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神の頬に触れるような気持ち  年代記第六章  作者: ヌメリウス ネギディウス


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六章 排泄するだけの猿じゃないといえるかい 14

この章のミツクリ猟を次章で書くつもりで短編を書きました。よろしければそちらも読んでいただけると嬉しいです。

「おい、豚、もう一発狼煙をあげてくれ、森の中の英雄に早く来てくれってな」

 ヤニックは振り返りモルデカイを運び戻ってくる豚に向かってそう怒鳴った。

「ペニックス、早くこっちへ…」

 ヤニックはペニックスにそう言った瞬間だった。立ち尽くすペニックスは驚愕の表情を浮かべている。ペニックスは視線を下に下ろす、下腹をスダリアスの人の頭ほどある爪が貫いたのだ。横倒しで固定されたままスダリアスは見えない速度で手を動かし近くにいたペニックスを捉えたのだ。ベルトで固定し、錘を置いたが機能せず、なんの意味もなかったようだ。ペニックスは内臓を損傷したのか口から血を吐き出し顎から下が真っ赤に染まっている。

 ペニックスはその場に倒れこんだ。倒れ込むと同時にスダリアスの指が抜ける。すぐにヤニックが駆けつけ膝をつくとそこはすでに血だまりができていた。

 スダリアスは脅威とみなしたものを真っ先に標的とする。それは子供でも知っている基本的なクリーチャーの行動原理である。それは本能であり、たとえ頭部がなくても変わりはない。ペニックスを最大の脅威とみなしたのだろう。

 

「大丈夫だ、落ち着いて深呼吸しろ」

 ペニックスは汗がしとどに流れ、呼吸も苦しそうだ。大きく息を吸い込んだが、むせてひどく咳き込んだ。血が辺りに飛び散った。

 人の拳大ほどあるスダリアスの割れた爪はペニックスの下腹を貫きそのまま残っている。抜くと危険なのでヤニックはそのままにしたが、血が絶え間なく溢れ出す。ペニックスは顔をしかめている。ヤニックは傷に布をあてがうがすぐに真っ赤に染まる。

「何故、爪を解体してないんだ! ちくしょう」

 ヤニックは怒鳴った。そんなことを言っても意味がないことは頭ではわかっているのだが口から出る呪詛は止まらない。

「先輩、落ち着いて下さい。声がでかいです。腹に響いて痛い…」

  ペニックスが囁くように言った。ペニックスにたしなめられる始末だ、ヤニックはそうとう混乱している。

 ペニックスは苦しそうに咳き込んだ。熱病のように体を震わせ続け唇の色が紫に変色している。なんだかわからないうわ言を発し続ける。聞き取ろうとヤニックは耳を寄せるがその小さい声は祈りのようで言葉にはなっていないようだ。

「寒い…」

「誰か毛布を」

 ヤニックが叫ぶも誰も反応せず、皆ぼんやりと立ちすくんでいる。ヴィタが一人テントの方へ走っていく。

「先輩…、俺…死ぬんで…すか?」

「死ぬわけがないだろう、しゃべるな。おとなしくしてろ」

 ヤニックは言うがその場限りの慰めでしかない。 

「なんか、視界が…暗くなって来たんですよ、これ死ぬ…兆候ですよね」

「くそっ おい、しっかりしろ」

 ペニックスの視線は泳ぎどこも見てはいない。

 なんども同じシーンを見て来た。その度に自分は何もできない虚無感に襲われる。だから新人は嫌いなのだ。ヤニックはペニックスの頬を軽く叩く。遠くを見ていた目が幾分ましになる。


「起こしてもらえませんか」

 ヤニックは背中側に手をまわし、起き上がらせてやる。ペニックスは苦しそうに呻いた。回した手が触れた背中は血が滴り落ちている。ペニックスは何度も息を漏らしながら呼吸を整える。

「先輩お願いがあります」

 ペニックスは首に下げたお守りを右手で握りしめた。

「これはミツクリの歯です。俺の命は守ってくれなかったけれど、これは大切なお守りです。故郷の弟に渡してもらえませんか」

「おまえ、それは死ぬ間際に言うセリフだ。そんなものは自分で渡せ、おい死ぬんじゃない」

 ペニックスはお守りを無理やりヤニックに押し付ける。

「おい、しっかりしろ」

 ヤニックは気休めのセリフしか言うことができないのが歯がゆかった。こんなときどう声をかければいいのだろう。

 ペニックスは再び吐血する。肺をやられている。致命傷だ、これは助からないだろう。そう思ってしまったヤニックは自分自身に腹をたてる。決めつけるには早すぎる、諦めるな。そう自分に言い聞かせる。大量のアドレナリンのせいか、痛みは感じないようでペニックスは死への不安を紛らわすようにうわ言を撒き散らす。

「ミツクリの雪原が見える。どこまでも白く、空との境がとても…死ぬのってこんなにあっけないものなんですね。猟場で死にたかったです。父や弟にもう会えないのか…。辛いなぁ。あの雪原を先輩にも見せてあげたかった…。先輩、俺のかわりに村へ行ってくれませんか、一緒に行くのはちょっと無理そうなんで」

「あぁわかった」

 ヤニックは言った。

「約束ですよ」

「ああ、約束する」

 そうヤニックが言ったのがはたしてペニックスに伝わったのかわからないが、その言葉の直後、ペニックスの饒舌は止んだ。


 ペニックスは目を閉じてぐったりとしたままだ。ヤニックが顔を近づける。息をしていない。

「おい、ペニックス」

 頬を叩き反応を見るが目をつぶったままだ。目を開かせる。瞳孔が開いて瞳が茶色になっている。

 ヤニックは自分のマスクを急いで剥ぎ取った。外したマスクが後ろにだらんと垂れ下がる。心臓マッサージをし、気道確保をして人工呼吸をする。脈をとるが脈は戻らない。心臓マッサージ、人工呼吸、脈、これを何度も何度も繰り返す。何度やっても変化はない。

「くそ、死ぬな」

 汗が涙と交じり合う。ペニックスの腹部にヤニックの大粒の汗が落ちる。心臓部分を両の拳で思い切り殴りつける。ペニックスの体が衝撃でバウンドする。

 毛布を取ってきたヴィタがヤニックの肩に手を置いた。けれどそれを払いのけると再びペニックスの心臓マッサージを続けた。心臓を数十回押し、口に耳を寄せ息をしていないか確かめ、また心臓をマッサージする。動かない心臓の代わりに全身に血液を送り込む。臓器はまだ死んでいない。死んでたまるか。しかし息を再び吹き返すことはなかった。ヤニックはペニックスの胸倉に顔を埋めて泣いた。

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