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神の頬に触れるような気持ち  年代記第六章  作者: ヌメリウス ネギディウス


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六章 排泄するだけの猿じゃないといえるかい 22

 タパの父親は秘密基地の中をみて感心した様子だった。だが特には何も言わず、ドゥラをベッドにおろし寝かせるとタパに看病するように伝える。布団は細い藁と穂屑を布の袋に入れて作った手製のもので不器用な裁縫の跡がドゥラには見て取れた。タパが一人で作ったものだろう、日向のいい匂いがした。

 タパの父親は傍らの椅子に座り、タパはランプに火をつけた後そのまま端に立っていた。

「腹が減ったらこれでも食っておけ」 

 タパの父親はそう言うと荷物からパンとチーズ一かけ、リンゴを二つとりだすと、傍のテーブルに置いた。

 三人で過ごすにはさすがに狭く無理だと判断したのか外へ出ようとする。その後を追ってタパは父親について外へ出る。ドゥラは寒い中で野宿をしないで済んだ安堵からか、もしくは柔らかい布団のおかげかすぐに眠りに落ちた。

 外は肌寒いほどで、空は曇ってはいたが明るい星がある程度は見え手元をぼんやりと照らしていた。

「早く看病に戻ってドゥラムリアについてやれ」

 後ろから出てきたタパに対して父親は言った。

「すぐに戻るよ。これだけは言っておこうと思って…俺がさ、森へ行こうと誘ったんだ。ドゥラは悪くない。俺のせいだから村に戻ったらドゥラの父親にそう言ってもらいたいんだ」

 父親は分厚くなめし革のような厳つい表情を少し弛め、

「あの子も同じことを言っていたよ。自分のせいだと。いい友人を持ったな、タパ」

 と言った。タパはまだ何か言い渋るように立っている。

「父さん…」

「なんだ?」

「ありがとう、助かったよ」

 タパはそう言うと基地の中に戻った。タパの父親はポケットからタバコを取り出すと暗闇の中で一本巻いた。マッチで火をつけそれを吸っていると暗闇に紫煙が見える。煙の中に遠い過去の記憶がはっきりと浮かび上がるのを感じた。寒さで外套の襟をかき合わせた。暖をとるためにもう一本タバコを吸うか、とポケットをまさぐった。

 ドゥラはひどい頭痛で目が覚めた。頭がぼんやりとして熱っぽく、左目の奥が脈打ち痛い。一体ここはどこだと暗闇の中、体を起こそうとする。けれど体は鉛のように重く、起き上がれることはできない。そうだ、ここは秘密基地の中か、そう思い出した途端、足と手の痛みがぶり返した。特に足は熱を持っている。体が強張って全身が痛い。仰向けのまま唸り声をあげた。そっと冷たいタオルが額に置かれると肩の力が抜けて深い息をついた。後で聞くと火傷するんじゃないかってぐらい熱かったよ、とタパは言っていた。再び眠りに落ちたが、傷は手も足もかなり痛む。気分は重く、夢の中を彷徨っているようで、実際にひどい夢を立て続けに何本も見た。夜中に何度も目を覚ましたが、タパが絶えず隣にいてくれたのでなんとか落ち着くことができた。


「ああ、神様。我が息子をお守りくださり感謝致します」

 父親は村に帰ってきた三人を出迎えるなり膝をつき神に祈りを捧げた。

 結局ドゥラの足と手は一夜明けてもなんら変わらず、朝起きても歩くことはできなかったのでタパの父親におぶさって村まで戻ってきた。なだらかで歩きやすい場所を選んできたので日はすでに高く、もうすぐ正午になろうとしていた。

 神の加護があったからだ、と父親は言うがそれは違う、無事に帰ってこられたのはタパとタパの父親のおかげだ。しかし、ドゥラは何も言えずに下を向いていた。

 三人は北門を開けてもらい中へ入った。村のみんなは総出で集まっていたが、オースティン卿が後のことは私が責任を持つと言い、タパの両親とドゥラの両親を残して解散となった。皆心配そうで、ことの顛末を知りたそうだったが、オースティン卿には逆らえずしぶしぶ家路についた。

 人がはけると、タパの父親が地面に跪きオースティン卿とドゥラの両親の前で謝まっている。ドゥラは親父さんは何も悪くないのに、と思ったが言い出す勇気がでず、悔しくて歯軋りをした。オースティン卿は「後のことはのちのち話し合いましょう、何はともあれ無事でよかった」と言うとその場を離れて行った。

「森へ行くことが何を意味しているかわかっていますよね。たとえ子どもの出来心でもそれ相応の(ペナルティ)は受けてもらわないと…」

 墓場の地所(じしょ)は没収にせざるを得ないでしょうね、と父親が言ったので、ドゥラは顔を上げて父親を睨みつけた。タパの父親は何度も頭を下げて、タパは引っ張られて帰って行った。別れ際、タパも神妙な顔をして黙っていたが、こちらに聞こえるぐらいの小さな声でまたな、と言った。ドゥラはその様子を片足で立ちながら帰りに拾った木の枝を杖代わりに立ち尽くしていた。本来なら明日も森へ行くつもりだったがこの怪我では当分は出歩くことはできないだろう。そんなことを考えている間も今度は自分に対しての父親の説教は続いていた。

「ドゥラ、何故森へなど行った、お前は馬鹿ではないとは思っていたがな」

 父親はタパ達が帰る背中に向かって吐き捨てるように言った。おそらく聞こえるように。

「墓場の息子か…、金輪際関わるな。わかったな」

 ドゥラはうつむき黙して何も語らない。

「馬鹿は感染する、熱病のようなものだ」

「父さん、あいつは…」

「口答えするな、どうせあいつにそそのかされて森へなど行ったのだろう。そうでなければ壁の外へ出る目的などあろうはずがないものな」

 いつもそうだ、黙っていると黙るなと激昂され口をひらけば言い訳するな、とくる。大人は自分に対して何も考えずに従順であればいいと思っているのだ。ドゥラは大きく息を吸い込んだ。

「タパは、あいつは馬鹿じゃない。あいつがいなければ僕は死んでいたし村へ戻って来ることもできなかった。あいつは命の恩人だよ。タパにもタパのお父さんにも助けてもらったのにお礼の言葉もないなんて…、もし、タパの住む墓場の土地を取り上げたりするのなら僕はこの家を出て行く」

 ドゥラはまっすぐと父親の目を見て言った。それは初めての反抗であり、父親に対しての意思表示であった。

 父親は一瞬面食らったようだが、すぐに頭に血が上り顔を見るとまるで鬼の形相だった。毛を逆立て目は血走り、顔は真っ赤だ。ドゥラは鳥肌が立ち、手足が痺れたように動かなくなる。この時ばかりは怪我の痛みさえ感じなかった。今すぐにでも殴られる、と覚悟したのだが手と足を怪我して満身創痍な姿を見てさすがに手を出すことは躊躇したようだ。しかし、父親に変わって傍にいた母親が頬を平手で叩いた。

「どれだけ心配したか、わかってるの!」

 母親が怒るのは初めてだった。それだけに衝撃だったし、ドゥラは心のどこかで血が繋がっていない母親は他人で自分のことなんて何の関心もないのだと思っていたのだが違ったようだ。母親は泣いていた。森へ行ったことについて後悔はしていないが母親に迷惑をかけたことだけはやや反省した。父があわてたように母親をなだめているのがなんだかおかしかった。世界はグワングワンと音が反響し回っている。ドゥラは膝をついて倒れた。

 その後すぐにドゥラは救護院に運ばれた。骨は綺麗に折れていて即座に手術になった。ギプスで固定して骨がつながるのを待つのかと思ったが、それは軽い骨折の場合のみでかなり重い骨折だったらしく、骨を元の形や長さに戻すために特殊な器具で整復した後に金属のプレートとネジを使って骨を固定するそうだ。聞いただけでなんだか頭の中がムズムズするが、手術自体は簡単ですぐに終わった。手の傷は思ったより早く完治した。人間の身体というものは不思議なもので放っておいても自然に治るらしい。肉が盛り上がり引き攣ったような痕が手のひらに残ったけれど医者によるとこれもしばらくしたら消えてなくなってしまうようだ。骨折の方は最低でも二か月はかかるらしく、おとなしくしておく他なかった。その間、話し相手にタパが来てくれれば助かったのだが、村に戻ってから一度も姿を見せなかった。と、いうより入院中、誰一人面会人は来なかった。壁の外へ出た件は前代未聞の大事件だったが、父親の根回しにより、不問とはいかないようだが、処遇審議中ということだった。きっとそのまま有耶無耶になるに違いない。後で知ったがタパはこの間自宅謹慎だったそうだ。驚いたことにタパは特に父親からは怒られなかったそうだ。構えていたのに拍子抜けだし、逆に何も言われないから怖いよ、とタパは言っていた。

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