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一章 行軍 2

 真っ白に朝霧がかかるそのはるか上空を王都へ向けて雁の群れが渡っていく。フォイヤーラントは空を見上げる。朝の薄い光の中、霧のせいもあってか雁の姿は見えない。おそらくカリガネであろう金属的な甲高い声が響く。夜明けまでには目的地に着く予定だったがどうも予定通りには進まないようだ。斥候部隊は首尾よく目的地に到着しただろうか、とフォイヤーラントは部下達の到着の知らせを確かめようと遠く目を凝らしてみたがそれらしき知らせは見当たらなかった。

「オシュテル、目的地まではまだかなりあるのか?」

 フォイヤーラントは傍の大男に話しかける。土地勘がない分、後方を行くカルザイ任せというのも腹がたつ。オシュテルは過去にリンブルフへ行った記憶を手繰る。

「海の上の一本道です。さすがに間違えることはないとは思いますが。この霧ですから先が見えません。まだ半分といったところでしょうか。なかなか進まないのはあの同行者連中のせいでしょう」

 オシュテルが答えた。フォイヤーラントは苛立ちを隠せず舌打ちをする。

「同行ではない、あくまで帯同だ。最後にしゃしゃり出て美味しい部分は全てあちらが持っていくのだろうな。あいつらは俺たちが発見したアーティファクトをちょろまかすと思っていやがる。前を行けばいいものを」

「あのヴァトレニという男は裏表がありそうですね。前のオムロープでも…」

「カルザイだ。その二つ名は聞きたくない」

 フォイヤーラントはオシュテルの言葉をさえぎった。カルザイのことを考えるだけで虫酸が走る。実際に胃がムカムカしている。フォイヤーラントとカルザイはいわゆる腐れ縁でお互いに忘れてほしいことまで知っているといっていい関係だった。出会いは王立アカデミーに入学した時まで遡る。フォイヤーラントはアカデミー始まって以来、はじめての特待生で入学し、ひどいプレッシャーを抱えていた。まわりからは英雄候補の登場にどれだけできるのかという期待と羨望、そして妬みや嫉みなどにより孤立しがちだった。そんな中で唯一近づいてきたのがカルザイであり、二人が仲良くなるのにそう時間はかからなかった。カルザイが一方的に慕っていたと言っても良いだろう。フォイヤーラントは頭脳明晰で身体能力も高く生まれ持ってのカリスマ性を備えていたのに対しカルザイはその出自のせいからかはじめ外見をからかわれることも多かった。能力も秀でたところはなく、誰もが彼を下に見ていた。しかし常に他人を尊重し努力を怠らない性格から次第に皆に慕われるようになっていった。また天性のリーダーシップを発揮しアカデミーの中でその存在感を増していき、二人はいつしかお互いに研磨し研鑽を重ねる対等の関係となっていった。アカデミーはまだまだ旧態依然とした部分が強く家柄などが重視されていたがフォイヤーラントはすべてのしきたりや伝統を軽視し従来の教えや権威よりも科学的な着手や、新しい考え方、そしてなにより実力で評価されるべきだと主張した。啓蒙的でありなにより不遜であると問題視されたがそれはカルザイを守るための彼なりの優しさも含まれていた。それでもフォイヤーラントの能力は他を寄せ付けないほど秀でたものであったためアカデミー側も一目置かざるを得なかったといって良いだろう。その後、二人は騎士団の筆頭候補生となるが卒業時に一人だけ選ばれる師団長候補に抜擢されたのは奇しくもカルザイの方であった。その決定を不服として最終的な決定を下したアカデミーの長であるヴァトレニに歯向かい楯突いたのはなんとカルザイの方であった。決定は当然覆ることはなくフォイヤーラントは絶望の中、一兵卒になるなど彼のプライドが許さず失意のうちにアカデミーから去った。しかしながらフォイヤーラントは今でも王立騎士団への憧憬は失っていない。王立騎士団の紋章である双頭の鷲を見るたびに彼の胸が疼き幼少の頃を思い出す。

 若きトゥア・ニガマヌオレがヴァトレニの名を冠した頃は黄金時代と呼ばれ、その式典を王都に見物に行った時のことをフォイヤーラントは昨日のことのように記憶している。科学的根拠はないのだが、英雄は何故か同じ時代に集まる傾向があり、長い歴史の中でも当代第一と言われるほどの実力者が集まっていた時期である。その証拠に当時のメンバー構成は数年にわたって変わることはなかった。現在は戦役の度に指揮官クラスでも数人が死亡し、頻繁に入れ替わり、その都度戦力は下がり続けていると言われている。王立騎士団は数百人のメンバーで構成され師団長はほんの一握りであり、しかもその中でも王により直々に二つ名を与えられた者はほんの数人であった。トゥアは炎龍(ヴァトレニ)と呼ばれる王国を何度も襲撃してきたクリーチャーを見事退けることに成功し、その功績を讃えられ二つ名を与えられる式典が王都で行われることとなった。ヴァトレニの姿を目の前で見た少年フォイヤーラントは彼こそが真の英雄だと思った。鳥肌が立ち震え、自然に涙さえ流れたという。王立騎士団は国民すべての希望を背負い死地に赴き再びこの地へ戻ってくる、まさに人類にとっての最後の命綱といっても過言ではなかった。その中でも国民は二つ名を持つ者たちをまるで神のように崇め敬い、憧憬の念を抱いた。

 ヴァトレニはその後炎龍の巣を突き止め討伐隊を組織する旨、国民に対し大々的な発表をおこなった。逆にこちらから襲撃し排除しようという積極的な彼の姿勢に国民は共感し国内が騒々しく活気付いたのであった。だがその討伐隊はあえなく全滅しヴァトレニも右腕を根元から失い瀕死の状態となり、その後王立騎士団を除隊しアカデミーの講師となった。

 ラブニール戦役により印象が霞んでしまった感は否めないが、カルザイもまたフォイヤーラントと同じくその後アカデミーを辞したため、王立騎士団には入団しなかった。その年が長い王立騎士団の歴史の中で唯一師団長候補生を排出しなかった年となった。戦役後にラブニールには多くの団員が駆り出されE2地区の閉鎖に期間を要したため王立騎士団の新人就任式やその他の式典は軒並み延期となり、ラブニール前、ラブニール後と呼ばれるほど重要な出来事となった。またラブニール戦役では多くのアカデミー生や新人が命を落としたため、ここから数年、王立騎士団は弱体化し多くの辺境の地から王立騎士団へ有能な者を登用するなど今までにない施策がとられその点でも転換期となった。

 カルザイはその後、ランスロット社に入ると即座に頭角を現すこととなる。ランスロット社はシーモンやAGなどの大手を差し置いて近年急成長を遂げたコングロマリッドである。ランスロットとフォイヤーラントは伝統を捨て、より科学的な方法をとるところなどどこか似ている部分があるとカルザイは感じていた。

 ラブニール戦役の後、ブークル・ド・ロルヌ戦役、ポリノルマンド戦役に王立騎士団とともに参加しランスロットとカルザイは一気に評価を上げた。その後カルザイは王都で王に仕えるようになり、正式に紆余曲折はあったにせよ王立騎士団に登用されることとなる。王立騎士団の中でもかなり異色な経歴を持っているのはこのためである。カルザイの名が国中に知れ渡ったのはフォーン=アルデシュ戦役───別名蛮族王位継承戦役においてフォーンとアルデシュを平定したことによる。フォーン=アルデシュはちょうどフォルタ・リンブルフよりまっすぐ北へ行ったところにある多くの古代遺跡が残る広大な砂漠の中央にある小国である。フォーンとアルデシュは一つの国であったのだが、王を二人擁立したことを発端に真の王位継承を巡って長らく内戦を繰り返していた。現在は王都の属州として友好的不可侵条約が結ばれている。見返りとして毎年王都には多くの蛮族の民が移民として移住してくる。中でも身体能力に優れるものはアカデミーに特別枠にて入学できるなど優遇され近年かなりの人数が王立騎士団に登用されている。いまやフォーン=アルデシュは優秀な人材を絶えず供給する国となっている。

 今回カルザイは自ら志願しこの任務に就いた。王立騎士団では師団長であり王からの信頼も厚くあらゆる機関に顔がきく王の側近である。王立騎士団は階級が細かく分かれており師団長になるまでは名乗ることは許されていない。カルザイはさらにヴァトレニの二つ名を受けた英雄である。

 その後、オムロープ・ファン・ヘット・ハウトラントの虐殺、ライフェンで起こったヘントヴェヘルヘム戦役に関与、指揮を行なった。オムロープにおいてクラニオクリエーションとともにヴァーウィック一族を虐殺した事件に巻き込まれ、そこでフォイヤーラントと邂逅している。虐殺の件は王国も深く関与が取りざたされたため箝口令が敷かれ闇に葬られた。

 そしてなによりフォイヤーラントが苦々しく思うのはヴァトレニの名を継いだのがカルザイだったからだ。他の者だったら何も思わなかっただろう。フォイヤーラントは拝命式に招待されたがそれを無視した。身悶えするほど悔しかったことを覚えている。その時は自分こそが英雄になるのだという夢と誇りを捨てきれずにいたのだ。一度は夢が手の届くところに来ていたがそれはするりと手をかすめて消えてしまった。そして二度と現れることはなかった。カルザイは悪い人間ではない。落ちぶれたフォイヤーラントを慕い尊敬の念を示してくることが業腹なのだ。自分が小さい人間であることを否が応でも自覚させられる。フォイヤーラントは殊勝な人間ではない。自分は運命の女神に見放された男だと思い、自分がうまくいかないことは全て人のせい、あるいは世の中のせいであり自分は何一つ間違っていないと思い込んできた。初めは少しのズレだったはずだ。それがいつしか取り返しのつかない差となったのだ。自分の欲しかったものを全て手に入れたカルザイ。自分と何が違うのか。国王の寵愛を受け、あらゆる場で光り輝き皆から憧憬の念を抱かれる。それはかつて自分がヴァトレニにたいして持った感情と同じだった。

毎月30日に一章公開です。

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