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神の頬に触れるような気持ち  年代記第六章  作者: ヌメリウス ネギディウス


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五章 老人と死神 2 Be careful what you wish for

 普段とは違う鐘の音によってその悲しい知らせはもたらされた。昨日までタパからそんな話は一切出ていなかったので突然のことだったのだろう。火薬塔にある鐘は正午と夕方六時に鳴らされる。他にはドゥラは聞いたことはないのだけれど、何か緊急の警報時に激しく鳴らされる場合と、誰かが亡くなった場合に静かに間隔をあけて鳴らされる。いわゆる弔鐘と呼ばれるものだ。ドゥラは後者の聞きなれない鐘の音で目を覚ました。

 母親が部屋に駆け込んでくると「早く起きなさい、ハンスさんが亡くなったそうよ」とドゥラに告げた。ドゥラは顔だけ洗うと朝ごはんも食べずに家を飛び出してタパの家へと走った。長い雨季がようやく終わろうかという頃だったが、夜半過ぎに降っていた雨のせいか地面はひどくぬかるんでいた。タパの家は墓場の近くにあり、自分の家のように毎日のように訪れている。葬儀は村では自宅でやる習わしになっており、タパの家にかけつけた時はすでに村人が何人か訪れていて入り口で葬儀が始まるのを待っていた。ドゥラは家の中に入ると、中では無言で葬儀の準備が行われていた。全てのカーテンが閉ざされ色々な場所でキャンドルに火が灯されている。中はタパと母親が正装し準備をすすめていた。ドゥラも一応は新しい白いシャツを着てきた。ドゥラはタパの母親に挨拶をすると、

「手伝うよ、何をすればいい?」

 とタパにきいた。タパはどこか心ここにあらずといった様子だったが、ドゥラが入ってきたら急に父親の死を実感したのか膝から崩れ落ちた。ドゥラはそんなタパを椅子に座らせた。タパの父親はベッドに裸で仰向けに寝かされていて、胸まで毛布がかけられている。タパの母親が作ったパッチワークのキルトだ。タパの父親は深く眠っているようにみえるし、まだ生きているみたいにもみえる。枕元には葬儀で使う品々が並べられてらいる。早朝に市場へ行って買い求めてきたのだろう。タパの母親が桶に汲んだ水でハンスの身体を拭いている。続けて剃刀を持ってくると慣れない手つきで髭を剃り落としていく。自慢であった灰色の髭は全て綺麗に剃り落とされてしまった。

「タパ、こちらへ来て手伝いなさい」

 母親はぼんやりと見ていたタパを呼び寄せる。ドゥラは近くに寄り添う。母親はギー油(ヤギのバターを溶かしたもの)を父親の身体や髪に塗り始める。

「予兆みたいなものはあったのか?」

 手伝うタパに小声で話しかけた。首を振るタパ。「だけど…」なにかを話そうと口を開いたが、声は途中で途切れ再び続くことはなかった。

 市場で買った竹竿、ヤシ網、白色の綿布を組んで死者を運ぶ台を二人で作る。台が出来たら胡麻、大麦の種子、トゥルスィー樹の葉、ダルバ草を撒き、頭を北に向けて横たえられる。残ったヤシ網で体を縛り、ほんの少しだが金、銀、珊瑚、真珠などをメボウキの葉で包み母親が遺体の口の中に詰めた。死体に白い布をかけて赤色粉と花を撒き散らす。これで準備は整った。

 台の前をタパが、後ろをドゥラが持つ。かなりずしりとする重さだ。火壼を持った母親が先導する。家を出ると慎重にゆっくりとした速さで火葬場まで運んでいく。焼き場は中央広場を抜けた先の川沿いにある。参列者は後についてぞろぞろと列をなして進んでいく。もちろん途中から参加することも可能なので、皆手に花やお酒などを持ち列に加わった。

 川沿いに一旦台を置く。ドゥラは肩も腕もかなり痛かったが、神妙な顔つきのまま死体の隣に立っていた。そこで皆が最後のお別れを行う。酒や食べ物、花など各々持ってきたものを台の上に置いていった。それらは全て故人のためのもので、食事は全て故人の家の者が皆に振る舞うことになっている。

 母親がハンスの口内にギー油を注ぎ入れた。タパは台の下に薪を入れると母親が持ってきた火壺から火種を移した。タパが薪の調整をする。火が安定したらタパはその場を離れ食事の手伝いをする。

 食事の準備を進めていく。といってもそんなに豪華なものではない。料理はプサロスパと呼ばれるシンプルな野菜と白身魚のスープである。タパの母親が大鍋で調理を行い、タパとドゥラもそれを手伝っている。にんじん、じゃがいも、玉ねぎ、セロリなどを煮込み魚を入れ、青ネギや生姜ニンニクで臭みを取り除き、塩、オリーブオイル、レモンなどで調味する。酒が振る舞われ、他の参列者たちは遺体を焼くのを見ながら車座になって座る。皆陽気に笑い合い話が尽きることはない。故人を偲ぶのではなく、楽しく明るく送り出すという考えに基づいているからだ。子どもたちがシャボン玉を飛ばし走り回っている。

 皆食べ終わると挨拶を交わし帰路に着く。ハンスの遺体はまだ焼き続ける。完全に焼けるまでは一日以上かかる。薪ではそれ程の火力が得られないからだ。以前は寝ずの番として誰かが残ったものだが、今はその風習は廃れてしまって、そのまま放置されることが多く、墓守が数時間おきに見回りをすることになっている。数日後に焼き場跡から遺灰と遺骨を集めにいく。辺りは川べりの岩場なので火事の心配はないが、墓守はタパの家の仕事なので今回はタパ自身が見回りを行うみたいだ。

 タパの家族はそのあと祖霊祭(シュラッダ)と呼ばれる先祖や家族に感謝を捧げる喪に服す期間が設けられている。十日間、他者との接触は禁止され家から出ることは許されない。

 ドゥラは帰り際にタパに「明日早朝に来れないか? 森に行きたいんだが」と耳打ちされる。ドゥラは少し驚いたが、うなずくとそのまま言葉は交わさずに帰った。十日間の祖霊祭はもちろんタパも同様だ。無視することはできない。ドゥラももちろん学校がある。タパもそんなことは百も承知だろうしその上で森へ行かなくてはならないのだろう。理由はその時聞けばいい。タパを支えなければいけないのだと親を説得することもおそらく可能だろうし、普段優秀な成績を納めているので多少の融通がきくだろうが色々考えたが面倒臭くなってやめた。あとのことはなるようになるだろう。

 次の日、まだ日が昇らないうちにドゥラはタパの住む家を昨日と同じように訪ねた。森に行くと言っていたのでいつも森に入る際に持って行くリュックに必要最低限のものを詰め込んだ。ドゥラが家の前に着いた時にはすでにタパは準備は整っている様子だった。見た感じなぜかまるでピクニックに行くかのようで、タパに悲壮感なんてものは何もない。

「(遺体が)焼けるのを見ておくのはもういいのか?」

「ああ、それも関係するんだけど、一緒に来てくれ」

 タパはすぐに森へ入るわけではないらしい。空の布袋を持つとドゥラを連れて火葬場へ向かった。川沿いの火葬場は昨日と打って変わって人気(ひとけ)はなく、川のせせらぎが聞こえるだけでひっそりと静まり返っている。タパの父親の遺体はほとんど燃えて黒く燻っている。タパは近づくとちゅうちょなく手を突っ込み、臀部の骨部分を取ると袋の中に入れた。まだ皮や肉、筋組織が残っている。骨と灰になることはなく、肉がまだ十分に残っており、辺りは焼けた香ばしい肉と脂の匂いが漂っている。

「完全には焼けないものなんだな」

 タパは不謹慎なことを言ったがドゥラも同じことを思っていたのであえてなにも言わなかった。骨は数日後壺に入れられ共同墓地に埋葬される。タパの父親も共同墓地にお墓を用意されていた。

「遺体の一部が必要なのか?」

「ああ」

「生前、父親がさ、もし死んだら遺体の一部は森の祭事場で燃やしてくれないか? って言うんだよ」

 タパはそのまま北門へ向かう途中で目的地について教えてくれる。タパが言うには森の奥に祭事場という火葬場があるらしい。昔は村の人も森の奥で火葬していたそうだが、元々は壁外の集落が使っていた場所だったそうだ。タパの一族は元々は壁外の人間だったそうなので、森の奥で火葬して川に遺骨を流して欲しいと言われたらしい。

「俺さ、びっくりしちゃってさ。なんでそんな縁起でもないことを言い出すんだ? ってさ。言い返すこともできなかったんだよ。どうも父親の父親、俺のおじいちゃんも森の奥で火葬して川に骨と灰を流したらしい。その前もその前も。今思えば自分の死期を悟っていたからそんなことを言い出したのかもしれないな」

「その火葬場っていうのは、おまえは行ったことがあるのか?」

「ああ、一度だけな。そこに行った時にその話を聞かされたからな。そこに案内するのが目的だったんだと思うよ。他になんだか色々理由はつけていたけどさ」

 ドゥラが聞くとタパはそう答えた。火葬場をなぜわざわざそんな森の奥に作ったのかそこが神聖な場所で来世を約束されるだとか、単純に村の中に死を持ち込ませないためだとか色々と説はあるがはっきりとはしないそうだ。今は火葬場へ行くことはおろか森に入ることさえ禁じられているため今や火葬場のことを知る者はいないだろう。ドゥラも本でそのような場所があることは知っていたが実際にどこにあるのかは知らない。

「父親の最後の願いだからさ、叶えてやりたいと思うんだよ」


「明日からはおまえが墓守りをするのか?」

 ドゥラは道すがら聞いた。

「ああ、でも親父はいろいろとやってたからさ、すべてを引き継ぐことはできそうにない。墓守りの仕事は昔からやってるからさ、問題ないんだけれど、これ」

 タパは鍵を見せた。

「これ幽霊塔の裏口の鍵らしい。俺が管理しろだとさ」

「建設王には知らせたのか?」

「親父が死んだことをか? もちろんまだだよ。手紙を書かなきゃな。親父は定期的に建設王とは連絡を取り合っていたようだけどな」

 タパは北門へ到着する前にアルバーン通りを右側に折れ居住区に入った。猥雑な裏路地を抜けて行く。オースティン通りは通らずに幽霊塔近くに建つ女性の塔を目指す。そこには二人が秘密の通路と呼ぶ壁の外へ出る抜け穴がある。見つからないように板を敷き上に土や草をかぶせて入り口は隠してある。火薬塔の見張りからはこの秘密の通路を通ると丸見えなので使える時間は限られている。朝早いのでまだ火薬塔には誰も来ていないだろう。

「なぁタパ、俺たいした荷物を持って来てないけど大丈夫なのか?」

 ドゥラは聞いた。タパはかなり大きな荷物を背負っている。

「何を持っている?」

 ドゥラはカバンを開けてみせる。いつも穴を掘りに森に入っていたので着替えや行動食など最低限の荷物は揃っていた。

「それだけあれば十分だよ。さぁ行こう」

 タパは辺りを見回し誰もいないことを確かめると壁の下に開けた穴に体を滑り込ませ壁外へと出た。続けてドゥラが穴を通る。壁の近くは草木が伐採されて見通しが良いため、板をなおしカモフラージュをすると急いで森の中へ走って入った。なぜコソコソするときは中腰になるのだろう? ドゥラはそんなことを考えながら走った。

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