現代の技術では作ることができないロストテクノロジーである。塔内部には盗掘者によってガラスを破壊しこじ開けられた箇所からしか侵入できない。中は希少なアーティファクトが数多く眠っており、統制される以前は中へ無断で侵入しアーティファクトを持ち帰り売却する者が後を絶たず、そのような命知らずの盗掘者が集まるコミュニティがプライスの南に形成された。彼らはやがてクレーカルテルと呼ばれるようになり、カルテルは移民の世話、逃亡の斡旋や身分証の偽造、人身売買や物資の調達、麻薬であるウエルカムランチの違法製造や非合法なアーティファクトの売買などを行っている。軍部にも賄賂を渡し、軍部は色々と便宜を図っている。軍部への物資の調達なども行なっている。カルテルは暗黒街を支配しプライスの軍部に匹敵する大規模な武装勢力を誇る。軍部とは表向きには対立姿勢を取っているがカルテルも軍部がなければ商売が成立しないので緊張状態を保ちながら安定しているともいえる。NSVにより資金が提供されており、カルテルにより遺跡から持ち帰ったアーティファクトはそのままNSVに売却することが多い。
ストラルガジー兄弟も元クレーカルテルのメンバーだった。冷たい炎を売却した資金でクレーから離脱しストラルガジー回収業者を起業した。彼らは組織内でも最も危険度が高い遺跡に潜入しアーティファクトを持ち出す任務を担当していた。クレー側は冷たい炎はカルテルの所有物だと主張し、兄弟が標的となり抗争が勃発したが兄弟は遺跡の塔の中に逃げ込み二人を抹殺するために送り込まれてくる暗殺者をかわしていた。しかし瘴気の影響からか体がひどく蝕まれ残された時間は短い。塔の中を彼らは知り尽くしており、高層階で発見される価値の低いガラクタだけでなく「浄化する石」など希少なアーティファクトを発見し高額で売却し生計を立てていた。暗殺者からの解放と自由を条件にクレーの幹部であり友人でもあるレス・ペドロフの依頼を受けることになる。その依頼は「絶望しても心臓は鼓動を続ける」というアーティファクトの回収であり、その存在が噂されていた不老不死を叶えてくれるというものであった。二人は依頼を受け深層へ向かいそれ以降この兄弟を見たものはいない。
現在塔は軍部により二十四時間体制で監視されており、許可なく中へ入ることは不可能である。塔内部は季節に関係なく熱帯雨林のように暑くひどい湿気で瘴気により育つ特殊な植物がそこかしこにはびこり花からは有毒なガスを放出し続けているため数分で肺が焼きつき吐血して死んでしまう。そのため下層まで到達した者はいないといわれている。上層はあらかた荒らされており、石一つに到るまで持ち出されている。下層へ行くと時の流れが違っていたり死体が何年も腐らずそのままの状態であったりと不思議な空間であるらしいが到達者がいないため憶測の類でしかない。塔は厳重に管理されており侵入する際は事前に許可申請を行い審査を受け許可証を発行してもらう必要がある。人数や滞在時間、特殊スーツの着用義務、帰還後の隔離検査、など規定が細かく決まっており、命の保証はなくいかなる事故も保障されず自己責任となる。また遺跡内で見つけたアーティファクトはすべて提出し無断で砂一粒持ち出すことは許されない。




