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神の頬に触れるような気持ち  年代記第六章  作者: ヌメリウス ネギディウス


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六章 排泄するだけの猿じゃないといえるかい 15

  ︎ マンハント


✳︎ ジョー・ドゥラムリアの追憶 上


 まだ夜が明けていないため、部屋は薄暗い。ドゥラは家人を起こさないように注意しながらベッドから起き上がった。素足で床に足をつく。すこし冷たい。音を立てないようにズボンと靴下に足を通し、慎重に準備を整える。家の中は静まり返っている。朝を知らせる名前も知らない鳥の鳴き声が(かまびす)しい。時計を見ると待ち合わせの時間まではまだかなりの時間がある。少し迷ったがテーブルの上に暗くなるまでには戻ると短い書き置きを残した。キッチンで固いパンを牛乳で流し込んだ後、水筒に水を詰め足音を立てないように注意しながら家を出る。家の軒先、階段の下にあらかじめ用意しておいた荷物を引っ張り出した。鞄は夜露で濡れてしっとりとしている。夜明けまでにはまだ時間はあるだろう。振り返り家の様子を伺ったが、なんの動きもなかった。学校へ行くには早すぎるこの時間は普段まだ寝ているのでかなり新鮮な気持ちになる。夏の朝の空気は冷たく、息を吸い込むと頭が冴え渡る。ドゥラは村のはずれの墓地まで市場などがある中央の大通りは通らずに遠回りにはなるが壁伝いで歩いていく。頭上を見ると広い空がどこまでも続いている。久しぶりに空を見上げた気がする。どう見ても早朝から一人で散歩をしているのは不自然なので───しかも大きな荷物まで持っている───伏し目がちに歩く。かなり怪しく誰かに会えば見咎められるだろうが、目的地に着くまでは誰ともすれ違うことはなかった。まだ相当時間があるのだが墓地の入り口に着くとタパはすでに待っていた。タパは隠れるように門扉の傍らに立っており、足元には荷物が置かれている。

 タパに案内されて墓地の中を進んで行く。朝の墓地は少々薄気味悪い。母屋のある方向とは反対に進み、墓地の端の雑木林に分け入る。ここは手入れされていないのか雑草が生い茂っており歩きにくい。木々が鬱蒼としており夜のように暗い。しかしタパはおかまいなしに迷いなく進んで行く。普段からこの墓地で家の手伝いをしているので、ここは自分の家の庭のようなものなのだろう。木や草が頭上を覆い次第に身をかがめなければ進めなくなっていく。雑木林は壁際まで続いていて、タパはカモフラージュのために覆っていた草木を退けるとちょうど子供が一人通れるぐらいの大きさの穴が地下に掘られている。ここから壁の外へ出られるようだ。

「これ、もしかしておまえが掘ったのか?」

 タパは慌てて首を振る。

「まさか、イノシシが掘った穴だよ。ここはクヌギや樫が多いからね。本当は壁ってさ地面の下まで伸びているはずなんだけどここはそうじゃないみたいなんだ。昔は見張り塔だかなんだかが建っていてそれを壊して壁を作ったからじゃないかなって俺は推測してるんだけど、ほんとのところはどうかはわからないけどね。まぁおかげで外へ出られるわけだけれど」

 タパは饒舌だった。

「まだ一度も見つかったことはないんだけどさ、昨日も言ったけど壁から外へ出るのはもしみつかったものすごく怒られるだろうから黙っていて欲しいんだけど…」

 ドゥラは黙って頷いた。タパはニコリと笑った。

「これで共犯だ」

 

 森の木々は朝露に濡れていて、土と緑の匂いが鼻梁をくすぐった。早朝の森でしか嗅ぐことができない匂い。ドゥラは大げさだが生きている実感を得た気がした。朝の森はしんと静まり返っているとばかりドゥラは思っていたが、虫や鳥の声、風が葉を揺らす音など実際はかなり賑やかだった。タパの所作は驚くほど静かで無駄がなく穏やかだった。ドゥラが気がつかないものに気づくのも納得できる。対してドゥラは数キロ先の鳥さえ逃げ出すように騒がしく歩き、様々な痕跡を残した。自分でわかるのでひどく恥ずかしい。

「普段はどこまで行くんだ?」

 タパに聞いた。タパは振り返る。

「それほど奥へは行ってないよ。奥へ行くのはかなり危ないからね。あの高い塔が見える範囲内かな。すぐに村に帰れる距離だよ。こっちに来てよ、いい場所があるんだ」

 タパは先頭に立ちドゥラを引っ張って行く。ドゥラはすぐに息が上がって来る。村は壁に囲まれているために自由に遊べる場所は限られる。森は木々に阻まれ鬱蒼としていたがそれでも高い壁がない世界に放り出され不安感もあったがそれ以上に開放感が優っていた。


 元々ドゥラはライフェンの村で生まれたわけではなかった。それゆえ何年経っても他所者であり、どこか疎外感がある。これは仕方がないことであり、一生消えないと思う。ドゥラの父親はライフェンの土地の差配師をしているのでその職業のせいも大きいだろう。ドゥラがまだ小さいころに家族は王都から派遣されてきた。その頃、ライフェン事変と呼ばれる戦役があり、スダリアスと呼ばれるクリーチャーを村の中に追い込み討伐するという大規模な作戦が実行された。その作戦は首尾よく行ったのだけれど、スダリアスによって村の中はかなりの損害を受け、また村の南側が汚染されたことにより新たに再建しなくてはならず、そのためにドゥラの父親が派遣されたのだった。その後ドゥラの父親により村の土地は全て管理されることとなったのだが、もちろん古くから住む村人は土地を取り上げられ憤りの声を上げた。村の一番の権力者であるオースティン卿が元々は王都から来た王都側の人間であったことと、再建費用などを全て王都側が持ったので、村人たちは誰も何も言えなかった。もともと産業らしい産業を持たない小さな村だったので誰も抵抗できなかった部分もある。その後村人と王都から来た人間との間には具体的な諍いがあるわけではないのだが遺恨が火種のようにくすぶり続けていた。


 それゆえドゥラの家は村の中では裕福な方だろう。高い塔に住む村の権力者であるオースティン卿とは比べるべくもないのだけれど、ドゥラの父親はオースティン卿に次ぐ権力を持っている。学校でドゥラは差配師の息子として一目置かれ、そして当然煙たがられている。先生たちでさえドゥラには腫れ物を扱うようでありあまり関わってこない。いらぬトラブルを招き、自分の身に被害が及ぶことを避けているのだろう。このまま成長し父親の跡を継ぐことになるだろうか? 母親はいない。まだ物心がつく前に生みの親は流行病で亡くなってしまった。母の記憶はほとんど残っていない。父親はこの村に来て村に住む女性と再婚した。後妻というやつだ。新しい母親とは関係は悪くはないけれど良くもない。まぁ家はあまり居心地は良くないのは確かだ。

 学校でも家でも浮いた存在で居場所はなく、いつも一人だった自分に唯一話しかけてくるのがタパだった。正直ドゥラはそんなタパを最初鬱陶しいと思っていた。何か下心があるのだろうと常に疑っていたのだ。タパは周りに慕われ、少々抜けている部分はあるとしても皆に優しく人気者で公平だった。墓守の息子でドゥラと歳は近く、王都から来た当初からなにかと世話を焼いてきた。墓地も父親により土地家屋ごと貸しているという状態なのでタパの一家はドゥラの父親に頭が上がらない。支払いが滞ることもあるようだ。いわば使用人のようなもので、タパ自身もそれはわかっているだろう。ドゥラ自身も人を見下すきらいがありまた皮肉を言う質なので、もしなにか取り入るような態度を見せてきたらにべもない態度で追い払おうと構えたが、タパはあくまで他の人間と同じように話しかけてきた。ドゥラはこいつは何も考えていないのだろうかといぶかしんだが同時に少し興味を持った。


 スケッチブックに描いた下書きに絵の具で色をつける。村の草花は四季に渡ってあらかた描いてしまった。草花の正式名称は村や学校の図書館へ通い図鑑などで調べたがまだまだわからない部分も多い。この独自の図鑑が完成する日は来るのだろうか? だが村の中では限界がありどれも見慣れたもので───シダ植物はもう見飽きた───別段珍しいものでもない。それは叶わない夢だろうがまだ見ぬ草花を探し求めて壁の外へ出たいという思いは日増しに増している。この図鑑は誰にも見せたことはない。村の中で誰も理解しようとはしないだろう。興味を持たれるのも嫌だった。女々しいと揶揄されそうで、馬鹿にされるのはもっと嫌だった。村の者だったならきっと自分より何倍も草花に詳しい人間はいるだろう。だが自分から教えを乞うようなことは死んでもしたくはなかった。

 緑の絵の具がなくなってしまった。それでなんだか集中力がなくなってしまい絵を描くのをやめてのんびりと草原に寝そべることにした。空は呆れるほど晴れていて広い。なんだか全てがバカバカしくなってしまう。ここはかつてライフェン事変でスダリアスを討伐した場所で村の南にあり慰霊碑が立っている。この場所の素晴らしい点は周りがどこにもつながっていないどん詰まりにあり、用水路を通らなければたどり着くことができないことと、大きな大人では来るのが大変なので対価を払ってまでわざわざ来る価値はなく、誰も寄り付かないということだ。村で一人になることは容易ではない。常に誰かの視線を感じるのだ。年齢的な自意識過剰であることはわかっているが尻がむずむずするような居心地の悪さを感じる自分が唯一リラックスできるのがこの場所だった。いわば聖域である。

 のんびりと空を見上げているといつの間にか寝ていたようだ。目を瞑っても強い光でぼんやりと明るい。まぶたの裏に光る幾何学模様が見える。目が覚めた時、自分の顔を覗き込んでいる者がいて、一瞬パニックで心臓が止まりそうになった。

続きを再開するので改稿中。六章は同じ話を三人の視点で書いていて、ここから二人目の視点になります。短い話、三本立てにするつもりがかなり長くて申し訳ないです。よければお付き合いくださいね。

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