三章 消えゆく生命の灯火 11 the dying of the light
出発前、馬はソワソワと落ち着かない様子だ。地図上のスダリアスはまだ森の中でかなりの距離があったが、ゆっくりと確実に南下し続けている。馬は敏感に感じ取っている。獣の方が危険察知能力が高いのだろう。もうすぐ作戦決行の幕が開ける。バンダーは馬が恐怖心でおののいてしまい使い物にならなくなってしまわないかと心配した。
血気逸るケイレブをダルイソが呼ぶ。
「お前はできるだけスダリアスには近づくな、塔の上から指令が来るからなそれを見逃すな。あとは俺が合図をするから狼煙を一定間隔で上げろ、わかったか?」
静かに頷くケイレブ。いつになく緊張しているようだ。
向こうからDKが走ってくる。
「そろそろ作戦開始だ!」
五人が一箇所に集まった。
「俺たちに退却はない。必ずやり遂げるぞ」
五人は手を重ね合わせる。
「さぁ、地獄の始まりだ。集中して行くぞ!」
門を抜けて馬に騎乗すると五人は森へと入っていく。
五人は防毒マスクを装着する。ダルイソがガスを撒いた。ガスはお香のように焚くことでその煙によって催涙効果を生み出す。一面煙に包まれた。
五人はそれぞれ馬に騎乗し四方に散り隊形を作る。前衛にバンダーとオドゥンゼ、後衛にダルイソとDKが配した。ケイレブは少し離れて道を外れていないか確認しながらついて来る。時々道が狭まるとスダリアスのすぐ近くに寄ることはあったが基本的に少し距離をおいている。四人に囲まれ中央をスダリアスがゆっくりと進んで行く。周りの四人には全くといっていいほど注意を払っていない。バンダーをリーダーとして五人は結束する。そのまま誘導して北門へ再び戻って来る手筈である。
時計塔の上では建設王が先に着いていた。頭上には歯車がいくつも設置され、床の空いたスペースは狭く、その半分を黒いシートで覆われた物が鎮座している。置いてあるだけで不吉な感じがする。黒い覆いを外し、建設王はどこか誇らしげにビジャンに見せた。近づくのも憚れるようなみるからに禍々しいいでたちをしている。
「何度貸してくれと言っても許可が下りないんだよ。飾っているだけじゃ何の意味もないだろう、と何度も言っていたんだがな。といっても勝手に持って来たんだがな。今日使わないでどうするんだ、この世で初めてスダリアスが狩られる日だろ。スダリアスは骨が硬いし、でかいわりにかなり素早い。力も相当あるときている。貯蔵型とはいえ危険な瘴気をそこいら中に撒き散らしやがる、小便みたいにな。体温も体液も極めて高温だ、触れるだけで大火傷だから接近戦は向いていない。それでこいつの出番だ」
建設王は言った。ビジャンは吸い付くようにそのアーティファクトから目が離せない。
「これは、なんですか?」
ビジャンは建設王に聞いた。不気味なフォルムをしておりどこか見えないところへやってほしいと思った。だが同時にこうも思った「美しい」と。
「知らないのか?」
「いや、知ってますよ。数少ない用途が分かっているアーティファクトでしょう。確か、『大いなる死への代償』でしたっけ」
「さすがビジャンだな。よくご存知だ」
「そんなことはいいんです。なぜこれがここにあるんですか?」
「それは簡単なことだろう。必要だからだよ。二の手三の手だ。誰がパイルバンカーで倒せる? 誰があんな爆破で倒せる? 無理に決まっているだろう。あわよくばとは思っているのは確かだが。いずれもこれを使い確実に仕留めるための布石にしか過ぎない」
そう言って建設王はアーティファクトを二脚銃架に置いた。銃身の先は大聖堂の入り口である。ビジャンは触ることはおろか近づくことさえ遠慮したかった。
「この武器は代々の建設王が使って来た。建設王が建設王たらしめるものはこの武器だといっても過言じゃない。私はこの武器を使う権利があるんだ。ビジャン、真理を教えよう英雄とは何かだ。奇跡を起こすから英雄なのではない、奇跡が起こったから英雄なんだ。奇跡なんてこの世の中で起きるもんじゃない。そんなものは奇跡でもなんでもない、わかるか? その奇跡を起こすことができるのがこのアーティファクトなんだ。大きなリターンを求めるのならそれ相応のリスクは負わなければならない」
身も毛もよだつリスク。自然の摂理に反し、使用者の精神と肉体を損なう。想像を超える破滅をもたらす。しかしリスク以上の価値はある。
「あらゆる武器と王立騎士団のすべての人員を投入したとしてもその先にある存在だろうな。アーティファクトもクリーチャーも。それはまさしく神の領域だ」
ビジャンにはとてもじゃないがその責を負えるとは思えなかった。
「使い方を教える。簡単だ。だが練習はできないがな。私も使うのは初めてだ。この無駄のないフォルム、獲物を屠るためだけに存在する。最高だろ」
建設王はにやりと笑った。




