表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神の頬に触れるような気持ち  年代記第六章  作者: ヌメリウス ネギディウス


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

57/81

六章 排泄するだけの猿じゃないといえるかい 5

 ヴィタは目で合図してきた。

「ペニックス、ノコギリを用意してくれ」

 ヤニックはそう言って目配せする。ベルト以外のものを事前に持ってきておいてよかっただろ、と。

 ヤニックは箱からノコギリを出し、折りたたまれていた状態のものを開き組み立てていく。刃を注意しながらネジで固定する。ギザギザの刃の左右にはT字の柄がついている。二人で力を合わせて引く両引きの大型ノコギリだ。押しても引いても切ることができる。

「よし、ペニックス、いくぞ」

 頭部の中央から首にかけてのラインに沿ってノコギリの刃を当てる。横たわるスダリアスの頭部には角が二本生えている。これは本物の角というよりは頭蓋骨から隆起した角状の骨が毛と皮膚に覆われたもので、そのちょうど真ん中にノコギリを当てて皮膚を裂くようにノコギリの刃を当てる。皮膚は分厚く、毛は固くドロドロに汚れていて刃にまとわりつく。黄土色の膿のような脂肪はかなりの粘度をもっており、それもすぐに刃をなまくらに変える。

 ノコギリで骨を切断しているわけではない。骨と骨をつなぐ筋や軟骨、関節を切断している。骨はとてもじゃないが切ることはできない。骨は硬すぎて刃が当たるとすぐに欠けてしまうので骨に当たらないように注意しながら刃を進めていく。毛と皮の下は厚い腱と筋におおわれている。ノコギリで切ることはかろうじてできる。腱を荒い尖った刃で断ち切るとボロボロになり下方へ垂れ下がる。それはまるで開腹手術をしているようだ。筋の間から椎骨の先端が姿を表す。

「上の棘突起に気をつけろ」

 ヤニックが言った。

「手袋をしていてもその鋭さで切れてしまうんだ。その棘突起が胸に突き刺さって死んだ奴がいたんだよ、なんて言ったかな…」

「巨体が倒れてきて圧死したやつとは別人ですか?」

「別人だ。椎骨を外していたら突き刺さったんだよ。思い出した、〈天の猟犬(ハウンドオブヘヴン)〉だ。縁起が悪いからそのあだ名は使われなくなったんだよ。なんならお前がもらえばいい」

「いやですよ、そんな縁起の悪い名前。それより先輩、毒腺はどこにあるんですか?」

「ああ、首の後ろの第七頸椎の上だ。首の仕組みはわかるか?」

 ペニックスは首を振った。その辺の知識はほとんどないようだった。無理もない、クリーチャーの解剖学など興味のない者が学ぶにはあまりにも専門的すぎる。手軽に文献などに当たることはできない。何故なら解剖の手順は各企業が秘匿しているトップシークレットであるからだ。ヤニックもこの仕事をするまではクリーチャーの構造など何も知らなかった。

「首は椎骨っていう骨で頭と胴体がつながっていて頸椎は七つの椎骨からなっているんだ。椎骨には第一、第二、第七にそれぞれ名前がついていて、首の動きを制御しているわけだ。その七番目の椎骨の上部に毒腺がつながっている」

 ヤニックは作業をしながらペニックスに説明する。もっと詳細に説明はできたが、覚えられやしないだろうし今は手順を覚えるだけで精一杯だろうからそれ以上の説明はしなかった。

 脊椎は椎骨と呼ばれる骨が連結したものだ。頭側から頚椎が七個、胸椎は十二個、腰骨は五個ありその下に仙椎、尾骨がある。人間と全く同じである。頚椎はサーヴィカル・ヴァーティブレイからとってC1からC7、胸椎はT1からT12、腰椎はL1からL5で表現される。第一頚椎は食肉目の特徴である発達した環椎翼が確認できる。それゆえ環椎(アトラス)と呼ばれ、上関節窩と下関節窩を含む外側塊を前弓と後弓が結ぶという構成になっている。ちょうど環になっており、環椎には椎体はなくその空間には第二頚椎の歯突起が納まっている。第二頚椎の歯突起を軸として第一頚椎が回旋できるようになっている。他の頚椎の上関節突起に相当する上関節窩は後頭骨の後頭顆と関節する。第二頚椎は軸椎(アクシス)と呼ばれ、細く尖った歯突起尖や大きく発達した棘突起が特徴だ。第三頚椎から第七頚椎は軸椎(アクシス)と連動し、背側方向に細長く発達した棘突起が並ぶ。第七頚椎は隆椎と呼ばれ最下位に位置している。第一胸椎と関節しており見た目は胸椎とよく似ている。外から見て首の後ろが盛り上がって見えるのは突出している棘突起のためでありそれは隆椎のものだ。

 二人はノコギリを地面に置くと細かい部分は太枝切り鋏を使う。これは元は植木用でテコの原理を利用して少ない力で太い枝を着るために開発されたものだ。それを流用している。普通のナイフやハサミなどでは骨も硬いが腱や筋肉も恐ろしく硬く、刃がボロボロになってしまうのだ。

「脚立を取ってくれ」

 脚立の足部分に紐を通して杭を地面に刺し倒れないように固定した。束になった筋の一本一本がほどけまるで意志を持っているかのようだ。手でより分けながら鋏で切り落としていく。下でペニックスが筋を回収していく。筋は部位ごとに分けられ回収される。

「毒腺は第七頚椎の隆椎の上部にあって、第七頚椎と密接につながっている。ちょうど飛び出している棘突起の近くだ」

 毒腺を外すと首を切断することができる。隆椎は肋骨が関節する胸椎と並んでいる。一番目の肋骨は第一胸椎と第七頸椎の間に関節している。毒腺はその第七頚椎の上部にあり、七つの頚椎が積み重なると中心部にできた穴が管のようになりこれを脊柱管という。脊髄や馬尾神経、毒腺からの管が通っていて、その中を瘴気が流れている。隆椎は他とつながっているために取り除くのがかなり難しい。

 ヴィタの指示に従い二人で腱を切断し関節を外す。関節の間には椎間板があり中心はゼリー状の髄核でその周辺は線維で層状におおわれている。椎間関節は靭帯とつながっている。関節の間には液体が入っていて、関節に穴を開けると大量に噴出する。液体が零れ落ちるとあたりには水蒸気が上がる。これが厄介なことに血液と同じく非常に高温でもし素手や肌に直接触れると火傷を負う。スーツを着ているのでその心配はないのだが危険なことには変わりはない。手袋をしていても触れると熱く、液が浸透してしまうと大火傷を負う。関節部の軟骨は字に反してまったく柔らかくないので、ノコギリの刃が噛み付くと動かなくなってしまう。少し広範囲に刃を動かし角度をつけることで削り取るようにする。

 厄介なことに脊柱管だけでなく横突孔(おうとつこう)も毒腺の管とつながっている。横突孔は横突起を上下に貫く孔で頚椎の特徴の一つである。横突孔には椎骨動脈と椎骨静脈が通る。椎骨動脈は第七頚椎の横突孔は通らない。その代わりに毒腺の管が通っておりそこからも瘴気が流れている。

 毒腺は機能していないが体内で瘴気を生成するのではなく、外から瘴気を取り込むのが貯蔵型の特徴であり、スダリアスはこの貯蔵型にあたる。貯蔵型は数が少なく研究対象としての価値は高い。外から取り込んだ瘴気は毒腺の中に溜め込まれる。そのため死後も毒腺の中には瘴気が残存しておりとても危険である。毒腺の除去に失敗し解体屋が全滅したという事件も以前はよくおこった。貯蔵型は体内に蓄えられた瘴気量が多いため油断して毒腺だけを何も考えずにぞんざいな処理をすることは死に直結するのだ。毒腺を取り除き、脚立の上からまるで赤子を扱うような慎重さでヴィタとペニックスに手渡した。ヴィタが毒腺につながる管を瘴気が漏れないように結び処置をおこない、布の袋で厳重に包むとケースの中に入れまわりを蝋で固めて密封する。作業が一段落すると三人は大きく息を吐いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ