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神の頬に触れるような気持ち  年代記第六章  作者: ヌメリウス ネギディウス


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四章 彼女は私に空の飛び方を教えてくれた 3 She Taught Me How To Fly

 村の子供達は王立騎士団に夢中で金魚の糞のように後ろをついて回っている。タパとドゥラムリアは鼻息荒く建設王に近づいてもう少しで話ができるところだったなどとうそぶいていた。ビジャンは憧れの建設王に話しかけるなど恐れ多いと思っている。タパとドゥラムリアは将来王都へ行き王立騎士団に入り英雄になるといつも言っているが本気で王立騎士団に入れると思っているのだろうか? この世は不平等であることをビジャンはわかっていた。現建設王はこの村の出身だが、幼少期の話はなにも残っておらず、現建設王がどのようにして王立騎士団に入ったのか分からないが、村の子どもは皆同じ道を進みたいと思っているらしい。こんな辺鄙な村にいて王立騎士団に入れるはずはないだろう。少し考えればわかることだ。他人はともかくビジャンは秀でた身体能力もなければ卓越した頭脳もないので不可能に決まっていると思っている。上を見てもキリがないし、下を見てもキリがない。分相応をわきまえていた。


 ビジャンはいつものように図書館に着くと、

『ビジャンへ、申し訳ないけど王立騎士団が持ってきた本を取ってきてくれ。よろしく』

 という内容の手紙がカウンターの上に置いてあった。

 司書の姿は見えなかった。サボって今日は来ないつもりかもしれない。もしくは彼も人の子だ。王立騎士団を追いかけ回しているのかもしれない。


 アルバーン通りは人でごった返している。王立騎士団が来るのに合わせて隊商も各地から大挙してやってくるのだ。今の時期は村が一年で一番活気付く。

 ビジャンは一人、中央広場にある役所に向かっていた。司書の手紙によると本が入った木箱が役所に置いてあるらしい。本は仕分けされ学校など村の施設に配られる。塔の図書館はいつも最後だったが、全て引き取るためほとんどの本は残ったままなので、かなりの冊数になる。役所に着くと木箱は無造作に積み上げられていた。木箱は四つあり、とてもじゃないが持っては運べないため、ビジャンは荷車を借りるために役所の事務所に向かった。

 事務所は離れた場所にあり、建物内をぐるっと回るより中庭を突っ切る方が近道なためビジャンは中庭に通じるドアを開ける。外に出た瞬間草と土の匂いがした。人手が足りないのだろう、中庭は手入れされていないので雑草が生え荒れている。

 首尾よく荷車を借りることができ───貸してくださいと言うとビジャンの方を見ずに勝手に持って行けと言われた───荷車はずしりと重かったが、その重量は心地よく足取りは軽い。また荷車も最初の一歩目が重いだけで車輪がまわりだしたらそれ程重量は感じなかった。試しに木箱を開けてみると『建設王の最期』が入っているのが見えた。これは前に祖父に没収されたのと同じ本だった。奥付を見ると王立印刷となっており版も新しいものだ。内容が少しは改定されているかもしれない。嬉しくなって本を読みながら図書館へ向かう。もちろん荷車を引いてだ。中央広場から目抜き通りであるアルバーン通りを行くのが最も近道なのだけれど、人が多いのは行きに通ったので分かっている。裏道である居住区を通る。オースティン通りを行き一際高い塔を目指し、壁まで行き着いたら壁沿いを進み火薬塔を目指すことにする。


 ビジャンは心臓が止まるかと思い急いで手近の建物の陰に身を隠した。あろうことかすぐそこの先、塔の入り口付近で話をしていたのが建設王だったからだ。

「この森にはいるな、イグ。しかもかなりでかいやつかもしれん。もう少し粘ろうかと思うのだが」

 建設王が背の高い部下と話しているのが聞こえてくる。こちらに背を向けているので顔は見えない。ビジャンは荷車をひいたままとっさに建物の物陰に隠れてしまった。

「黒玉回収は問題なく終わりましたし、スダリアスは発見できずその痕跡さえなかったという報告を調査団から受けましたが」

 イグと呼ばれた男が答えた。背が高く体も大きく、細く枯れ木のような建設王と比べると大人と子供のようだ。

「肌がさ、ぴりぴりとするんだよ。自分の感覚を信じないで何を信じるんだ?」

 建設王が答えた。

「調査団が見つけられなかったんです。優秀な彼らが見逃すでしょうか? また建設王の勘でしょう?」

 あくまで調査を切り上げたいらしい。

「調査は今日で打ち切りです。今日発たないと国境紛争の任務に間に合わなくなります」

「私は残る。お前は先に行け」

 建設王は言った。

「観測手の私が一人で行っても皆に敬遠されるだけです。私も付き合いますよ。でも一週間だけですから」

「お前がいてくれて助かるよ」

 建設王の言葉にイグと呼ばれた男が答える。

「私なんて何の役にも立ちませんよ。建設王はつねに先頭で命令して、強く人を率いる姿を見せなければいけません。そこの君もそう思うだろ?」

 それは建物の陰に隠れて出るに出れなくなっていたビジャンに対しての言葉だった。ビジャンは観念してうつむき重い足取りでまるで叱責を受ける生徒のように二人の前に出た。何故か先ほどの『建設王の最期』を無意識に脇に抱えたままだった。

「君、名前は?」

 背の高い男がビジャンを見下ろしながら聞いた。

「まぁ、待て、イグビノゲネ。怖がってるだろ」

 建設王はそう言うとビジャンに近づく。ビジャンはうつむいたままだ。顔を上げ建設王の仮面を見る。逆光で暗く陰に沈んでいる。

「え、えっと」

「いや、ちょっと待て」

 静かに、と建設王は自分の仮面の口部分に手を当てる。少し芝居がかっている。マジシャンのようだ。

「ビジャン・オースティンか」

「なんでわかったんですか?」

 素直に驚くビジャン。というより建設王に名前を呼ばれたことが単純に嬉しかった。顔を上げ建設王の目を見た。全身が総毛立ち震えた。

「まあまあいいじゃないか。ビビ」

「なんで建設王がその呼び方を知っているんですか? 母親だけしか知らないはずです」

「建設王はなんだって知っているのさ」

 建設王は笑ったように見えた。

「私は戻ります。建設王も早く戻ってくださいね」

 イグビノゲネはそう言うと南の方へ歩いて言った。わかった、と建設王はその後ろ姿に声をかけた。

「あなたは村の英雄です。皆あなたに憧れています。もちろん僕も。僕はあなたのようにはなれないけれど…」

 ビジャンは早口でまくし立てた。

「そんなかしこまらなくていい。同じ名前の仲だろう」

 建設王はそう言って笑いかけた。ビジャンは緊張していたが、建設王に対してはなぜかぎこちないながらも自然に振舞うことができた。本の中でずっと昔から見知っていたからかもしれない。

「何でこんなところに?」

 ビジャンは勇気を出して聞いた。

「この村で一番高い塔だからね。見に来たんだよ」

 建設王は塔を見上げながら言った。

「蜘蛛とネズミぐらいしか住んでいないようですよ」

 ビジャンは言った。

「そのようだね。私はこの塔に思い出があってね。このまま朽ちていくのを放っておくのはあまりにも忍びなくてね」

 建設王は感慨にふけっている。

九月分です。毎月三十日に一章更新。

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