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神の頬に触れるような気持ち  年代記第六章  作者: ヌメリウス ネギディウス


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四章 彼女は私に空の飛び方を教えてくれた 7 She Taught Me How To Fly

 人通りが少ないとはいえ、ないわけではない。ビジャンはバランスをとりながら歩き、肝を冷やした。足元を親子が歩いている。もし頭上をみたら子どもが二人、壁の上を歩いているのだ。きっと悲鳴をあげるだろう。

 幸い気づかれず親子はいってしまった。歩いている内壁は幽霊塔に繋がっていて、反対側からは再び壁が伸びている。

 タパは板張りされている窓を窓枠ごと引き外す。ダミーで簡単に外れるように細工してあるらしい。一つ気になったのは帰りのルートだった。もしかして女性の塔に壁から飛び移るのか? とタパに聞いたら帰りは地下に通路があってそこから地上へ出られるらしい。しかし出た先が問題で、どうも森側、壁の外に出るらしい。どういう意図で作られたのかはわからないが、村側へ出る通路も存在し、そちらは瓦礫で塞がっていて通れないようだ。撤去しようとタパも試みたそうだが途中で諦めたらしい。壁の外から村の中へ入るにはタパとドゥラムリアが秘密の通路と呼んでいる箇所を通るらしい。詳しくは教えてくれなかったが壁を登るよりは幾分マシだということだ。問題はもし見つかってしまうとかなりまずいらしい。秘密の通路は元々は門があった場所で、どういう経緯で門が潰されたかはわからないが、新たに壁が造られたらしい。そこだけよく見れば壁が新しくなっていることがわかるらしい。壁の下はトンネルが掘れないようにかなり深くまで石が埋まっているのだが、その急造の壁の下は石が埋まっておらず、そこをタパとドゥラムリアは掘ってトンネルを作ったらしい。そのトンネルに向かうために森と壁の間にある丸見えの緩衝地帯を見張り塔からみつからないように走っていかなくてはならないらしい。なので日が暮れて見通しが悪くなるまで待たなくてはならず、日中この方法を使って塔に入ることができない。行きは必然的に女性の塔を登るルートを取らざるを得ないらしい。

 窓から体を押し入れ中に入ることに成功する。頭上を仰ぎ見ると上階の床の隙間から光が矢のように射し込んでいるのが見える。おそらく塔の最上階部分が崩れて日光が入ってきているのだろう。辺りは昼だが真っ暗で、目が慣れるまでしばらく時間がかかった。

「そこ、あまり体重をかけるなよ、床が抜けるから」

 床はどこを歩いても断末魔のように軋み、木が腐りかなり危険だった。入った二階は吹き抜けで一階下を見ることができる。階下を見ようと一歩前に出ようとしたが、落ちてしまいそうで怖くてかなり慎重に身を乗り出して下を覗き見た。下は瓦礫がうずたかく積もっている。塔を回るように螺旋階段が上下に伸び、入り口は外からと同様に板が打ちつけられまた、前にある瓦礫のせいで扉は開きそうになかった。瓦礫は火事のものだろうか、塔の中は黒焦げで腐った梁が散乱している。

「上へ行こう、見せたいものがあるんだ」

 タパはそう言うと階段を登っていく。一箇所階段の踏み板が腐って真ん中に穴が開き、端をそっと通らなければならない箇所があった。

「あ、そこ気をつけて」

 塔がそもそも立ち入り禁止になったのはここから少年が落ちたかららしいが、聞くところによるとそう話すタパ自身が落ちたのだと答えた。原因はタパだったのだ。ひどい骨折をしたらしいがすぐに治ったらしい。危険だったのはそこぐらいで、やたらに暗い以外それほど怖いという印象はなかった。壁際には窓があり、ビジャンはそっと外をのぞいてみる。夏が終わり日が短くなってきているのか夕暮れが近い。あまり窓際に近づいて誰かに目撃されては厄介なことになる。その時、ああなるほどとビジャンは思った。例の幽霊騒ぎの発端は数年前に塔の窓際に人影が見えるという噂からだった。案外その人影はタパとドゥラムリアだったのかもしれない。人が近づかないように前より厳重に封鎖されたのはそのせいだった。封鎖後もほとぼりが冷めると二人はこの塔にきて探検していたに違いない。彼らからすれば怖がって誰も近づかない方が好都合だったろうし。それで幽霊塔で肝試しをして幽霊を見たと言って回っていたのかもしれない。

 塔の三階は火事となった現場だったらしく雷が窓際に落ちたのだろうかその部分がひどく焦げていて穴が開いている。階下から見えた光はこの穴を通して見えたのだろう。床は煤で真っ黒だった。これだけ高い塔だ、雷が落ちたのも頷ける。部屋の壁もすべて壊されていて柱が立っているだけだ。見通しが良く、案外広い。ビジャンが奥へ進もうとするとタパがそれを止めた。

「床が脆くてここは入らない方がいい、落ちたら助からないよ」

 ビジャンは素直に忠告を聞くことにした。塔の探検が楽しくてすっかり塔に来た目的を忘れていた。だが、一人で過ごし、本を読む場所を見つけることだったがその願いはこの塔と同じく脆く崩れ去ったようだ。上の階も似たり寄ったりで人が住んでいたような痕跡は何もなく煤がひどく埃っぽい。窓から吹き込んだ雨と雨漏りのせいかどこも腐っている。そこかしこに蜘蛛の巣が張り巡らされていて顔や肩にまとわりつくし、信じられないぐらい大きな蜘蛛が我が物顔で何匹もいて閉口した。向こうからしたらこちらが招かれざる客なのだろうけれど。

「この塔は今誰の持ち物なんだ?」

 ビジャンは聞いたがタパは知らないらしい。

「そこらへんはドゥラが詳しいから今度聞いてみたらどうだ?」

 タパは言った。まぁそんなにどうしても知りたかった訳ではない。聞いてみただけだ。

 闖入者である二人は階段をあがり塔の頂上を目指す。手すりが脆く、手をかけた瞬間外れそうになりヒヤリとした。頂上付近には鐘楼だったなごりか大きな鐘となにやら複雑そうな歯車や部品がいくつも床に散乱していた。どれも錆び付いている。二人はそれらを避けながら塔の頂上にでる階段を登る。頂上の半分は崩れ落ち、中に陥没し斜めになっていたが、崩れ落ちるということはなさそうだ。なんとか塔の最上階テラス部分にでることができた。

「この景色を見て欲しかったんだよ。苦労してでも塔に登る価値はあるだろ、ビジャン」          

 タパが自分の手柄のように言った。それは言葉にできないほど美しい眺めだった。森はまさに緑の海のようで、視界の先はどこまでも森が続いている。風を受け木々の枝葉が揺れる様は波のようで夕暮れの太陽が一面赤く染めていた。上空高く大きな猛禽類がのんびりゆったり飛び、小さな鳥の群れは巣に帰るのか一心不乱に飛んでいた。

「彼女は空の飛び方を教えてくれた…か」

 ビジャンは独り言を言った。振り返ると夕食前の村の様子が見てとれる。どこの家からも煙突から煙が上がっている。何か煮炊きしているのだろう。通りは仕事を終え帰宅を急ぐ大人たちの姿が小さく見える。

「あそこを見てみろ、少し黒くなってるだろ? あれが谷になってる場所なんだ。水が流れている川は今はほとんどなくて枯れ沢か地中深くを流れている場合が多い。川は干上がっていても痕跡は消えないんだな」

 同じ景色を見ていても感じる部分が違うのだな、とビジャンは思った。タパは自分の知らないことを沢山知っている。素直に尊敬している自分がいた。

「タパはなんでも知っているんだな」

「俺が? 冗談はよせよ、俺はバカだぜ。胸を張って言うことじゃないけどさ。それにドゥラの方が俺なんか全く敵わないくらいいろんなことを知ってるんだ。きっとお前とも話があうと思うぜ」

「じゃあ今度は三人で来たいな。今日はありがとう、もうそろそろ帰るよ」

 ビジャンは言った。

「ここにきた目的は達成したのか?」

 首を振るビジャン

「なぜそんなに一人でいたいんだ?」

「一人でさ、誰にも邪魔されずに本を読みたいんだよ。あの慰霊碑のある広場もこの塔もどちらもダメみたいだ」

「それを早くいいなよ。それなら明日あけといてくれよな。学校が終わったらいいところへ連れて行ってやるよ」

 タパはそういうとニヤリと笑った。

九月分です。毎月三十日に一章更新。

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