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神の頬に触れるような気持ち  年代記第六章  作者: ヌメリウス ネギディウス


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四章 彼女は私に空の飛び方を教えてくれた 6 She Taught Me How To Fly

 翌日ビジャンは学校が終わった後、図書館には行かずに高い塔へと向かった。建設王の本は気がかりだったがおそらく安全だろう、読む場所の確保が先決だ。人目につかないようにこそこそと行ったのだが結局誰にも会わなかった。前に建設王と会った場所を通りさらに高い塔へと近づく。高い塔の後ろには内壁と外壁がそびえ立ち、さらに見上げるとてっぺんが見えないほど高い塔がまるで村を見張っているようにも見える。塔の入り口の扉へ向かうために門扉を開けようとしたが固く閉ざされていた。少しまわりこみ観察すると坂になった部分がありそこからならなんとか柵を乗り越えられそうだ。それでもかなり高いがなんとか足をかけ登り内側に回り込み地面に飛び降りた。バランスを崩し地面に尻餅をついたが誰も見ていないからかまいはしない。最もガチャガチャ盛大な音を立てていたのでもし誰かが注意を払っていたらとっくに見つかっていることだろう。姿を隠すにはちょうど良い具合に中庭には背の高い雑草が生えていた。アンブロシア、それに良く似たセイタカアワダチソウ、オオバコやヤブカラシなど。秋の気配になり少しは枯れ始めているが真夏だったら入ることもできなかっただろう。入り口の縁石は全て割れ土が露出し、荒れ放題だ。入り口は正面の大きな扉のみのようだが、固く施錠されおまけに板が何枚も打ち付けられている。扉をためしに引いてみたがピクリとも動かない。扉と壁の間には何やら石膏のようなものが流し込まれている徹底ぶりだ。入ることさえできず計画は早くも頓挫した。

「なぁ塔に入りたいのか?」

 突然背後から声をかけられてビジャンは本当に驚き飛び上がった。

「悪い、悪い、驚かすつもりはなかったんだ」

 それはタパだった。

「昨日に続いて変な場所で会うもんだな。最近、ドゥラが誰か中に入った形跡があったって言うから見張ってたんだけど、おまえが中に入っていたわけじゃないよな? ここからじゃ入れないからさ」

 ビジャンはやっと落ち着いて、

「もしかして入る方法を知ってるの?」

 と聞いた。

「ああ、何度も入ってる」

 タパは自慢げに言った。

「この壁を登るとか?」

 ビジャンは聞く。

「それは無理だ、無理だ」

 と即答された。試すことはしたんだ、と呆れたがあえて言わなかったが顔の表情にでてしまったらしい。

「登ることはできるんだが、あのバルコニーのとこに凸凹の壁があるだろ、なんていうかは知らないけどあれ以上上にはいけないんだよ」

鋸壁(きょうへき)

「へ?」

「凸凹の壁のこと。昔はあそこに弓をつがえたって」

「へー、やはり優等生は違うね」

「僕は協調性がなくて友人がいなくて人を見下すことがあるけど優等生じゃない。昨日も言ったけどその呼び名はやめて欲しい」

 タパは笑った。

「分かった、ビジャン」

 タパは素直に従った。

「悪かったな、おまえなかなか面白い奴だな」

 タパは重ねて言った。ビジャンは自分は何も面白いところがない人間だと思っていたのでとても驚いた。何の取り柄も特徴もないどこにでもいる、いやどこにでもいる人間より劣っている取るに足らない人間だ。なのにどこか自分は特別だと思っている。根拠もなにもないのに。やることなすこと中途半端で何者でもない。

「そんなに人に噛み付くな、ビジャン。あのさ、自分が思うより他人てさ、他人のことをなんとも思っていないもんなんだぜ。良くも悪くも皆自分のことしか考えてないってね。なにも注意を払ってないし、なんの関心もないもんさ。まぁこれはドゥラムリアの受け売りだけどさ、あいつも誰かの受け売りだろうけど、俺はなるほどな、と思うんだよ」

 それを聞き、ビジャンはタパを軽く見ていた自分を恥じた。


 人の住まなくなった塔は痛み、手放した直後の落雷により上部が陥没して塔は二度と再建できない状態になってしまっていた。漆喰はもう全てダメになっているので石は非常に不安定な状態でいつ倒壊してもおかしくはない。無人となった当初、塔は村の子供たちの遊び場となったが、不法侵入などと咎められることはなかったのだが、ある少年が階段が雨で腐っていることに気がつかずに踏み抜いてしまい下に落下し骨折してしまった。ケガ人が出たことで封鎖され立ち入り禁止となり今日に至っているそうだ。

 街をぐるりと囲む外壁は強度を増すために二重構造になっている。外壁、内壁と呼ばれ外壁はおそろしく高いが、内壁はその高さは一定しておらず、そのほとんどは外壁と密接して建てられているのだが外壁との間にかなり幅がある箇所もある。壁は地面の下まで埋め込むように作られていて掘って外へ出ることもできないらしい。まぁ好き好んで壁の外へ出る者などいないだろうが。高い塔がどういう経緯でそうなったのかわからないが、内壁を左右で挟む形で立っている。老朽化が進みいつ崩れてもおかしくないので危険なため毎年のように取り壊そうという計画が持ち上がるのだが、所有者の許可が下りず放置されているそうだ。塔から移動しながらタパは塔の歴史を話してくれた。ビジャンが知っていることも多かったが口を挟まなかった。


 高い塔は幽霊が出るという噂がある。タパやドゥラムリアは幾度となく肝試しをやろうと言って入ろうとするのだがすぐに戻ってきていた。もちろんビジャンは一度も入ったことはなかったし、近づいたのもこれが初めてだった。

「最近、塔に誰か入った形跡があったって、心当たりはある? 誰が入ったんだろ」

 ビジャンはタパに聞いた。

「本当にいるのかもしれないな。幽霊が」

 ビジャンは背筋に冷たいものが走り、タパを真剣な眼差しで見た。

「じょ、冗談だよ、ビジャン。心配するな」

 タパはそう言って笑ったが、人が入った形跡があったのは事実なのだ。


 一階の入り口は中も外も板が打ち付けられて入れなくなっているから二階から侵入するらしい。

「塔に入るにはちょっとしたコツがいるんだよ」

 タパはしたり顔で言った。ビジャンはタパに塔の入り方について聞くことにしたのだ。ビジャンは一人で考え一人で行動するのに慣れていたので戸惑いはあったが、少し新鮮でもあった。タパはドゥラムリアも連れて行こうと提案したがそれは遠慮してもらった。道すがら塔への侵入経路をタパが説明する。高い塔から少し離れた所に女性の塔というのが立っていてどうやらそこへ向かっているようだ。女性の塔はずんぐりとしていて丸く変わった形の塔だ。おそらく図書館のある火薬塔と高さはそれほど変わらないだろう。中には資材などが入れられているらしい。昔から女性の塔と呼ばれ、他に正式な名前があるはずだがビジャンは知らなかった。由来もわからない。案外女性の体型に似ているとかかもしれないがそれだとかなり失礼にあたるのではないかと思う。子どもは立ち入り禁止で───子どもはどこだって立ち入り禁止だ───大人は見張りのために登ることがある。今は火薬塔での見張りに集約されているためこの女性の塔は使われていない。見張り台は二箇所あり塔の五階部分がワンフロアごとバルコニーのようになっていてぐるっと見渡すことができる。そこから梯子でさらに上に登り二人程入れる小さな見張り台がある。敵が来た時に鐘を鳴らし襲撃を知らせるための物見櫓である。タパはこの塔を登るというのだ、しかも外壁を。

「だが一番上まで登る必要はないんだよ、ちょうどすぐ近くを内壁が平行して続いてるから壁と同じぐらいまで登ってまぁ五メートルてとこか、そこから壁に飛び移るって段取りだ。簡単だろ?」

「え? なんて言った? 飛び移るだって!」

 大きな声をだしてしまい両手で口を押さえてあたりを見回してしまった。

 それ程高くはないが、建ってからはかなり年数が経過しているようでかなり古びていた。女性の塔は低いといっても内壁と同じぐらいあるので五メートル以上はあるのではないかと思われる。そのレンガの隙間に手足を差し込み登るというのだ、しかもそのまま屋根に取り付き壁に飛び移る。女性の塔の石壁は隙間が多く壁に吸い付くようにして無理に体を動かさずゆっくりと這うように登るのがコツだと教えてくれた。漆喰がもう駄目になっていて石がかなり緩くなっている。その隙間に足を入れていく。大人が体重を預けるには心もとないが、子ども二人ならなんとかもちこたえそうだ。タパが通った後を同じように登っていく。ペースを合わせてくれているのかかなりゆっくりだ。時々タパの落とす砂粒が頭に降りかかる。何度も登っているのだろう、タパの頭の中には道筋があって無理をしなくても登れるようになっているようだ。しかしビジャンはそれ程運動神経がよくないので、肩や腕、つま先や太腿、つまり全身がすぐに痛くなってきた。怖かったのは塔から壁へ飛び移る時だった。壁の上は元々歩くようには作られておらず、幅も狭い。もちろん手すりなんてものもなく捕まるところはない。タパは慣れた様子で軽々と飛び移りビジャンが来るのをじっと待ってくれている。少し焦ったビジャンは飛び移る時に滑ってしまいなんとか壁の上に飛び移ることには成功したが体重が後ろに残ってしまい、体勢が崩れた。瞬間「死ぬ」と思った。周りがスローモーションになり無意識に虚空に手を伸ばした。その手をタパはつかみ引き寄せる。助かった。一人なら確実に落ちていただろう。

「ありがとう」

 ビジャンは言った。タパは照れ臭そうに笑った。

九月分です。毎月三十日に一章更新。

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