三章 消えゆく生命の灯火 12 the dying of the light
「バンダー逃げよう、こいつがいつまでも大人しいはずはない。ガスだっていつまで効くかわかりやしない」
オドゥンゼが言った。スダリアスはゆっくりとした歩調でまっすぐと村へ向かっている。
「何を言ってる? 仲間を置いてお前は逃げる気か? 逃げてどうなる?」
森から門まで誘導する五人はすでに一人欠け四人になっていた。後衛のダルイソも怪我をしたようで肩を抑えている。ケイレブの持っていた荷物を回収する際にダルイソは怪我をしたらしい。DKは心配そうにダルイソを見ている。
「こんなやつ人間がどうにかできるようなもんじゃない。村の中に入れたらおしまいだ。みんな死んじまう。これはやばいことになる」
「大丈夫だ、オドゥンゼ、心配するな。俺たちには建設王がついている。本物の英雄だぞ」
「英雄だって俺たちと同じ人間だろ。ケイレブをみたろ。ケイレブはルーキーだぞ。あいつの両親になんて伝えるんだ? この怪物は体が痒かったのか知らないが少し木に寄りかかった。それだけでケイレブは挟まれてメロンみたいに押しつぶされちまった。こいつはきっとケイレブを潰したことに気がついてもいないんだ。虫か何かと変わらないんだろ。こんなやつを門の中に入れるべきじゃない」
オドゥンゼは口角泡を飛ばしそう言った。
「そう興奮するな、そんなことは端からわかっている。口を閉じておけ、オドゥンゼ、これは命令だ。ガスはまだあるだろ、耐性ができる前に残った分を焚け」
オドゥンゼはまだ納得いかないと不服そうにしている。
「ケイレブが浮かばれない。バラバラの死体のままだぞ」
「それはさっき聞いた。でかい声で化け物を刺激するな。俺たちも同じようになるかもしれん、違うか? あいつの両親に報告する義務はあるだろう、しかしそれも俺たちの誰かが生き残ってからだ。俺たちは与えられた任務をやり遂げる必要があるんだ」
オドゥンゼは手綱を引き本来の場所へ戻った。もうすぐ森の切れ目だ。外壁と黒い火薬塔が見えて来る。
「オドゥンゼ、狼煙を上げろ。赤だ」
オドゥンゼはダルイソから受け取ったケイレブの荷物を弄り狼煙の射出機を取り出し空に向けるとその引き金を引いた。
森の入り口近くから赤い狼煙が上がる。上空で赤く爆ぜた後、煙がたなびきしばらくすると風に流されて煙は消える。
「建設王、向こうに狼煙が見えます」
ビジョンが叫ぶように言った。
「そう気負うな、ビジャン。色は赤か? 手筈通り行っているようだな」
ビジャンはもうすぐこちらへ標的が来ると、塔の下の兵士に鏡を使い合図を送った。リレー方式で門の近くにいる三人にすぐさまその情報は伝わった。
北門がゆっくりと開閉していくのが塔の上から見えた。
前衛の二人は門を通り火薬塔の下を抜ける。スダリアスはそのまま大人しく門を抜けた。村に入る異質な存在、周りの建造物の中にあるとその異常な大きさがよくわかる。後衛が同じ様に通り、補給物資を受け取る。
門が開け放たれる。キマニ・ビダル、オルムイワ・A・ファシャヌ、エマニュエル・オグバの三人は安堵感を表情に浮かべた。
キマニたちにはスダリアスは鼻息こそ荒いものの大人しく、害など何もないように見えた。「落ち着いていてやけに静かだな」オグバがボソッとつぶやいた。どうやらガスが相当効いているらしい。動きは緩慢で酩酊しているように見えた。スダリアスは何の注意も払わず、まっすぐ前を見ている。
キマニたちは馬上の四人に急いでガスの入ったタンクと食いつきアンカーの装填された射出機をそれぞれに手渡した。三人は急いで門を閉めた。これで一応は袋の鼠である。ダルイソが再びガスを焚いた。ガスは村中入り組んでいるため広がりにくいがその分一箇所にとどまりやすい。煙が道に広がって行く。これで安心だろう。そのままアルバーン通りを南下しようとした瞬間、スダリアスは足を止めた。
四人は馬を止め、射出機の狙いを定めた。
「待て様子がおかしい。まだだ」
バンダーの制止を聞かずオドゥンゼ、DK、ダルイソの三人は焦って射出機のトリガーを引いた。アンカーが放物線を描きながら飛んで行く。大きな的だ、外すはずはなかった。けれど確かに三本とも命中したがいずれも突き刺さることなく地面にガチャリという音を立てて弾き返され落ちてしまう。スダリアスにとっては小石か何かが当たったようなものだったのだろう。一度食いつけば決して離れることはないのだがアンカーの欠点はその重量から至近距離から打ち込まないといけないことだった。
スダリアスはとっくにガスに対し耐性ができていた。酩酊状態は消え去り、完全に覚醒していた。目が爛々と輝いている。そこで覚醒したかのように目を見開き空を見上げると耳をつん裂く様な大音量で咆哮した。それはあたかも人間への宣誓布告のようだった。
覚醒したスダリアスの咆哮ですっかりびびってしまったのは人間ばかりではなく馬の方も同じだった。
「俺が行く、お前たちは馬を捨てろ。役に立たん」
バンダーが叫んだ。オドゥンゼたちの馬は前足を上げ立ち上がり、馬は決してスダリアスに近づこうとしない。恐怖のため怖気付いてしまっている。馬を降りると馬はどこかへ逃げ去ってしまった。
バンダーの乗るリバーマンは勇敢でそしてクリーチャーに場慣れしていたので他の馬と違って接近することが可能だった。リバーマンはスダリアスに近づいて行く。至近距離から射出しなければアンカーは食いつかない。馬の恐怖心が手綱を通して伝わってくる。鼻に皺を寄せ歯をむき出しにして自らを鼓舞するようにいなないた。しかしリバーマンとて同じだった。被捕食動物である馬は攻撃に適した歯も爪も持ち合わせていない。恐怖は限界に達し逃走本能が働く。恐怖は怒りにも似たもので、騎乗のバンダーを振り落とし逃げようと尻を振り跳ねた。その拍子にバンダーは放り出されないようにしがみつくのでやっとだった。馬が近づくのに気付いたスダリアスは右手を上げなでた(、、、)。あまりにもゆっくりで目の前の虫を払うかの様な動きだったが、リバーマンは危険を察知したが遅かった。リバーマンの首は根本から吹き飛んだ。大量の血が噴水のようにバンダーに浴びせかかる。首を失った馬は一歩、二歩と進んだのち、どぅと横倒しに倒れた。バンダーは巻き添えをくい馬の下敷きになった。馬が暴れたためにスダリアスの一撃をモロに喰らったのはリバーマンのみで、バンダーは九死に一生を得ることとなる。しかし当然無傷では済まなかった。スダリアスは首を持ち上げ、鼻を鳴らし匂いをかいでいる。何の警戒もしていない。地面に打ちつけられたバンダーはスダリアスの一撃を受けていた。かすっただけだったが、頭部の骨が折れ陥没しているのが自分でもわかる。しかし射出機は決して放さなかった。バンダーは右足を挟まれ寝転がった姿勢のままトリガーを引いた。鎖の尾を引きながらアンカーが至近距離から一直線に飛ぶ。寝転がった姿勢が功を奏したのか他に比べると比較的柔らかい腹の部分にアンカーが突き刺さった。「やったぞ」バンダーが叫ぶのと後ろで誰かが叫ぶ声がシンクロした。異変を察知したスダリアスは前傾姿勢をとった。興奮状態なのか全身から水蒸気が上がっている。物凄い臭気だ。マスクをしているにも関わらず全員涙で視界が遮られる。
鋼鉄製のアンカーが皮膚を貫き筋肉に食いつき骨に食らいつく。返しがついているためどんなにひっぱっても抜けない。また、アンカーには同じ鋼鉄製の鎖がついており、その場に拘束することができる。
スダリアスは身を震わせた。鎖が鞭の様にしなりまるで生きているかの様に四方で踊り、そのまま地面に落ちた。スダリアスは腹に刺さったアンカーを口に咥え、引き抜こうとするが返しが深く食い込み筋肉が収縮することでより強くより深く突き刺さる。スダリアスの目が怒りで鈍く光った。




