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神の頬に触れるような気持ち  年代記第六章  作者: ヌメリウス ネギディウス


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六章 排泄するだけの猿じゃないといえるかい 19

ちょうど書き始めて一周年です。意外と続いてます。読んでいただける方がいるので励みになりますね。直截的な文章はあまり好きではないけれど今回はいいかなと思いまして。今後も楽しんでいただけると嬉しいです。

 隠れ家の中は快適で、ドゥラは時を忘れて過ごした。隙間から差し込む光は柔らかくランプがちろちろと燃え仄明るい。木の中は思っているより涼しく快適だ。タパは真夏や真冬はここでは過ごせないと言ったが、初夏の今の時期は最も過ごしやすい時期なのだろう。

 ドゥラはスケッチブックを開き忘れないうちにラフに描いていた下書きを仕上げていく。

「なぁ俺の書いた設計図をさ、描き直してくれないか?」

 それは正面に貼ってあった。なるほどタパが言っていたように地下室を作りそこから出入りできるようにするなど、タパの癖のある字で書き込まれていた。仮想敵に対しての要塞なのだろうか、見張り塔や網で捕まえる罠なども描かれていた。しかしまだ計画は最初の部分であるメインの部屋だけが完成しただけのようだ。

「お安い御用だよ」

 ドゥラが言った。

「ドゥラは本当に絵が上手だな、知らなかったよ。学校でも特にそんな印象はなかったしね」

 タパがスケッチブックを覗き込みながら言った。

「あぁ、目立ちたくないしさ。騒がれるのはあまり好きじゃないから。でもタパは大げさだよ、絵が上手い奴はごまんといるしそもそも我流だから上手くはないさ。好きなだけでね。でも理想と現実は違うから上には上がいて、自分の下手さがわかって嫌になるよ」

 ドゥラは言った。

「それでも続けるっていう意思がすごいんじゃないか。自信を持つべきだと思うよ」

 タパはそう言うと瓶に入った何かの木ノ実をつまんで口に入れた。酸っぱかったのか口をすぼめた。

「俺のはただ、しつこい性格なだけさ。けど、どんなに好きなことでもなんだか嫌になることはあるだろ? 唯一なんだよ、この植物図鑑がさ、今まで辞めないで続けてこれたのは。だから俺にとってのたったひとつの希望なのかもしれない。だからこそ他の人に図鑑を見せるのが正直とても怖かったんだよ。馬鹿にされたらどうしようってさ」

 タパはどこか憤慨する表情を見せた。

「スケッチブックをみて馬鹿にしたやつがいたのか?」

「まさか、おまえ以外に誰にもみせてやしないよ」

 ドゥラはかぶり振った。

「まぁお前の言いたいことはわかる。自分と違う者、自分が敵わないと思う人間は相手を認めたくないから自分だってそれぐらいできるさ、こんなもん大したことがないと言って鼻で笑うだろ? くだらないプライドさ。それはただの嫉妬だ。素晴らしい事を認めないでハスに構えて馬鹿にして文句ばかり言うんだ。じゃあお前がやってみろよと俺は言いたいね。だがそんなやつが一定数いるのも確かなんだ。だからもし言われたら俺がぶちのめしてやる」

 ドゥラは思わず笑い出してしまう。まるで自分の事のようにタパは何故か本気で怒っている。一体誰に対して腹を立てているのだろう、と考えると笑えてきて笑いが止まらなくなる。釣られてタパも笑いだす。

「わかった、わかった、その時は頼むよ」

 ドゥラは笑いすぎてお腹が痛くなりながらそう言った。

「けどさタパ、これも真実だと思うのだけれど、どんなに素晴らしくてもその他人に評価されなければこの図鑑だって存在しないのと同じ事じゃないかな。おまえがどんなにすごくても村のみんなはなにもわかっちゃいないのと同じようにね」

 タパはそれを聞き少し考え込む。

「けどさ、素晴らしい物や人って結局のところいつまでも隠れているはずはないと思うんだよ。いつかは陽の光を浴びて世の中に出るんじゃないのかな。うまくは言えないんだけど…」

「言いたいことはわかるよ。俺のこの図鑑もいつか陽の目をみるといいな」

「それは俺が保証するよ。まぁ俺が保証しても何の意味もないけどさ」

 二人は再び笑いあった。


 タパは先ほど採ったケッパーの果実を取り出すとドゥラに渡した。周りの皮が爆ぜ中身があらわになっている。中はよく熟れていて甘い匂いが秘密基地の中を満たす。腹が減っていたこともあってか二人とも無言で貪り食った。レモンとオリーブを混ぜたような爽やかな味でユリ根や豆のようないわゆるアーティチョークの風味も感じられる。甘い花の香りが口と鼻いっぱいに広がった。だがそんな感想を考える暇もないほど一瞬で食べてしまった。

「世の中には自分の知らない物や知らない事がごまんとあるんだな、こんなうまい果物は初めてだよ」

 ドゥラは素直に感想を言った。

「俺はさ、いつかまだ誰も行ったことのない土地へ行って新種の動植物やクリーチャーを見つけて絵を描く絵師になりたいんだ」

 ドゥラは胸の中に秘める夢を初めて語った。───土地の差配師を継ぐ? 冗談じゃない───タパになら言っても構わないと思った。生まれた時から一緒にいるかのような親密さがあったし、それはタパも感じているに違いないとドゥラは思った。

「ドゥラならきっとなれるさ、じゃあ俺はそんなドゥラを守る護衛をするよ」

 タパはそう言って笑った。

「お前は何になりたいんだ? まさか墓守を継ぐなんて言やしないだろ? 俺はお前こそ世に出るべきだと思う。壁の中はあまりにも狭すぎて息がつまるだろ」

「墓守は墓守で立派な仕事だとは思うけどね。でも俺は…小さい頃から王立騎士団に入りたいと思ってる。王都のアカデミーに入るのは難しいかもしれないけど俺は行くつもりだ。建設王に少しでも近づきたいんだ。おまえもさ一緒に行かないか? お前と二人ならなんでもできると思うんだ。絵師になるにしてもそれが近道だろ。小難しいことは俺にはわからないけどさ、心でそう感じるんだ。理由はないんだけどね」

 お互いに夢を語り合うなんて、気恥ずかしい。けれどこの時、ドゥラはタパと同じように一緒なら何にでもなれる気がした。ドゥラは自分の感性に疑いは微塵も持ってはいない。ひねくれていて自尊心だけは高く面倒な性格だがそれは自分ではどうしようもないだろう。それに対してタパは好奇心旺盛で素直だった。面白いものを嗅ぎ分ける能力に長けている。ドゥラとは正反対だがお互いにないものを持っているのでだからこそ気が合うのかもしれない。タパはなぜ学校でその能力が発揮されないのか? 学校という場がタパにはあまりにも窮屈なのだ。村は閉鎖的なわりには教育に力を入れていて勉強のできないタパは人気はあるのだけれどどこか一段低く見られているのはそのせいだろう。森でタパが輝いて見えるのは彼の能力が最大限発揮されているからだとドゥラは思う。

 タパは建設王とスダリアスにやけにこだわる。まだ学校に入ったばかり初等の頃、皆で自分が一番好きなものというテーマでクラスで話した時の事だ。タパはスダリアスを見たことがあるし、建設王と喋ったと言う。クラスの全員に嘘つきだと糾弾され、あろうことか教師まで一緒になりタパを責めた。タパは訂正するように求められたが黙り込み、そんな様子をクラスのみんなは笑った。ドゥラはその時タパの拳が震えていたのをよく覚えている。その会がどういう結末になったのかは覚えていないし、それからタパはその話は一切しなくなったけれど、今はタパがそんな人から注目を浴びたいがために嘘をつくとは思えなかった。村のみんなが何も考えずに英雄に憧れ王立騎士団に入りたいというのとは少し違う気がする。もっと切実な何かがあって、根拠もなく漠然とだがタパとこの二日過ごしただけでそんな浅薄な人間ではないと思う。一度、タパが大喧嘩をして大騒動になったことがあったがそれも建設王がらみだったと記憶している。手加減なしで執拗に痛めつけ、そして逆に袋叩きにあった。それをみて後先考えず、気が短く単純で喧嘩早いだけかと思ったが本当はもっと思慮深く、真の通った男だと今ではドゥラにはわかる。きっと建設王に何か思い入れがあるのだろう。慰霊碑の掃除も親の言いつけだと言っていたがもしかしたら自主的にやっているのかもしれないな、と思った。

「建設王はタパにとっては憧れとかそんなもんじゃないんだろ?」

 ドゥラは思い切って聞いてみた。

「そうだな、そんな簡単な言葉で表せるようなもんじゃないのかもね。自分でもよくわからないんだ。俺はライフェン事変の時、実際に建設王に会ったんだ。俺にとって建設王は神と同義だ。これは矛盾しているんだけれど、無茶苦茶会いたいと思う反面、恐れ多くて今もし会ったとしてもとても話なんてできやしないだろうなとも思う。もし馬鹿にされたら我慢できないんだよ。理屈じゃないんだ」

「それがあの喧嘩か?」

 それは学校を卒業した連中がやって来た時の事だ。学校では威張っていた彼らも卒業し外へ出れば最も下っ端で使い走りのような立場なのだろう、学校へやって来て下級生を顎で使いストレスを発散させるように皆に偉そうに命令していた。タパは初めは従っていたが、何か言われ反抗した事で大喧嘩に発展したのだ。ちなみにドゥラは手を出されずただ傍観していただけだったのだが。そいつらも人を見てやっていたのだからタチが悪い。

「ああ、あいつらは建設王を蔑み侮辱したんだ。許せなかったよ。俺のことはどれだけ馬鹿にされても構いやしない。実際馬鹿だしさ。あいつらはスダリアスは大したことのないクリーチャーだの、俺だって倒せるとかさ粋がっていたんだ。それは別にどうでもいいんだけどあろうことか建設王はアーティファクトに頼っているだけで大いなる死への代償(アーティファクト)がなければ何もできないだって。俺は本当に腹が立ってさ。あいつらはあのアーティファクトがいかに危険で想像もできないような決死の覚悟がなければ使いこなすことができないことを何もわかっちゃいないんだ。俺なら触れることさえできないだろう。偉大な建設王を侮辱されて俺はそう意識がなくなるほど切れてしまってね。後のことはほとんど覚えていないんだよ」

「ノブリス・オブリージュだな」

 ドゥラは言った。

「なんだそれ、呪文か?」

 タパが聞いた。

「大きな力には大いなる責任が伴う、とでもいうのかな、高貴なる者の義務ともいわれていて英雄と呼ばれる人たちはその恵まれた地位を使って弱い立場にある者を助けなければならないという道徳的な義務があるってことらしい」

 ドゥラは言った側から恥ずかしくなった。また偉そうに知ったふうのことを言ってしまった。だがタパは静かに何かを考えている。

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