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神の頬に触れるような気持ち  年代記第六章  作者: ヌメリウス ネギディウス


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四章 彼女は私に空の飛び方を教えてくれた 9 She Taught Me How To Fly

「ドゥラムリアはいいのかい?」

 ビジャンは聞いた。

「ドゥラでいいよ、ビジャン」

 ドゥラは言った。

「俺は別に構いやしない。ビジャンさえ良ければな」

 ドゥラは机に置いていた鍵をビジャンに手渡した。

「一人になりたかったのはこれを読みたかったからだよ」

 ビジャンはカバンの奥から大切に紙に包んだ本を取り出した。それをドゥラムリアに渡す。

「ドゥラにそれを貸すよ。読んでくれ」

 ビジャンは自分でも驚いていた。初めて自分が楽しいと思うことを人と共有したくなったのだ。ドゥラムリアは本を受け取ると丁寧に扱い中を見る。

「これは、すごいな。どこでこれを?」

「建設王にもらったんだよ。まだ未完成の試作品だって」

 どこか自慢げに聞こえてしまったかもしれない。

「本人が書いたんだな。これは…」

 ドゥラは本の世界に入ってしまい集中している。

 タパが言う。

「こうなっちゃうとこいつ人の話が聞こえなくなるんだよ」

「タパも読む?」

「まさか」

 タパは手を左右に振った。

「字を読んだり書いたりするのが苦手でさ、聞いてりゃわかるんだけどな。読んでもいまいち理解できないんだよ。父親は本を読めっていうんだけど俺がそんなもん一冊読み切ることができっこないだろ。三行読んだら飽きて集中力がなくなっちゃうんだ」

 色々な人がいるのだな、とビジャンは初めて知る。無理に勧めても無意味だと思いそれ以上は勧めなかった。

 ドゥラが本を読んでいる間───ビジャンもまだ読んでいないのでその内容はとても(、、、)気にはなったのだが───タパとおしゃべりをして過ごした。ここを発見した時は鍵が差しっぱなしで中は何も置かれていなかったらしい。少しずつ家具を揃えるのも楽しかっただろうな、とビジャンは思った。

 どうもここは大聖堂の下に位置するようだ。入ってきた水路からするとそれほどの距離はないが直線ではないので少したどり着くのに時間がかかるのが難点だそうだ。この部屋が何のための部屋だったのかわからないが───ドゥラの推測は的を得ているように思うが───今現在村で誰もこの部屋が存在していることを知る者はいないようだ。反対側にもう一つ扉があるのだが、ビクともせず封印されているらしい。鍵はかかっていないようだ。正規の入り口はそちらからなのだろうが。扉は鍵がかかっていないが押しても引いても開く気配はない。一度大聖堂の中にこっそり潜入しこの部屋への入り口を探したが、地下へ通じる道はなくわからなかったらしい。

 すっかり遅くなってしまった。秘密基地から隧道をたどり水路に出た頃にはすっかり日が暮れていた。石を元の場所に戻す。家に帰り服がひどく汚れていて何か言いとがめられるかと思ったが特に何も言われなかった。きっと祖父は自分に興味はないのだろう。


 その日はドゥラと二人だった。ドゥラは学校の勉強をしている。ビジャンは持ち運んできた本を本棚に並べていた。そのどれもが宝物だ。隊商から買った心踊る素晴らしい本たちだ。建設王にもらった本はその中でも燦然と輝いていた。もうすでに読み終わり何度も読み返していた。

「タパが言ってたんだけど、こういう場所を村の中にいくつも持ってるって本当なの?」

 ビジャンはドゥラに聞いた。ドゥラは顔を上げずに答えた。

「シェルターで残ってるのはここだけなんだと思う。他も調べたんだけど。俺たちだけの秘密基地で、ちょっとした横穴とか床だけ作って放置したのを秘密基地というならいくつかあるが、これだけきちんとした施設はここだけだよ。タパは話を盛るからな。話半分で聞いてくれたらいいよ。前にツリーハウスを作ろうとしたけど途中で断念したんだよ、塔も薄気味悪いし鼠がいるし誰かに見つかったらことだしな」

「今日タパは?」

「家の手伝いらしい。後で来るって言ってた」


「気のせいなんだろうなとは思うんだが」

 ドゥラは少し眉間に皺をよせ小声で言う。

「何かあったの?」

 ビジャンは言った。

「ああ、ここに入る横穴に立てかけてある石があるだろ? あれの置き方がいつもと違ってたんだ。あの石を動かすのはタパか俺がやってたろ、ビジャンは触ってないしな」

 一人で使って良いと言われたが、まだ一人でここにきたことはなかった。

「まぁ、あの横穴、子どもじゃなきゃ入れないだろうしここの鍵もないから誰か入るなんてことはないとは思うけど」

 ビジャンはどこか引っかかるものがあった。

「それと関係あるかはわからないけど、あの塔なんだけどさ、明らかに新しい痕跡があるんだよ、まぁちょっと気になったってだけだけど。それよりさ、本読んだんだよな」

 本とは建設王にもらった本のことだ。

「ビジャン、教科書は『建設王の最期』を底本に書かれているのは知ってるよな」

 『建設王の最期』は一言一句全てを暗記しているほどに読み込んでいる。ドゥラは続ける。

「現建設王の功績が実際にはほとんど違っていたのに驚いたよ。中にはまったくでっちあげられたものもあったしな。どの戦役も多くの犠牲が出て常にギリギリの勝利であったようだし。圧倒的な力で制圧して華々しく余裕あるものって習ってきたけど実際には泥臭く目をそらしたくなるような悲惨なシーンが多かったね」

 ビジャンも同意見だった。ドゥラは後半の戦役について書かれた部分が好きなようだけれど ビジャンは前半の村で過ごした幼少期の話がとても気に入っていた。幼少期の話はとてもロマンティックだった。ちょうど今のビジャンと同じ年頃だったせいで感情移入したのだ。美しい村の様子が描かれ情景が目に浮かぶようでビジャンは心がざわざわと揺れた。照れ臭くてドゥラには言えなかったけれど。

 二人で感想を語り合うのは本当に楽しい瞬間だ。ドゥラは自分が思っても見なかったところに感動したと言うし、共感できる部分、なるほどそういう見方ができるのかと驚かされるところも沢山あった。

「彼の幼少期の話はどこにも発表されていないものだよな、ビジャン。すごくないか? 建設王は俺たちと何ら変わらないどこにでもいる少年なんだよな」

 ドゥラの言う通り建設王は世間一般で知られている聖人君子像とは違って人間味のある姿で描かれていた。

「村の外に住んでいたなんて一言もなかったしな。こんな辺鄙な村に毎年のように来るのもおかしいと思ってたんだ」 

 ドゥラは言った。それを受けビジャンが答える。

「タパが来てから言おうと思ってたんだけど、僕が気になったのは建設王の生家についてなんだ。ちょうど幽霊塔から北西の森の奥、川が見える手前にあったと記述されてた。当然壁の外だろ? タパと塔の上に登ってからずっと思っていたことなんだけど今どうなっているか気にならない?」

 

 タパが扉を開いて入って来る。

「なぁ、頼んでいた件どうなった?」

 開口一番タパは言った。

 一体何のことだ、という表情のドゥラ。前にタパが自分の二つ名を何にするかビジャンに決めて欲しいと頼んでいたのだ。

「なんとか王てのが一番いいよな。建設王、肋骨王、獅子心王なんて最高だろ?」

 タパが言った。

「さしずめ墓守王か?」

 ビジャンが言った。

「それはカッコ悪いよ。センスないなビジャン」

「お前は遅刻王だよ」

 ドゥラが横から言う。ビジャンは笑った。

「でもどうせならクリーチャーを倒して二つ名をもらったほうがいいかなとも思ってる」

 タパは真剣な顔をして言った。

「ヘルベントはどうかな?」

 ビジャンは言った。とっておきのやつだ。

「いいな、それ」

 タパとドゥラムリアが同時に言った。   

「意味はなんなんだ」

 とタパが聞いた。

「不屈の決意を持つって意味だよ」

「俺にぴったりだな」

 タパは言った。

「おまえから不屈の決意なんて聞いたことないぞ」

 ドゥラが言った。 

「これからあるんだよ、俺の不屈の決意とやらは」

 ビジャンは二人のやり取りをニヤニヤしながら見ていた。とても楽しくてビジャンはどうしようもなかった。この瞬間がずっと続けばいいのにと思う。

九月分です。毎月三十日に一章更新。

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