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神の頬に触れるような気持ち  年代記第六章  作者: ヌメリウス ネギディウス


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五章 老人と死神 7 Be careful what you wish for

五日目。

 打って変わって篠突く雨が降っている。

 昨日タパが森の中で発見した人がいたという痕跡は早朝に確認したが雨のせいかよくわからなくなっていた。しかし自分たちと遭遇しなかったところを見るとタパが言った通り川を北上しているらしい。

 そのまま二人は河原に降りると火葬場へ向かった。放置していた父親の骨はその場を離れた時と何ら変わらず放置されていた。タパはそれを集めると川に流した。骨は流れに乗りすぐに見えなくなった。

「なんだか、あっけないものだな」

 タパはぼそりと言った。


 骨を流した後シェルターへと戻った二人はさっそく川の上流を目指す準備を整える。

 本当は昨日食べきれなかったノドジロの肉を燻製にする予定だったが人がいた痕跡を追うと決めたので燻製にすることは諦めることにした。肉は脂身が白く固まりゼリー状になっており湿気のせいかもうすでに痛み始めていた。(脂が多いせいもあるだろう)

「もう諦めるしかないのか? もったいないが」

 そうドゥラが言うとタパは肉の塊を見ながら、

「サーロにすれば大丈夫だよ」

 と言った。

「なんだそれ、料理名か?」

「おまえに借りた本に書いてあったぜ。本当は豚の脂身を使った保存食だからトカゲの脂で試したことはないけどな」

 ライフェンの郷土料理らしい。ドゥラは全く記憶にはなかったけれど。

「一キロぐらいあるかな、この脂」

 たしか四パーセントぐらいだったか。四十グラムって相当な量だな。タパはそういうと岩塩を脂塊にかけていく。塩の半分の量の砂糖をかけ、胡椒をふり、ちぎってきていたハーブを混ぜ最後に酒を少し振りかける。

「これでしばらく置いておく」

「どのぐらい?」

「一週間ぐらいだな」

「かなりかかるんだな」

「一週間後、洗って塩抜きをして辛くなければ一日乾燥、それで燻製してさらに乾燥に二日ってところか。それで完成だ。塩漬けの燻製だからベーコンみたいなもんだ。焼いてもいいし、そのままでもいける」

「一週間後、またここに来るのか」

「ちょっと億劫だけどな、でも苦労に見合う味だとは思うぜ」

 タパはそう言うと脂塊を蕗の葉で何重にもくるみ床下の貯蔵庫に入れた。

「さあそろそろ追いかけようか」

 

 シェルターから北は源流に近づくにつれ川が狭く、流れが急になり岩場が目立つようになってきた。高い崖の上からは木々の枝がせり出しており頭上を覆っている。辺りは薄暗く、少し肌寒い。二人とも少し歩いただけで全身ずぶ濡れだった。

「森に入るか?」

 タパがこちらの様子をみてとったようでそう提案したが、ドゥラには断った。

「崖を登るのも大変だろう。登れそうなポイントも見当たらないし。上がったら上がったで藪が濃すぎるから。追いかけてる二人も歩きやすい川を進んでるはずだろ? 行けるところまではこのまま行こう」

 ここ数日の雨のせいで川の水嵩は増し、濁流と化していた。

「おい、ドゥラ、ここをみてみなよ。昨日はここで野宿したようだな」

 崖がせり出していて───専門用語ではオーヴァーハングというらしい───ちょうど天蓋のようになっている。タパはせり出した岩の下、焚き火の跡を調べている。ドゥラも周りを見て見るとあたりには足跡が多く残されていた。

「動物の足跡を見るのと同じさ。動物より人間の方が読み易いぐらいだ。足跡には沢山の情報が詰まっている。それを読み取れるかどうかは能力次第だけどな」

 タパは言った。

「歩幅と足の大きさから一人は若い長身の軍人だろう。あまり情報を残さないように気を遣っているようだ。もう一人は左足を引きずっている。怪我をしているんだろう。それほどひどいわけじゃなさそうだけど。こっちはよくわからないが軍人なのかな? 山歩きには不向きな革靴の跡だ。体格は中肉中背か。かなり地位が高いみたいだ。プライドが高いようだし」

「そんなことまでわかるのか?」

 ドゥラは驚いて少し声が大きくなった。

「ごめんごめん、少し大げさ過ぎた。最後の方は俺の憶測だ」

 タパは言った。

「と、言っても根拠があるんだろ?」

 あくまで想像だがな、と前置きをすると

「一人は怪我をしているっていったろ、左足だ。ひきずって歩いているから歩けないことはないんだろうが、大男が背負えば済む話だ。それをしないっていうことは地位がかなり離れているのか、プライドが高くて断っているかだろ」

「なるほどね、だからあまり進んでいないのかもな。まだ俺たちのいたシェルターからそれほど離れてないな」

 ドゥラはそう言った。実際シェルターを出てからまだ半日も経っていない。

「ここも昨日のところもそうなんだが、何も食べた跡がないな。ただ暖をとっただけだ。どこをめざしているんだろう?」

 タパは疑問を口にする。

「それは見つけて直接聞けばわかることさ。この調子ならすぐ追いつけるかもな」

 ドゥラは言い、すぐに出発しようと立ち上がった。


「おい、ドゥラあそこ見えるか?」

 タパがはるか先を指差した。雨でけぶっておりドゥラには何も見えない。

「なんも見えないが」

「あれは人だな。動かないけど。ドゥラ、追いついたみたいだな」

 タパは言った。

「ドゥラ、おまえが対応してくれるか? 俺は後ろで見てるから」

「もちろんいいが、どんな様子だ?」

 ドゥラがきくとタパは先の様子を伺う。

「顔はよく見えない。男二人組だ。当たったな。年齢は俺たちよりかなり上だろう。背が高くてガタイもいい方は立っている。もう一人は座ってるな。うつむいている。怪我をしているかまではわからない。二人とも制服を着ている。荷物を持ってないな。火は焚いていない」

「あんな豆粒みたいなの、よく見えるな。だが制服ってことは王立か」

「王立騎士団の制服とは少し違うようだけれどな」

 ドゥラが先に行きタパが続く、二人に徐々に近づいていく。ドゥラにもようやく二人を視認することができた。一人は直立不動で立ち、だが目を閉じている。もう一人は河原に座り込み、───正確にはうずくまっている───吹きつける風雨さえ認識していないのではないかというほど憔悴しきっていた。ドゥラは鋭く見てとったのは立っている男の袖口が赤黒く汚れていることだった。怪我をしているのかもしくは返り血か。タパとドゥラが近づいているのはわかっているはずだが、何の反応も示さない。至近距離に近づくと気配を感じたのかようやく直立していた男が目を開けた。顔は青白く目は落ち窪み髪は皮膚にだらしなく張り付き、髭は伸び放題、制服はかなり汚れていた。うつむいている片方の男は左足の靴をはいていない状態だった。疲労困憊で顔も上げられないのだろうか。立っていた方はまだ余力は少しあるようで、ドゥラの姿を認めると安堵の表情を浮かべて少しだけ笑った。崩れ落ちそうになるのをドゥラが急いで支えてやる。男は体に似合わないか細い声で

「…すまない」

 と、言うと、隣の男がおもむろに動き、男の手をつかんだ。

「カイミ、どこの誰だかわからない奴と話すな」

「しかしギュンドアン様…」

 ギュンドアンと呼ばれた男は

「お前たち、村の者か」

 と幾分横柄に言った。しかし顔は疲労困憊で見るも哀れだった。彼らにとってドゥラたちは救いの神であろうがそんな態度は微塵も見せない。主にギュンドアンと呼ばれた男の方は人を見下す性格がこんな場面でも───こんな場面だからこそかもしれないが───見て取れた。後ろでタパは何も言ってはこないが少し苛立っているのがわかる。

「私はドゥラムリア・ジョー、こちらはタパ・レイディです。そちらは?」

 ドゥラはできるだけ丁寧に自己紹介をした。

「私はカイミ・フェアバーン。こちらはギュンドアン候だ」

 カイミが手を差し出したのでドゥラとタパの二人は握手を交わした。フェアバーンさん、とドゥラは言うとカイミと呼んでくれればいい、と言った。

 水滴で洗い流されてはいたが、彼の顔は血と泥で汚れていた。雨は比較的小康状態だったが、今日は一日止むことはなさそうだ。かなり体温を奪われている様子だ。

 タパは「こいつら何日も食ってないんじゃねえの?」とドゥラに耳打ちをした。ドゥラは荷物を弄り食べ物を出した。

「こんな物しかありませんが」

 クルミやアーモンド、ナッツにピスタチオなどを取り出す。ナッツ類は炭水化物と違って腹にたまるのだ。

 男たちは食糧を受け取ると黙って食べ始めた。相当空腹であったようだ。幾分落ち着いた様子だったが、あまり腹の足しにはならなかったようだ。

「こんなところでいても体が冷えるだけなので少し歩きますが、我々のシェルターへ案内します」

 ドゥラがそう言うと、男たちは意外にも文句を言わずについて来た。うずくまっていたギュンドアンは立ち上がるが、片足が裸足のため酷い有様だった。森と川原を裸足で進んだのだ、それはただでは済まないだろう。切り傷だけでなく皮がめくれ赤黒くなって血が滲みひどい状態だった。見かねてタパが肩を貸してやる。カイミも相当消耗しているようで体がふらつきまっすぐに歩くことが困難なようだ。四人はシェルターを目指して元来た道を戻り始めた。

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