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神の頬に触れるような気持ち  年代記第六章  作者: ヌメリウス ネギディウス


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三章 消えゆく生命の灯火 14 the dying of the light

「ビジャン、撃つぞ、用意だ」

 建設王は銃の前に寝転び射撃の体制をとる。スダリアスは大聖堂には向かわず、様子を伺っている。時折、時計塔の上をみているようにビジャンは感じた。

 奴の急所が他の生き物と同じならいいのだがな、建設王は独り言を言った。平首と呼ばれる首の付け根にある瘴気官がどのクリーチャーも弱点であると建設王は考えていた。スダリアスにはその器官がないためそこが弱点かどうかはわからない。あとは心臓や肺などの循環系(バイタルエリア)か、骨が恐ろしく硬いため急所に当てないと一発では仕留められないだろう。

「建設王はどこを狙うんですか?」

 ビジャンは聞いた。

「目だ。眉間を狙う」

 

「ビジャン、目標までの距離は?」

 ビジャンは上半身を機械室から外へ出す。風は強い。ビジャンは左手は落ちないようにしっかりと桟をつかみ、右腕を伸ばしスダリアスまでの距離を測る。親指をサムズアップし、片目を瞑る。スダリアスは正面に立っている。スダリアスの長さは約五メートルというところか、反対の目を瞑る。どのぐらいの距離を水平移動して見えたか? 約十二倍の距離(ながさ)を移動した。眉間の長さは腕の十倍なので全てを掛け合わせる。

「六百メートルというところでしょうか。目標が動かなければ」

「六百か。十分だ」

 風が東から西へ吹いている。

 ビジャンは違和感を感じたがその正体はわからない。

 建設王は小さな黒玉を取り出すと瘴気を銃に注入する。

「あたりに瘴気がないと、自然には瘴気はたまらないんだ」

 建設王はそう言う。中にはタンクがついており、そこに満たされた液は瘴気が混ざると青く色を変える。銃は瘴気の力で弾を排出する。液が鮮やかな青になるのを確認すると建設王は射撃の体制をとる。

「あんなでかい的だ。両目を瞑っても当たる」

 スダリアスから上がる水蒸気が西から東へと風で流される。この季節、急に風向きが変わることがある。この土地ならではのものでこのあと、突風が来るのだ。

「突風き・・・」

 伝えようとした瞬間建設王は引き金を引いていた。

 弾が風を切りスダリアスに向かう。弾は無情にも外れ、スダリアスの右を通過し地面に着弾した。弾が地面にめり込み、土煙があがるのがビジャンにははっきりと見えた。

「建設王、次弾を早・・・」

 振り返った瞬間、建設王の右腕が根元から弾け飛び壁に当たり床に落ちた。そのまま建設王はつっぷし動かない。ビジャンはすぐに駆け寄り止血しようとするがそんなレヴェルの話ではなかった。傷口に瘴気が回り肩口はすでに腐り始めている。その間もとめどなく血は流れ続け血だまりができている。建設王の顔はもはや色はない。瘴気が逆流し腕から心臓、脳に至るまでみるみる腐っていく。

「くそっ、なんで」

 ビジャンは悪態をついたが状況は何も変わらない。

 眼下では駆けつけたダルイソとDKが見えるがスダリアスには近づこうとはしない。とてもじゃないが仕留めることはおろか、その場にとどめておくことさえできないと分かっているのだろう。このままでは遅かれ早かれ全滅する。

 スダリアスは目の前の敵に対しては何の注意も払っていない。完全に無視しながらじっとビジャンの方を見ていた。ビジャンが脅威なのではない、くいつきアンカーでもパイルバンカーでもましてや歩兵たちでもなく、『大いなる死への代償』だけが自分に最も危害を与え命を奪うことができることをわかっているのだ。

 見よう見まねだがそんなことは言っていられない。建設王の場所は血だらけだったので銃を動かす。手が血と汗でベタベタだったので、手袋を捨てた。自分の心音が邪魔だ。外せば建設王の二の舞だろう。建設王の姿が脳裏をよぎる。

 気配を感じ、塔の入り口を振り返る。そこには呆然と立ち尽くすタパの姿が。手にはサンドイッチが入った籠を持っている。「お父さんが届けろって」消え入りそうな声を発するが死体となった建設王を見た瞬間驚愕の表情を浮かべる。しかしタパに構っている暇はない。

 スダリアスと目があった気がした。それは気のせいではない。こちらの位置がバレた。

 喉の奥が乾きこめかみで血液がどくどくと脈打ちその音がやかましい。

 スダリアスの眉間に十字を合わせて引き金を引いた。

 肩に思った以上に反動がくる。発射した弾が回転する軌道が見える。目を狙ったが外れ首の付け根に弾が当たる。弾が当たる瞬間、湖畔の波紋のような模様を描きだし、皮膚が膨らんだ。スダリアスが目を閉じて全ての毛が逆立つのが見えた。すべてが見える。すべてがゆっくりでスダリアスが首をのけぞらせる。弾が首の根元に当たり、肉を切り骨を砕き内臓を傷つけ下腹部から再び射出した。弾は地面にめり込んだ。その一瞬がまるで永遠のように感じた。音もなくとてもゆっくりだった。スダリアスはそのまま横倒しに崩れ落ち、土煙がもうもうと上がった。黒い魂が空へ昇っていくようにスダリアスを取り巻いていた虫たちが飛び去った。スダリアスは立ち上がろうと懸命にもがくが神経をやったのか致命的損傷を与えたらしく、立ち上がることはできず再び倒れた。そこには威厳はもはや微塵もない。もう暴れるだけの気力もないらしい。あらゆる部分から血が流れており、あたりはひどい臭いに包まれている。塔にいるビジャンにまで臭いが届いた。

 急いで塔から降りたビジャンは両手で『大いなる死への代償』を抱えながらスダリアスへ近づいていく。ビジャンはトドメの弾を入れなくてはいけないと頭ではわかっていたがスダリアスを目の前にすると体が動かなかった。スダリアスの目は怒りに満ちており、生への執着が見える。黒い虫は主を失い右往左往しながら激しく飛び回っている。人間たちも遠巻きに見ながら同じように右往左往している。スダリアスは貯蔵型なのでその肉体は死後すぐには腐らないが、それでも一部はすでに腐敗が始まっているらしい。体温が異常に高いせいだろう。死期が近いということか。次の瞬間前足の力だけで最後の力を振り絞りスダリアスは再び跳躍した。血が雨のようにあたりに降り注いだ。

「に、逃げたぞ」

「追うのか? どうするんだ?」

「放っておいても死ぬだろ、あれは」

「だからといって回収しないわけにはいかんだろ」

 皆口々に騒ぎ好き勝手を言っている。無理もない指揮する者がいないからだ。ビジャンにはわかっていた。そんなに簡単に仕留められる相手ではないことを。瀕死でもこのままだと逃げられてしまうだろう。決して死に場所を探しているわけではない。生き残るためにもがいているのだ。

「よく聞け、建設王は死んだ、これからは私が指揮をとる!」

 ビジャンの声が中央広場に反響する。


 黄金の小麦畑は赤く染まり、風車小屋の方向へスダリアスはまっすぐと進んでいる。途中、水路の方へ降りたようだ。クリーチャーは体温調節ができないため、水で体を冷やすということを以前聞いた記憶がある。農業用の水を引いた水路が近くにあったはずだ。ビジャンたちは先回りをするべく水路に続く道を見つけ水路に降りる。水路は現在は使われていないらしく、水は止められているのか下に敷かれた石は少し濡れている程度で乾いている箇所もある。生命力の強い雑草が左右に積まれた石造りの壁から葉を伸ばしている。古い水路なのかあたりは苔むしている。

 少し進むと明らかにスダリアスが通ったと思われる場所に差し掛かった。

「近いな」

 傍らに立つダルイソが言った。ビジャンは銃を腰で構えながら先を進む。銃身が長く、狙撃用なので果たしてトドメの弾を撃つことができるだろうかと心配になった。残りの弾も気になる。建設王のポケットから弾は持ってきており装填もしたがはたして合っているのかよくわからない。さっき注入した瘴気もいつまでもつのかわからない。青い液体で満たされていたタンクはほとんど残っていない。

 ドロドロの体液と血で水路はひどい状況で汚染されていた。一目でスダリアスが通ったことがわかる。左右の石壁が崩れ、雑草も苔もすべて赤く染まっている。これはもう二度と農業用水としては使えないだろうな、とビジャンは思った。ビジャンは水路から地上へ上る石段を見つける。スダリアスは再び水路から離れ藪を進んでいる。次第に草は背丈を超えて天然のドームのようになった。あたりの草は軒並みなぎ倒されている。薮が途切れ広場に到達した。昔ヴィオと来た広場だった。

 そこで、スダリアスは力尽きたのか静かに横たわっていた。アンカーが突き刺さったお腹の部分がゆっくりと膨らみ、そして収縮する。

 ビジャンはスダリアスに近づきトドメの止め矢をいれる。銃声が広場にこだまする。いつまでも耳に残る切ない断末魔をあげスダリアスは息絶えた。ビジャンはスダリアスの顔にそっと触れた。生命の熱と瘴気が秋の空へと昇っていく。後ろに立つ者は皆敬礼していた。ビジャンとスダリアスに対して。

 しばらく呆然としていた。遠のいていた意識がゆっくりと戻って来る。下からタパの心配そうな顔がビジャンを覗き込んでくる。我に返るビジャン、気分が悪くなり、膝をつき四つん這いで嘔吐した。タパが背中をさする。

「大丈夫?」

「ああ、かっこ悪いところを見せてしまったな」

 ビジャンは立ち上がった。

「ううん、めちゃくちゃかっこよかったよ。やっぱりおじさん、英雄だったんだね」

 ビジャンはタパの頭をガシガシと撫でた。

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