五章 老人と死神 12 Be careful what you wish for
「いろいろと言わなくてはいけないこともあるが手短に話す。スダリアスがすぐ近くまで来ている。このままいけば明日朝一ですぐにでも遭遇する」
タパは言った。
「ど、どうするんだ すぐに逃げよう」
ギュンドアンが同時に言った。
タパは落ち着いたもので、
「どうせ逃げても死ぬ場所が変わるだけの話だ。地図を見てくれ、やつは今止まってるんだ。まぁ言い切れないところはあるが夜は近づいてはこないようだ。だから俺はここに来れたわけだけどな」
地図を開く。タパの言う通り赤い点は川の下流で静止し動く様子はない。
「で、どうするんだ?」
カイミとギュンドアンは黙りこんでいるのでドゥラがきいた。
「湿原でスダリアスを仕留める」
「な、何を言っている? 正気か」
ギュンドアンが驚いて言った。
「なぜいつでも襲える位置にいながらこんなにまごまごしているのか? 森の中はあいつにとっては庭みたいなものだ。追いつけないはずはない。こちらが恐怖しているのを楽しんでいるのかとも思ったが、それより奴はもっと狩りを楽しみたいんじゃないかと思うんだ。村へ行き大量の人間を狩るために」
タパは言った。
「スダリアスは森から出ることはできないんじゃないのですか?」
カイミが聞いた。
「そんなことはないはず。現に俺たちが小さい頃に村は襲われている。このままじゃあいつは村までついてきてしまう。村に人がたくさんいることがわかっているんだ。我々に案内させるつもりなんだ」
タパは言った。
「俺としてはカイミさんには戦闘に参加して欲しいと思っている」
タパはカイミを真っ直ぐ見すえて言った。
「ギュンドアン様、すいませんが私は彼らに協力して戦います」
カイミがそう言ったものだからギュンドアンは眉間に皺を寄せ不機嫌になった。まったくこの人はすぐに機嫌が悪くなるな、とドゥラは思った。
「お前、私がどれだけ可愛がってやったか忘れたのか」
「片時も忘れたことはありません。けれど、私も一兵卒です。戦わなくてはいけない時に逃げるわけにはいきません」
「一兵卒は上官の命令をうけて黙々と従えばいいんだ。私を守るという命にな」
「一兵卒だからこそです。こんな年端もいかない少年たちに任せるわけには行きません。私が先頭に立って戦います。これは責務です。私がここで戦わないのなら生きている意味がないのです。戦うことをお許しください」
カイミは言った。
「あんな化け物はお前が戦わずとも王立騎士団に任せておけばいいんだ。頭の悪い奴らが戦ってくれるさ。あんなものと戦うのは馬鹿がやることだ。それは勇気とは言わない。蛮勇だ」
ギュンドアンは言った。
「なにを偉そうに。蛮勇でいいじゃないか。無謀でなにが悪い。彼らは命を賭して戦ってくれる人類の希望だ。王立騎士団を悪く言うのは許せない。馬鹿呼ばわりしたことを訂正しろ」
タパが立ち上がりギュンドアンを見下ろしながら言った。タパは王立騎士団に対して憧れ以上の感情を持っている。
「私は元王立騎士団だ。カイミもな。私が今まで生き残ってこれたのはなぜだと思う? クリーチャーと戦わなかったからだ。前線に出るのは命知らずのバカがやることだ。私以外は皆死んでしまった。生き残れるのなら君の言うようにいくらでも訂正しよう」
ギュンドアンが言う。
「カイミ、勝手にしろ。ただし、死ぬことは許さん」
「それでは作戦を説明する。よく聞いてくれ」
タパは意を決して話し出した。
タパが当初考えていたドゥラがやるはずだった役目はカイミが担うことになった。ドゥラは正直ホッとしていた。自分の怒りで恐怖を誤魔化すやり方は付け焼き刃にすぎない。
「さぁいこう」
翌日早朝に四人はシェルターを後にした。辺りはガスで覆われて視界は悪い。まるで白い闇の中を歩いているようだった。
ジャンダルムを越え湿原の中を突っ切っていく。幻想的だが、ドゥラは楽しい気分にはとてもじゃないがなれそうにない。隠れるにはおあつらえ向きの長い草が生い茂る場所にドゥラ、カイミ、ギュンドアンの三人は身を潜めた。タパは少し離れた位置で同じように隠れている。
「本当に大丈夫なのか?」
ギュンドアンが不安そうにいった。
「私が必ずギュンドアン様を守りますのでご安心ください」
「それは当然のことだ。私が言いたいのはこんな素人が考えた作戦がうまくいくのかということだ」
脈を打つ心臓、大量の血が体内を駆け巡る。ドゥラは自分が戦闘を前にして興奮しているのがわかる。
「こっちが見えないなら向こうも見えない。草の下に隠れていれば死にやしない」
ドゥラが言った。
「おい、なんて口の利き方だ」
ギュンドアンは言った。
「お気に召しませんでしょうか、サー・ギュンドアン。ごちゃごちゃ言わずに黙ってそこで隠れてろってことですよ。私は生まれが卑しいもので申し訳ありません」
嫌味を言うドゥラ。舌打ちするギュンドアン。
カイミは上半身の服を脱ぎ捨てた。固く太い腕が露わになる。腕も身体も赤銅色に焼け、鍛え抜かれたその身体は美しい。筋肉はしなやかで無駄な贅肉は一切なくただ戦うために存在する機械のようだった。タパも鍛えていたが、子どもと大人といった所か。カイミならスダリアスとやり合うことができるかもしれない、ドゥラはそう思った。
カイミを横目でみると小刻みに震えている。そりゃ神に対峙するようなものだ。怖くならない方がおかしい。
「ドゥラムリアさん、お願いがあります」
カイミが近くに寄ってきてそう言った。
「ドゥラでいいですよ」
「そうはいきません」
カイミはそう言うとポケットから封筒を取り出した。その手も少し震えている。
「この手紙をキマニビダルという人に渡してくれませんか」
手紙は有無を言わさずドゥラに手渡された。
「生き残ってこの手紙を再びあなたに返せるように願っています」
ドゥラはそう言うとカイミは力無く笑った。




