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神の頬に触れるような気持ち  年代記第六章  作者: ヌメリウス ネギディウス


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五章 老人と死神 6 Be careful what you wish for

 四日目。

 真夜中、奇妙な叫び声を聞いた気がした。ドゥラは一瞬目を覚ましたが再び寝てしまった。短くて不快な夢を立て続けに見た中で、おそらくさっきの音はその夢の中の出来事だったのだろう。しばらくしてタパが身を起こした気配がする。そっとシェルターから出ていった。用を足しにいったのだろう。

 戻ってきたタパが少し興奮気味にドゥラを揺り起こした。眠い目をこする。タパが、罠になにかがかかった、と言ったことで眠気が吹き飛んだ。

 外に出るとあたりはまだ暗く夜が明けていない。夜半過ぎに降っていた雨は上がったようだ。


 崖の上の一番最後に仕掛けた大木の根元でなにかがすごい勢いで走り回っているのを見つける。それは四足歩行のバカでかい爬虫類だった。見た瞬間体高が低く鱗に覆われた姿から図鑑でみた鰐だと思ったが、鰐が森の中にいるはずはないと思いつつも「鰐だ!」とドゥラは叫んでいた。体長は一メートル弱、体重も三十キロ近くありそうだ。

「ノドジロだ。喉の下が白いだろ。うまいらしいぜ」

 タパのうまいはあてにならないし、タパの挙げていた獲物に爬虫類は含まれていなかったが、かかったことをまず喜ぶべきだろう。

「ノドジロって?」

「イワオオトカゲの亜種だろう。トカゲ類は地域変異が多いんだ。森の中に意外といるんだよ」

 ノドジロは低く響く声とシーという蛇の威嚇音にも似た声を発している。円を描くように結び付けられた竹の周りをまわり、足に巻き付いたロープが伸びきりピンと張っている。足元のその部分の土がえぐれている。自分の身になにが起こったのか理解はしていないようだが、危険が迫っていることは感じているのだろう。ロープは左の前足にはまり、自由を奪っている。堀り跡から動ける範囲を判断する。

 丸々と太ったトカゲの腹の肉は見るからにうまそうでドゥラはヨダレがでた。トカゲは食べたことはないけれど。ノドジロは体重が重く、竹のしなりが解放されても頭上へ跳ね上げることに失敗し、空中でその行動を制御することはできなかったようだ。けれど輪っかになっていたロープはその太い左足を捉え暴れるほどに強く締め付けることには成功している。

「俺がなんとかロープが切れないように操作してみる。お前は標的が疲れるのを待って棒かなんかで頭をかち割って仕留めてくれ」

 タパは無茶を言ってきた。獲物は猛烈な勢いで右へ左へと走り回っている。ロープがピンと張り詰めると足を滑らせて転び再び反対方向へ走り出すということを繰り返している。ロープをくくりつけた竹が極限までしなっている。ロープが切れるのが先か竹が折れるのが先かという塩梅だ。

「スタミナが切れたら、ガツンと一発きめてくれ」

 タパが竹に取り付き、手に持ったとたんに竹は根元から折れた。タパはロープが切れないように注意しながら竹を釣竿のように右へ左へ動かして力を逃している。ドゥラは右手に石を持つと背後に隠しながらできるだけ暴れさせないように近づくのだが余計に興奮させてしまう。   

 ノドジロは歯を剥き出しにして威嚇の声をあげている。

「爪に毒があるかもしれないから気をつけろ」

 タパが忠告する。

「そんな大事なことは先に言え!」

 ドゥラは怒鳴った。タパが踏ん張っているため、掘り起こされた円から獲物がでることはない。しかし、無情にもロープの途中部分が地面との摩擦で毛羽立ちとうとう千切れてしまう。タパはロープに必死で縋り付くが引きずられてしまう。

「そっちだ、ドゥラ!」

 ノドジロが全速力でドゥラの方へ向かってくる。ドゥラは腰を落とすと無我夢中で右手に持っていた石で獲物の側頭部をなぐりつけた。耳の下あたりに偶然当たりノドシロはのびた。

「や、やったぞ、タパ」

 二人は手を取り合ってその場で飛び跳ねた。


 タパが心臓部をナイフで一突きすると、ノドジロは絶命した。近くにあった木に吊るすと口と心臓から血が大量に溢れ出して足元に血だまりを作った。柔らかい弾力のある腹の部分にまっすぐナイフを入れると弾けるように皮が切れた。血と一緒にドロリとした黄色い脂肪が流れ出し、ナイフと手をベトベトにする。

「こいつ、思ったより脂肪が多いな」

 タパは言った。ナイフを傍に置くと、そのまま手をノドジロの腹の中に入れる。

「熱っ!」

 タパはそう言って身体の中から手を抜くと手をヒラヒラさせて冷ましている。ノドジロの身体の中からは湯気がでている。俺にもやらせてくれ、ドゥラはそう言うとタパと変わった。

「変温動物なのに体内は熱いぐらいなんだな」

 身体の中に手を入れながらドゥラは言った。ドゥラは二の腕まで中に入れ食道から肺、心臓や胃、腸を引き出していく。

「胃や、肝臓は慎重にするんだ。中の物が漏れると肉が臭くなるからな」

 身体の割にはかなりの量だ。内臓を全て出し、足元に落とした。臓器は骨の近くに膜のようなものがありそこに張り付くような状態で指で引き剥がすと割合簡単に外すことができた。だが、膀胱部分はかなり複雑でなかなかうまくはずれなかったがタパが横からナイフでくり抜きなんとかはずすことができた。どうやらオスの成獣らしい。二人は血と脂と臓物まみれでかなり凄惨だったが、意外にも気持ち悪さはなかった。内臓も処理すれば食べられるらしいが、寄生虫も多くかなり手間がかかるので今回はパスすることにした。タパが言った爪に毒があるというので見てみたが毒腺のようなものは見当たらなかった。

 タパが肉と皮の間にナイフを入れ、皮を剥いでいく。皮には鱗がびっしりで、硬くなかなか剥がれない。また脂がものすごく、手が滑りナイフの切れ味もすぐに悪くなってしまう。ドゥラが皮を引っ張りつつ身と皮の間にタパがナイフを入れ共同作業で解体を進めていった。

 そこで一旦洗い流そうということになり、前足をタパ、後ろ足をドゥラが持って沢まで運ぶことにした。内臓と皮、食べられない部分を埋めてもかなりの肉の量がありそうだった。川の水でノドジロを洗い流し、ついでに自分たちの体も洗った。全身汗でびっしょりだったので川の水が気持ち良かった。手についた脂はいくら洗ってもぬるぬるでなかなかとれなかった。

 まず四肢を外し、骨に沿ってナイフを入れて肉を取っていく。背中側の肉を取り、できるだけ無駄なく可食部はとりたいところだ。取れた肉は蕗の葉に乗せた。頭上では鳥が忙しなく飛び隙あらば奪い取ろうとしている。あらかた解体が終わると急いでシェルターへ戻った。腹が鳴っている。

 竈門の温度を上げて、フライパンを乗せる。柔らかそうな肋付近の肉を焼く。脂が滴りジウジウと音を立てた。


 解体している時気がついてはいたがとにかく油っぽい。肉質は悪くはない、多少は硬いが臭みは少ない。鶏肉に近い。蛇も鶏肉に近かったがこちらはより鶏肉に近かった。問題はその脂っこさだった。脂を食べているようで、口のまわりがテカテカになった。焼き肉にしたのがまずかったのかと鍋で煮込んでみたが上にドロドロの煮こごりのような脂の層ができて、とても食べれたものでなかった。

「あんまり食べると腹を下すぞ」

 タパに言われたが半分食べるのが限界だった。半ば意地になっていたかもしれない。とにかく脂がしつこくいくら噛んでも噛み切れない。ブヨブヨと気持ち悪い。残った分は燻製にしようということになった。天候が悪いし湿気も多いので天日に干すのは多分うまくいかないだろうから煙で燻すことにした。明日はそれをする予定をたてた。


 なんにしても満腹で満たされドゥラはもう動きたくはなかった。けれど、タパは何やら外へ行く準備をしていた。

「もうすぐ暗くなるぞ、どこか行くのか?」

「罠を回収する。もし仕掛けた罠に今後、万が一獣がかかってしまったら回収する者がいないからそのまま死なせてしまうことになる。動物の尊厳とか単純にかわいそうとかそういうのはわかんないけどさ、なんていうか放っておくのは人間として間違ってるんじゃないかって俺は思うんだよ」

 タパは言った。ドゥラはそういうタパが好きだった。すぐに戻るから先に寝ててくれ、とタパは言いシェルターから出ていった。


 タパが一時間ほどすると戻ってきた。ドゥラは食べ過ぎて苦しく、寝付けないでいた。タパは少し高揚しているようで頬が赤かった。

「なにかあったのか?」

 ドゥラはタパの様子を見てそう言った。

「ああ、罠を回収している時にさ、森の中で人間のいた痕跡をみつけた。罠を仕掛けている時は気がつかなかったけれど、初めは俺たちの残した跡かと思ったがどうにも違うようだった。後をたどるとどうも崖から川に降りてさらに北上しているみたいだ」

「何人だ?」

「おそらく少数、二人ってとこかな。暖を取るために森の中で火を起こした感じだ。ここからは木々で煙は見えない。まだ新しかったから昨日の朝ってところかな」

「じゃあ俺たちが森で罠を仕掛ける直前か」

「そうなるな。シェルターはなかった。食事の跡もなかったしな。危険はないが、逆に向こうの方が迷ってるか窮地に陥ってるんじゃないか?」

「こんな変な場所で迷うか? 今まで人に会ったことなんてなかったろ」

 ドゥラが聞いた。

「まあな、まともな人間じゃないかもな。密猟者かそんなとこだろ。危険かもしれない。どうする?」

 タパはドゥラに聞いた。タパは危険はないといったが、そうなのだろうか? だがもし道に迷っているのなら助けた方がいいだろう。

「タパの判断にまかすよ」

 タパはドゥラが考えていたことを察しているようだ。

「明日はそいつらを追うよ。放っておけないしな」

 二日間も離されているのに追いつけるものなのだろうか。その夜は外が気になってなかなか寝れなかった。人の気配がしてシェルターをでるが闇が広がっているばかりだった。

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