三章 消えゆく生命の灯火 13 the dying of the light
オドゥンゼがすぐさま助けに駆けつけようとする。バンダーは頭蓋骨だけではなく、挟まれた右足は粉砕骨折している。だがまだ動ける。ひどく嫌な汗が全身から吹き出ているが痛みはアドレナリンでごまかせる。
「俺のことはいい、来るな、巻き添えになる!」
バンダーは叫んだ。立ち尽くす三人。スダリアスに近過ぎてしかも馬の下敷きになっているバンダーを救出するのは難しいだろう。しかも一刻を争う状態だ。しかし彼らの判断は早かった。オドゥンゼはその場に残りダルイソとDKの二人は踵を返す。その場から逃げ出したように写るがもちろんそうではない。
射出機に鎖が絡まったまま地面に転がり釣った魚のように右往左往している。スダリアスの腹に突き刺さったアンカーはそのままだ。踊っているかのような鎖に二人が取り付き引っ張る。スダリアスを動かすことはもちろんできないが、その場にとどめておくことはなんとかできそうだ。北門にいた三人が鎖に取り付き五人で引っ張る。「端を地面に固定しろ」ダルイソが叫んだ。
少し離れた瞬間を見計らいオドゥンゼはバンダーの元に駆けつける。
「おい、誰か手を貸してくれ、馬を動かす」
鎖を引っ張っていた五人から一人、ファシャヌがオドゥンゼのもとに駆けつける。
バンダーを見たオドゥンゼは驚愕の表情を浮かべた。
「少しかすっただけだ。たいしたことはない」
「喋るな馬鹿野郎。寝てろ」
血でべっとりと濡れた頭部を見聞する。頭蓋骨が陥没している。肩のあたりに触れるとバンダーは顔をしかめた。鎖骨が折れているようだ。まだ意識はあるがそれも痩せ我慢だろう。
馬の重量は軽く一トンを超えている。しかし、オドゥンゼは中腰になると馬の腹の部分に手を差し込み、持ち上げる。手についた血のせいで滑るので血で染まった手袋を外し投げ捨てた。歯を食いしばり持ち上げる。持ち上がったのは一瞬だったがそれで十分だった。ファシャヌは両脇に回した姿勢からバンダーをひっばり馬に挟まれた足を引き抜いた。
誘導のプランは即座に瓦解し破綻した。スダリアスはその時初めて自分が引っ張られていることに気がつくと逆にダルイソたちの方を睨みつけ突進してきた。キダム、オグバが逃げ遅れ吹き飛ばされ扉に激突した。二人はピクリとも動かない。生死を確認する暇はない、ダルイソとDKは難を逃れた。
「すまん、離脱する」
オドゥンゼは鎖を引く二人に言った。
「早く行け!」
二人は叫んだ。オドゥンゼとファシャヌが頭側と足側両方から抱え、バンダーを救済院へと運ぶ。
「おい、どうするダルイソ、ジリ貧だぞ」
DKがダルイソに厳しい口調で言った。
「分かっている。なんとか中央広場までいけば建設王がなんとかしてくれるはずだ」
まだ二人には建設王がついているという切り札が残されていると信じていた。それは祈りといっても良かった。
スダリアスは初めは気にしていた様子だったがすぐにアンカーに興味を失い、転がっている馬の頭を弄んでいる。しかしそれもすぐ飽きてしまう。矛先をかえ前に進もうとするが、鎖が固定されているため数歩進んだところで鎖はピンと張り前進することを許さない。引っ張られていることなど関係なく力任せに進んでいく。数歩たたらをふみ、地面に足を取られ滑り、その場から前に進まなかったが足を地面にめり込ませることで力を込め一歩ずつ確実に進んでいく。
前進。なおも前進。さらに前進する。足を止めない。スダリアスの腹部からは血が流れ落ちているが量は少ない。それよりは汗と唾液が厄介だった。非常に高温でまわりは水蒸気が立ち込めただでさえガスのせいで不明瞭な視界がさらに悪くなる。鎖はついに引きちぎられスダリアスはそれを引きずって前進を続ける。
次の瞬間、スダリアスは突然跳躍し、消えた。
「嘘だろ、どこへいった?」
「あんなでかいやつが消えるわけがねえ」
鎖を引きずる音、それに続いて体が家屋に接触し粉砕、瓦礫が飛び散る音が聞こえてくる。
「居住区へ行きやがった。追うぞ!」
ダルイソとDKは叫び後を追う。
「どのみち壁の中だ。逃げられはしない。多少家は壊れるだろうがな」
狭い路地を二人は走る。
内壁は外壁と比べ少し低く作られている。あまり高いと日差しが遮られ閉塞感が出るという理由らしい。
「それよりトリガーを引くなよ」
「そんなことはわかっている」
「建設王、かなり計画と違ってきましたよ、大丈夫なんですか?」
ビジャンは焦りながら建設王に言った。
「我々が言ってもどうしようもない、あいつらに任せて黙って見ておけ」
「し、しかし…建設王」
「泣きそうな顔をするんじゃない」
仮面越しでもその狼狽は伝わるらしい。
おろおろと所在無く狭い時計塔内をうろつくビジャン
「私が用意周到なのは知っているだろ? 戦闘は準備が八割だと何度も教えたはずだ。大丈夫だ、居住区を抜ければ中央広場だ。放っておいても奴はここにたどりつく」
「ここから撃たないのですか?」
「射程外だ。そのためのパイルバンカーだ。まぁみておけ。あわよくばかなりのダメージを与えることができるかもしれん」
路地の各死角にはパイルバンカーがくまなく設置されている。足元に張り巡らされたトリガーを踏むと即座に発射される。大きな杭が三本連なった射出機である。短距離しか使えず平野では丸見えになるため有用ではないのだがこのような入り組んだ地形では硬い木を削って作られた杭は思った以上の絶大なる効果を発揮する。
スダリアスが路地を曲がるたびに死角からパイルバンカーが襲いかかる。何本かは深く突き刺さり串刺し状態になる。スダリアスの動きが鈍るが前に進むことはやめない。まるで何か使命を帯びているようだった。
とうとうスダリアスの歩が止まる。今度は頭上からパイルバンカーが襲いかかる。目線にもトリガーがあったらしい。肩口から背中に深々と突き刺さる。血の噴水が上がる。そのまま仰向けにひっくり返るとスダリアスはのたうちまわりながら怒り狂っている。喉の奥から不気味な声で唸り、手当たり次第にあたりの家屋を破壊する。血の跡をつけながら暴れ、触れたものは全て砕け散りあたりに散乱する。唸り声はビジャンのいる時計塔まで聞こえる。血と体液が路地を川のように流れていく。家屋はそのほとんどが無残に壊され瓦礫の山と化していた。血が村を汚していく。パイルバンカーの杭はアンカーと同じく返しがついているため、容易には引き抜くことはできない。しかも中空になっているため体内の血が外へ滝のように溢れ出す。
スダリアスは立ち上がる。目が赤く輝き、目からも血を流している。再び前進しながら居住区を抜けとうとう中央広場に達した。




