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神の頬に触れるような気持ち  年代記第六章  作者: ヌメリウス ネギディウス


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六章 排泄するだけの猿じゃないといえるかい 10

✳︎ ボルゴンジ査察官


 花道が作られ、拍手で査察官を迎える。驚くべきことにこれは決まりで、そうきちんと会社の総則に明記されている。ヤニックは列の後方で目立たないようにしていた。もちろん拍手もなしだ。マスクの中から舌うちし、悪態をついたがくぐもった声は拍手に打ち消され彼らに届くことはない。ペニックスはまるで英雄の凱旋を見るかのように背伸びをして査察官を見ようとしている。見ても何もいいことはないというのに。

 先頭を行くのはマイク・グレート(『偉大なる』)・ボルゴンジだ。天鵞絨(ビロード)のマントを羽織り、汚れ一つない制服を着こなし、胸元には羽根型のピンをとめている。───色は査察官の青だ───胸には数々の勲章が光り、歩くたびに揺れている。靴も鏡のようにこちらの姿が映るのではないかと思う程磨き上げられピカピカに光っている。

 取り巻きの連中が一ダース以上。査察官は衣装ばかりが立派で現場では浮いた存在だが、本人は何も気がつかない様子だ。普段は何をしているのかよくわからない取り巻きたちが金魚のフンのようについてくる。こいつらは一人残らず自分たちを作業員として見下しているのがありありとわかる。いや、見下している以前の問題かもしれない。眼中にも入っていないだろう。自分の手を汚さず、出世のことしか考えていない卑しい連中だ。

「この現場は我々グッケンハイムが取り仕切る。よそ者はここから立ち去っていただきたい。これは警告と受け取ってもらって構わない。これ以上介入するようであれば武力行使も辞さない」

 ワットサルポーグの連中がわっと色めき立つ。複数の業者が現場に入ると大抵の場合混乱をきたす。ワットサルポーグも規模としてはグッケンハイムと同じぐらいだが、極限までコストをおさえたやり方なのでそこまで競売に資金を投入することはなく、利益が出ないと判断するとさっさと徹退するだろう。

「ワットサルポーグの諸君、我々が貴社の入札額を上回って落札した。この場はお引取り願おう」

 査察官はそう言うと落札証明書と王からの勅命書を高く掲げた。ワットサルポーグの連中が諦めたように首を振った。皆来たばかりだが、分が悪いと判断し悪態をつきながら引き上げていく。こういうことがそれほど珍しいことではないのだろう。

「さぁ、解体作業を続けてくれ給え。時は金なり、急いだ急いだ」

 手を叩きながら検察官は我々に言った。


 国による視察は突然やってくる。もしなんらかの違反があることを指摘された場合、解体業者は警告なしで即座に権利を剥奪される。新興企業も多く、少しでも利益を得るため素材を無断で検査なしで横流しする業者が絶えない。人員を確保するのも難しいため人件費が高騰しており、良質の作業員を長期的に確保することが難しくなっている。そのため作業員による不正の横行や、防護スーツを着ないなどの定められた作業基準を守らない者が多い。それを各企業が抱える査察官により監督をおこなう。査察官の役割は作業を監視することで、規約、コンプライアンス違反がないかをチェックする。

 査察官と解体班の間には乗り越えることができない壁が存在している。解体班と査察官は同じ会社に属しているが全く異なり、解体班が査察官になることは絶対にない。実を言うとグッケンハイムでは年に一回査察官になる試験がある。直近二回の人事評価がC以上だと試験を受けることができる。自ら課題を選びレポートを提出し、合格すると面接に進むことができる。面接をクリアすれば晴れて査察官になることができるのだ。解体業から査察官になることは天と地ほどの差がある。魅力的な餌がばらまかれるわけだ。危険で汚い作業を行わないで、少ない労力でより高い賃金を得られるのならそちらに惹かれるのは自然だろう。ヤニックは査察官の仕事がどのようなものかは限定的にしか分からないが、少なくとも今の解体の仕事よりはマシであることは間違いないと考え、しかも向こうから試験を受けないかといわれているのだ、その餌にまんまと飛びついた。

 ヤニックも二年目にその試験を受けた。レポートの課題は解体業における効率化について、データを集めいかに安全に効率よく作業できるかをまとめ、無駄な作業を洗い出した。解体業者にしておくにはもったいないほど無駄に学力は備わっている。そのレポートはかなり優れたものに仕上がったとヤニックは自負しており、発表の日が待ち遠しかった。けれど、提出後何の反応もなく、合否の連絡もなく面接まで全ての試験が終了した。ヤニックはいてもたってもいられなくなり問い合わせると不合格であった。不合格なのは仕方がないとしてもどこが悪いのかきいてみたが答えることはできないと返事は濁された。レポートは返却されたが、封は破られていなかった。そう、答えることができるはずはないのだ、レポートは読まれていなかったのだから。会社側としては試験を受けさせたという実績があればいいだけではじめから受からせる気などなかったのだろう。それ以降ヤニックは試験を受けてはいない。時間の無駄だからだ。どんなに頑張っても査察官にはなれないのだ。

 ボルゴンジ査察官はヴィタを呼んだ。自ら近づくことは決してない。ヴィタは少し離れた場所にいる査察官の元へ走っていく。しばらくするとヴィタにより二人にも来いと呼び出される。

「毒腺の除¬去に際し助手二名のサインの記入が必要だそうだ」

 ヴィタがそう言った。ゴワゴワでかさばる手袋ではとても書きにくい。記入が終わると査察官は、

「行程はどこまで進んでいる?」

 とヴィタにきいた。

「もうとっくに作業にとりかかっていますよ」

 査察官は返事もせず黙って手を出す。こいつらはこちらと会話もしたくないらしい。ヴィタは作業計画書と検分書を渡す。査察官はろくに読まずにペラペラとめくり最後にサインをするとヴィタに投げ返す。

「これで構わない、続けてくれ」

 査察官は地面を見ると豚が撒いた水のせいで地面がぬかるみ、靴が汚れることを気にしている様子だ。ハンカチを口に当てた。

「行程はどこまで進んでいる?」

 査察官は先ほどと同じセリフを言った。

「行程八にこれから取り掛かるところです。その後行程九の前に損傷して原形を留めていない脳部分の処理をしたいのですが…」

 ヴィタがそう言うと、査察官は分厚い本をとり出しめくり始める。該当部分に目を通すと突然、

「指差し確認!」

 と叫び指を差し何かを確認すると

「標準や規則から外れた例外的な特殊なケースとして、総則第八節通則第七条を適用し代替の措置として変更申請に対して審査の簡素化を実施することを許可する」

 少し間をあけると査察官はヴィタの方を無言で見やった。

「復唱!」

「標準や規則から外れた例外的な特殊なケースとして、総則第八節通則第七条を適用し代替の措置として変更申請に対して審査の簡素化を実施することを許可、ご承諾いただきありがとうございます!」

 冗談かと思われるだろうが、この過程を逸脱してはならない。毎回の指差し確認、復唱、間違いがあってはならないのだ。

「これ意味あるんですか? 急に作業が滞ってますよ」

 ペニックスが後ろから口を狭む。

「黙ってろ、この世は基本的に無駄でできているんだ。俺たちは人生において最も貴重な時間ってものを少しばかりの金のために売ってみすみすドブに捨てているわけだ」

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