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二章 高い塔 3

 歩行訓練も順調で松葉杖が必要だったが歩けるまでに回復していた。医師からも外出の許可ももらい外へ出る。忘れずに仮面をつける。病気は内面より外見への影響が大きかった。皮膚が火傷のように(ただ)れひきつっていたしポロポロと剥がれ落ちる。渡された仮面は顔を隠すためだったが陽の光を浴びると肌が乾燥しひどい有様になってしまうのでそれを抑える意味もあるらしい。けれど正直なところ気休め程度だろう。松葉杖をつくビジャンの傍らにはヴィオがかいがいしく付き添っている。もう傍らにいることが当たり前のような空気感があった。

 歩行訓練は主に救済院の敷地内で行なっていたため敷地内から外へ出たのは初めてだった。救済院は村の中央広場の東側、東門の近くに位置しており、近くには大聖堂がそびえ立っている。二階の病室からもその白く立派な建物は見えていたので実物はどのようなものか気になっていたのだ。目的地はそこではなかったのだが全てが目新しく、美しい建物を見るのは心躍った。大聖堂を左手に居住区を抜けると村の中央広場に出た。二人はゆっくりと歩いて行く。久しぶりの外は開放感があり気持ちが良かった。

 村の中央広場には活気があり賑わっていた。役所や時計塔もあり、村の中心地なのだろう。沢山の屋台や露店がならんでいる。魚の干物や採れたばかりの野菜、珍しい果物や遠方から来た行商キャラバンが古道具を売り、屋台からは良い匂いがする。香辛料のスパイシーな匂い、肉料理だろうかクルクル回る肉の塊をナイフで削いでパンに挟んでいる。

 村人はこちらが通ると口を閉ざし大多数の人が眉をひそめ目を逸らした。中には珍しそうに凝視する者もいるがおそらく異国の人だろう。

 人外、おまえのような壁の外の人間は村に厄災を持ち込む。瘴気病持ちが村をうろつくな、早く出て行け厄介者。はっきりとそう言われたわけではないが、村人の顔はそう物語っていた。それも仕方ないな、とビジャンは感じていた。病気のせいかわからないが感覚が鋭くなっており、人の感情や強い意志、人に対する憎悪などを強く感じるようだ。そのかわり皮膚感覚が鈍くなってしまい、どこか麻痺した感覚が全身を包み込んでいるようだった。その分、心に刺さる痛みが増した。人間というものはそんなところまでバランスを取るのだろうか。前まではぼんやりとしたものが今ははっきりと感じる。まるで鋭い棘のように。

 後で知ったことだがどうも救済院はヴィオの父親の別宅を提供して作られたもで、管理は大聖堂が行なっているらしい。風評被害を防ごうとして隔離していたのだろうが、村人からすれば瘴気病が他の人に感染するから───実際にはおそらく感染はしないのだが───救済院でビジャンは隔離されていると村の人は思っているのだろう。まるでスダリアスのようだとビジャンは思った。クリーチャーに襲われないように壁の中に閉じこもっている村人が、今度は厄介な種を救済院に閉じ込めようとしているわけだ。なんとも滑稽な話だ。

「ヴィオ、申し訳ないけど裏道を通っていいかな」

 ヴィオも周りの空気を察したのか黙ってうなずいた。中央広場から北門へ続く門を抜け商業地区へ入る。ここは昔からある地区で大きな通りはあるが一本裏道に入ると路地は複雑に入り組んでいる。学校や病院、教会などもこの地区にあるそうだ。村の北西の壁際にひっっそりと墓場はあった。 

 両親に対する想いは病院で目が覚めてからずっとくすぶり続けている。もう会えないのだという実感はなく、何かタチの悪い冗談なんじゃないかと思っている。ヴィオと過ごす日々は楽しいけれど、わざと忘れているフリをしてその想いを隠しごまかしている気がしていた。あまり気が進まないが行く必要があるだろう。


 墓は村のはずれ、壁のすぐ近くにあり昼でも暗く鬱蒼とした木が生い茂る中にあった。村人も滅多なことでは近づかない地区であり、敷地はかなり広かったが荒廃はしておらずきちんと管理はされているようだ。

 共同墓地であり村の者が亡くなると皆ここに埋葬されるらしい。墓の入り口には小屋があり、墓守りとその息子が出迎えてくれる。出迎えといっても愛想はあまりよくなくよそ者をみる胡乱な表情で何も言葉を発しようとはしない。どうも歓迎はされていないらしい。墓守りの後ろに隠れている息子はこちらを興味津々で見ている。村人の寄せる不躾な視線とは違ってなんとなくだが親愛の情を感じる。何か話したがっているようだが父親が睨みつけると肩をすくめ俯いてしまった。父親の方は何も言わないがおそらく入っても良いのだろう、ビジャンは墓への門を開ける。門はけたたましい音をあげ、鴉が何事かと飛び立った。雰囲気抜群だな、とビジャンは思った。

 墓の一角にある小高い丘には等間隔で墓標が並んでおり、中央に慰霊碑が建っている。遺体は現場で火葬され埋められ残っていた遺品も全て燃やされてしまっていたので墓といっても何も埋まってはいない。道中で手折った花を慰霊碑の前に供えた。ヴィオに聞いたのだが───幾分言いにくそうに教えてくれた───スダリアスに殺された者は痕跡が残らないようにその場で火葬することがしきたりだそうだ。遺体に残る瘴気が再びスダリアスを引き寄せるからというのが理由らしいが、それが本当かどうかは疑わしい。遺品などが燃やされたのもそのせいだろう。おそらくなんとなく縁起が悪いので無理矢理理由をつけているのだと思う。そういうしきたりは小さな村では根強く残っている。ビジャンの集落にもいくつも首を傾げたくなるようなしきたりはあった。人々が信じればそれは真実になる。そういうものなのだろう。

 慰霊碑には碑文として死者の名前が刻まれている。ビジャンは父親と母親の名を見つけ、そっと手を置いた。何故あの日、両親と共に行かなかったんだろう? 何度も何度も後悔し、それは生きている限り続くのだろう。今日ここへくるまでは再び壁の外の集落へ行けば父と母はビジャンの帰りを待っている気がしていた。けれど刻まれた名前を見ると現実を突きつけられ、ひどい虚無感に襲われた。もう両親はこの世にいない。墓場は死者に生者がわかれを実感させるために存在し、生者のためにあるのかもしれない。涙が流れて頬を伝う。彼女は何も言わず隣に来ると慰霊碑に触れていた手に手をかさねる。我慢していたのだが、彼女の肩に頭を押し付け泣いた。声を上げて泣いた。


 空は何事もなかったように晴れ渡っている。トンビがのんびりと輪を描きながら飛んでいる。どこまでも平和だ。二人は帰ろうと小高い丘を降りていた。どこからか風切り音がしたと思ったら石礫(つぶて)が飛んできてつけていた仮面に当たり粉々に砕け散った。続けて無数の石が飛んできてそのいくつかは顔や手足に当たった。ヴィオは背後にいたので幸い当たらずそれだけは良かった。ビジャンの額から血が流れ足元に落ち靴が赤く染まる。血は驚くほど鮮やかで、ポタポタと止まらず草や土を汚した。別に痛くはなかったが腹立たしかったので屈むようなことはせずじっと飛んでくる方を睨みつけた。頭を抱えてうずくまれば相手は喜び石礫の勢いは増しひっきりなしに投げてくるだろう。わずかばかりのプライドはあるし、何よりヴィオの盾となる必要があった。本当は血を見て少し怖かったのだけれど。元々ビジャンは臆病で人と争うのは好きではなかった。しかし次の瞬間ヴィオがビジャンの前に立った。

「卑怯者!出てきなさい!」

 彼女はそう叫んだ。ひるんだのか石礫はやんだ。墓の入り口の方からヴィオの護衛が今頃急いでやってくるのが視界に入る。護衛とは別に墓守りの息子が箒を振り回しながら奇声を発し茂みに駆けていくのが見えた。茂みがガサガサと揺れ数名の子どもが飛び出してくると何も言わずに反対側に走り柵を乗り越え逃げていってしまった。墓守りの息子は後を追ったが追いつけず取り逃してしまう。息を吐きながら二人に近づいてくる。

「大丈夫か、怪我してるじゃないか」

 墓守りの息子は二人を入り口の小屋へ案内する。幸いヴィオは怪我はしていないようだ。小屋の中は誰もいない。

「染みるが我慢してくれ」

 護衛が入ってきてなにやら言っていたがヴィオが大丈夫だからと説明している。護衛も来るのが遅れる失態だったので強くは言えないのだろう。手当がすんだらビジャンは立ち上がり礼を言う。ちょうど夕方の鐘が鳴っていた。なんだかひどく疲れた一日だったな、とビジャンは思った。

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