表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神の頬に触れるような気持ち  年代記第六章  作者: ヌメリウス ネギディウス


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

38/81

五章 老人と死神 1 Be careful what you wish for

間が空きましたが、五章をアップします。アップする量はまとめてではなく毎日一節に変更しました。この章は十節ぐらいかな。読んでもらえると嬉しいです。

親愛なるビジャン・オースティン様


 王都での暮らしにはもう慣れたかな? 

 お前が王都へ旅立ってからもう一年も経ってしまった。一年も経って慣れたかなんて何いってるんだ、て感じだろうね。手紙を書くよ、と俺の方が言っておきながらなかなか書けなかった。忘れてたわけじゃなくてずっと喉に小骨が引っかかっているような感じだったんだ。書かなければと思えば思うほど書けなくて、何度も挑戦したけど納得いかなくて出しそびれてしまって。まあ言い訳はこれぐらいにして今回は言わなければいけないことができたのでやっと重い腰を上げたわけ。

 その大事な話はあまり快いものではないので、もう少し無駄話に付き合ってくれ。一度書き始めたらあれも書かなきゃ、これも書かなきゃと思うからさ。この一ヶ月は本当に色々あって、しかもその色々も現在進行形なので、途中報告という感じになるかもしれないけど。

 こちらはもうじき収穫祭の季節だ。例によって王立騎士団が来る時期がやってきたから金魚の糞みたいに隊商(キャラバン)がきて村は騒がしくなってきているよ。今年は中央広場に大きなテントを張ってコールスカンプからサーカスが来るんだ。村のみんなはそれを心待ちにしている。ビジャンはサーカスって見たことがあるか? 俺は初めてだ。見たことのない動物もたくさん来るらしい。王都では毎日のように楽しいことがあるのかな。知っての通り村は娯楽がないからとても楽しみにしているんだ。

 今年はやけに雨季が長くて気が滅入る。どこもかしこも湿っていて太陽もほとんど姿を見せない。なにより雨が降っていると森へは入れないからね。とても退屈だ。まぁ本当は雨が降ろうがなんだろうが森へは入っちゃダメだけどさ、それは目をつぶってくれ。 

 まぁこの手紙もキャラバンの人に渡すつもりなのでお前の手元に届く頃には相当月日が経っていることだと思う。キャラバンの人はいつもお前が本を買っていた人だ。

 月日が経つのは本当に早い。こんな何もない村でもそう思うんだ。そっちはもっと早く感じるんだろうなと想像している。この一年で俺はそれほど変わりはないのだけれど、タパは見るからに逞しくなっている。体も一回り以上でかくなっているんじゃないだろうか。「男子、三日会わざれば刮目して見よ」って言葉があるだろ。あいつは身体だけでなく色々と変わりつつあるようだ。お前が王都へ行ってから急に俺に勉強を教えてくれとか、どんな本を読めば良いんだ、とか聞いてくるようになって今では俺より読書家になっている。時々俺でも読まないであろう本を読んでいたりする。人間は誰でも才能を持っているし、それを伸ばして成長することができるんだろうね。なによりタパはおまえに会った時に恥ずかしくない自分になりたいんだと思う。俺も負けていられないと思うよ。

 ああ、これも報告なんだけれど図書館の管理は今俺がやっている。お前も司書もいないので放っておくわけにはいかないだろ。初めは仕方なくだったけれど、今では楽しんでやっている。驚きだろ? 魔窟って呼ばれているあのひどい蔵書庫も片付けようとしてネズミや蜘蛛と毎日格闘してる。あまりにも図書館を誰も利用しないから休みの日は出張図書館を始めた。そこで俺が子どもに読み聞かせしてるんだぜ、笑っちゃうだろ。なかなか悪くない思いつきだとは思わないか? 


 ある日、老人は森の中で焚き木を集めそれを背負い長い道を歩いています。焚き木は重く、帰る家は遥かに遠く、老人は疲労困憊し心底嫌になり座り込み途方に暮れてしまいます。とうとう背中の荷を放り出し、「ああ、もうなにもかもいやだ、死んでしまいたい」と願いました。すると突然死神が現れ、「私を呼んだのはお前か」とたずねました。老人は慌ててこう答えました。「おお、ちょうどいいところに来てくれました。この荷物を背負うのをちょっと手伝ってくれませんか」


 この話を読み聞かせでした時、「意味がわかんない。もっとハラハラするような戦いの話をしてよ」と子どもたちはリクエストをしてくる。まったく腹が立つね。子供は無邪気だとかいうの、あれは嘘だと思うんだよ。わかっていて誤魔化したり、嘘を言ったりするだろ。顔を見ればわかるからその辺はまだ子どもなんだなとは思うけど。

 俺は昔からこの話が好きで、まぁいろいろと解釈の仕方はあるのだろうけれど、人は叶ってしまうと困るようなことは望んじゃいけないっていうことだと思う。自分が望むものについては慎重にしろっていう教訓なんだろうけど、人間ってそんなに慎重に選択なんてできるのだろうか? もしも自分がこの老人だったならはたしてどのような選択をしただろうか? とそんなことを考えるのは楽しい。そういやこの話を教えてもらったのはお前からだった。お前は覚えてはいないかもしれないけど。


 まとまった時間があるときはタパと一緒に森に入っている。一応さ、建設王の生家なんだけど、ここではないかという場所を特定した。今は整地をしている状態だ。整地というかただひたすら穴を掘っているだけなんだが。なんでお前がいないのにそんなことをしているのかと思うかもしれないけど、俺はお前が村に帰って来た時に俺たちだけで一緒に過ごせる秘密基地があったらどんなに素晴らしいかと思ってさ。正直に言うとこの素晴らしい思いつきは俺の発案じゃなくタパが言い出したことなんだけれどな。

 タパは、最近タパと呼ぶとヘルベントと呼べとうるさいんだが、まぁ慣れないね。二人で黙々と穴を掘る作業はわりに楽しい。さしずめ今の俺に二つ名をつけるなら「穴掘り王」かもしれない。これは偶然なんだろうけど最近読んでいる本が穴を掘る男の話だったんだよ。お前も興味があるなら探して読んでみるといい。かなり面白かったよ。

 その本によるとある都市の拷問ではまず何日もかけて穴を掘り───ちょうど今の俺たちのように───そして穴を掘り終わったらその穴を埋めるらしい。それをずっと続けるそうだ。人は目的がないと気が狂うらしいね。考えた奴はすごいと思うよ。でも逆に穴掘りに魅せられたやつもいて、十四歳の少年が家の裏に穴を掘り六年後に立派な秘密基地を作った話もあった。初めはどうでもいいことで親と喧嘩をして怒りに任せて困らせるつもりで庭に穴を掘っていたが、いつしか面白くて仕方なくなり自分が怒っていたことさえも忘れて穴掘りに没頭したそうだ。それを六年続けたらしいよ。その気持ちはわかる。きっとそいつは今でも穴を掘り続けていると思う。


 かつてその場所に家があった痕跡は何も残ってないから、もはやゼロから始めているのと何ら変わらないんだ。作業は恐ろしく大変で全然進まないのだけれどビジャンが帰ってこれる場所を作る、その一心で俺たちは毎日穴を掘り続けている。

 タパはつるはしを大きく振りかぶり地面に突き立てる。積もり積もった土砂は固く石のようで、何度もくじけそうになりながら黙々とつるはしを振るいつづける。俺はタパが柔らかくした土をシャベルですくい、外へかき出す。それを延々繰り返す。滝のように吹き出した汗が目に入り滲みる。先の見えない作業だったけれど何も考えずに手を動かし続けることは心地よいんだ。少なくとも目的があり意味があるからね。三メートル掘るのに週に十四時間費やしてる。前に横穴を掘った時は比較的楽に掘れた。土がそれほど堅くはなかったし、石もなかったからだ。だが今回は石が多く、ちょっとやそっとじゃ動かすことはできないし、地道に砕いてまわりに放り投げている。川まで捨てにいかなくては土同様雪崩れて中に落ちてくるので、捨てに行くべきなんだが面倒臭くて行ってない。土も粘土質で石のようだし、シャベルの先がえぐれてしまった。粘土と石以上に厄介なのが植物の根だった。地中深くまで根を張りいくら引っこ抜こうとしてもまったくびくともしない。二人がかりでひっぱっても無理だった。どこまで掘り返しても根は続いているんだ。

 作業をしていると否が応でもお前のことを思い出す。お前は親にバレて四六時中監視がつくようになったからなかなか家を抜け出せなくて森に行けなくなっていたけれど、あの時は結局三人で探した建設王の生家は見つけることは叶わなかったな。あんなところで喧嘩なんてするべきではなかったとは思うけど。悪かったな。ずっと謝りたいと思っていた。お前は今でも根に持っているかもしれないが。俺は思わず怒鳴ってしまったけどあれは自分自身に対しての苛立ちもあったんだと思う。なにせ俺たちは子どもだ。親の庇護がなければ何もできやしない。お前が森の中で家に帰らず一人で生きていくとか言った時、鼻で笑ったが申し訳なかったよ。それが現実的ではないことぐらいお前が分かっていないわけないしな。分かっていても言い出さずにはいれなかったお前がどれだけ追い込まれていたか、俺たちは気がついてやれなかった。喧嘩別れのような形でお前が王都へ行ってしまったのは今でも後悔している。あの父親に頭を下げてでも王都へ行かせてもらうように頼んだんだ、お前の決意は相当のものだったんだろう。お前はこの村がもう好きではないかもしれない。けれどそれでも俺たちはお前が帰ってくるのを待っている。


 だが穴掘りはしばらく中断だ。もちろん飽きたわけでも頓挫したわけでもない。(正直に言えば穴掘りはもううんざりだけれどね)それには訳がある。タパの父親が亡くなったからだ。今回話さなければいけない大切な話。葬式はすでに済ませた後なんだけど、その話をするとまた長くなりそうなので続きはまた書くことにするよ。肝心な話を書くまでいかなかったね。

 村には何もないけれど、それがいいとは思わないか? まぁ俺はここしか知らないけどさ。また三人で遊べたらどんなにいいだろうと思う。こういうのは失くなって初めて気がつくんだね。あの輝かしい日々が再び戻ることを俺は心から願っている。


 そろそろ終わりにするよ。また手紙を書くよ。また会える日を楽しみにしている。今度はお前の方の話も聞かせてくれれば俺は嬉しいよ。


 追伸 これを書いているのは実は森の中なんだ。タパと二人で葬式の後にかなり奥地にまで来ている。おまえにも森の夜が明ける瞬間を見せてやりたい。この世にあれ以上に美しいものを俺は知らない。


                                      ドゥラムリア ジョー


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ