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神の頬に触れるような気持ち  年代記第六章  作者: ヌメリウス ネギディウス


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六章 排泄するだけの猿じゃないといえるかい 13

 ヤニックの背後にヴィタが近づき声をかける。

「ここを離れるぞ、嫌な予感がする」

 耳元でヴィタが言った。もはや解体どころの騒ぎではない。皆は逃げ出していてこの場は騒然としておりこちらに注意を払っているものは誰もいない。皆自分のことで必死で構っていられないようだ。ヤニックはヴィタに従うことにする。

「おい、ペニックス行くぞ」

 ペニックスはヤニックの言葉に首を振った。

「スダリアスを狩りましょう、被害がでてからじゃ遅い」

 ペニックスは決意のこもった表情を浮かべて言った。

「そんなことは英雄に任せておけばいいだろ。バカなこと言ってないで行くぞ」

 ヤニックはそう言ったが、ペニックスは意に介さず防護スーツを脱ぎはじめている。脱ぎ終わると見事な入れ墨が露わになる。

「これで動きやすくなりました、ミツクリ猟を思い出しますね」

 こんな状況でペニックスは嬉しそうに笑った。

「ミツクリを一匹始末するごとに入れ墨の討伐数を増やすことができるんですが、このスダリアスを狩っても入れ墨を入れてもいいもんなんでしょうかね、どう思います? 先輩」

「そんなことは全て終わってから言え。それより狩るって言ったってこの状況じゃ誰も手伝ってはくれないぞ」

 ヤニックは言った。

「仕方ないですね、四人でやりましょう」

「四人?」

 ヤニックが問うと、〈去勢豚〉が無言で手をあげた。頭部班に豚が加わり四人でスダリアスを狩るらしい。ヴィタも無言だが協力するようだ。

「俺たちで何ができるっていうんだ? 第一武器が何一つないだろ」

「いえ、いっぱいあるじゃないですか、解体道具で充分戦えます。早速始めましょう、いつ暴れ出すやしれませんからね。とりあえず俺がスダリアスを誘導します。皆さんは背後から鉗子を銛のように突き刺しそれを起点にして網を巻きつけ錘で固定します。トドメをさす武器がないですが、それはそちらの英雄か先ほど呼びに行った方がなんとかしてくれるでしょう」 

「そんな上手く行くか? 第一、網なんてないぞ」

 ヤニックが言うとペニックスは解体途中の頭部を指差し、

「あのベルトで代用しましょう」

 と言うと、頭部の方へ走り出す。ヤニックたちも彼の後に続いた。


「こいつらのことなんてほとんど何もわかっちゃいないんだよ。今までそうだったってだけの話なんじゃないのか?」

 ようやくモルデカイは口を開いた。周りの検案師たちが浮き足立つ。

「まぁ、私がなんとかする他ないんだろうがな」

 さすがに丸腰じゃ分が悪い、モルデカイはそう呟くとベルトを外すのに手こずっているヤニックたちを尻目に歯を回収したまま放置されていた苦悩の梨を口の中から引き抜いた。ストッパーを引き苦悩の梨は開いた傘を閉じるように初期の状況に戻る。

「問題ない、私に任せておけ」

 モルデカイはうごめくスダリアスに近づいて行く。ほとんどの者は蜘蛛の子を散らすようにその場から離脱してしまった。残っているのはヤニックたちと検案師のみだ。検案師の三人は最初に現場に入るため、もし今後同じようなケースがあれば被害に遭うのは自分たちなので今後のためにその場を離れることができないのだ。 

 スダリアスの胴体部とモルデカイが対峙した。モルデカイは苦悩の梨を構える。緊迫した空気が流れ、緊張感に耐えきれずに〈婦人室〉が言葉にならない唸り声をあげる。それを契機にスダリアスが威嚇のために後ろ足で立ち上がった。一瞬その影で陽の光が全て遮られ闇に包まれたのではないかと錯覚するほどスダリアスは壁のように巨大だった。

 頭がないことでバランスが取れないのだろうか、スダリアスはタタラを踏むとそのまま前方に前倒しになり土煙が盛大にあがった。モルデカイは意表を突かれかわすことができずにスダリアスの下敷きになってしまった。


「行きましょう、先輩」

 土煙が収まり、様子を見ていたペニックスとヤニックはモルデカイの元に駆けつける。

 モルデカイの下半身はうつ伏せに倒れ込んだスダリアスの胴体と地面の間に挟まれ、ヤニックが試しに引っ張ってみるが引き抜けそうにない。もうすでに彼の足は骨折しているだろう。痛みは感じていないのかモルデカイは顔色ひとつ変えていない。何度か這い出そうともがくが、どうやら無理らしい。

 ペニックスがスダリアスの正面に立ち動かそうと試みているのだろか、何やら舌打ちのような音を立てている。しかしスダリアスは沈黙したままでぴくりとも動かない。スダリアスは再び沈黙してしまったようだ。しかしながら身体はゆっくりとだが上下しているので生きてはいるようだ。息をしているのか? そんなはずはないのだが。もはや何をもって生きているか死んでいるかはわからない。

 遅れて駆けつけたヴィタが挟まれたモルデカイに取り付いた。モルデカイはちょうど前脚の下、脇の部分に下半身を挟まれている。ヴィタが引き出そうとするがやはりびくともしない。

「ヴィタが無理なのにそりゃ俺じゃ無理なわけだ。下を掘るか?」

 ヤニックが言ったが、

「無理だ、掘ってもスダリアスの重さで沈むだけだ。私がこいつの足を持ち上げる。数秒ならいけるだろう」

 頭部がなく、背骨などの骨を取り除き、内臓もその大半を摘出していたが元々スダリアスは五トン以上はあるといわれている。まだ肉や筋肉、肋骨や肩甲骨といった骨部、四肢がそのままなので数トンの重量があるだろう。

 ヴィタがスダリアスの前脚を持ち腰を落とした。ヤニックと豚も手伝う。ペニックスがモルデカイの肩に手をまわし、ガッチリと抱える。

「一、ニ、三」

 とてつもない重さだ。ほんの少しだが、動いた気がした。三人は唸り声をあげる。喋る余裕はもちろんない。ペニックスがすかさずモルデカイを引っ張る、モルデカイが苦痛で顔をしかめた。しかし動いたのはほんの数ミリで、隙間ができるほどではなかった。もちろんモルデカイを救出することはできない。ほんの数秒力を込めただけで三人は疲労困憊だ。人間の力はあまりにも微弱だ。毛穴という毛穴から汗が遅れて吹き出した。三人はその場に倒れ込む。

「モルデカイ、大丈夫か?」

 ヤニックが荒い息を吐きながらきいた。モルデカイはしばらく石のように沈黙していたが、

「大丈夫だ。足だからな、もう感覚はないがまだ耐えられる。腹の上だったら駄目だったろうな」

 モルデカイは冷静に言った。しかし救助する術はないのだが。

「先輩、あれ」

 モルデカイが持っていた苦悩の梨の先端部分が押しつぶされた下半身の横に見えている。数ミリ動いたせいで先端部分がかろうじて見えている。

「広げることはできませんか?」

 ヤニックは即座に理解した。苦悩の梨を広げることで隙間を作りモルデカイを引き抜こうというのだ。先端のネジ部分を回すことで開くことができる仕組みだ。歯が噛み合うようになっているので一度開けると簡単には閉じない。

 ヤニックが苦労しながらネジを回すとそれはまるで蓮が朝に開花するようにゆっくりと膨らみ開いていく。

 引き出されたモルデカイの足は潰れ紙のようにペシャンコになっていた。引き抜いた瞬間、苦悩の梨はもろとも押しつぶされ土の中にめり込んだ。隙間ができたのはほんの一瞬だった。

 モルデカイはぐったりとしており、もちろん立ち上がることはできないようだ。ヴィタと豚に両脇を支えてもらいながら歩いて行く。

「ヤニック、離脱する」

 ヴィタは言った。モルデカイは額に汗をびっしょりかいている。ヤニックは静かにうなずいた。


 果たして意味があるのかわからなかったが、ベルトを運びつなぎ目をほどきスダリアスの胴体を固定する。錘を結びつけスダリアスを動けないようにした。先程は動かそうと試みたのに今度は動かないようにするなど一貫性がなく、一体自分たちは何をやっているのだとヤニックは苦笑した。作業を行う間、スダリアスは解体中と同じくなんの動きも見せなかった。

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