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神の頬に触れるような気持ち  年代記第六章  作者: ヌメリウス ネギディウス


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三章 消えゆく生命の灯火 10 the dying of the light

 次の日、オースティン卿の住む塔の一階に皆集まり、作戦の概要の説明が行われた。ライフェンの村の地図を広げ建設王を中心に六人がテーブルを囲んでいる。

「地図を見ろ、北が手前だ。北の森からスダリアスを中へ引き入れる。門に入ってから南下する。中央にデーモンアルバーン通り、ここを真っ直ぐ誘導する。左手に居住区、右手に商業区があるが、ここは左右とも壁に覆われているためスダリアスがそちらへ行くことはないだろう」

「村に引き入れてどこでどうやって始末するんですか?」

 バンダーが質問した。

「あるじゃないかちょうどいい箱が」

 建設王は大聖堂を指す。

「中央広場まで連れて来たら左手の大聖堂に入れる。大火力で建造物ごと破壊し、大聖堂をやつの墓場にする」

 皆からどよめきが起きる。それはそうだろう。ビジャンも驚きを隠すことができない。

「各自の動きを説明する。バンダー、ダルイソ、DK、オドゥンゼ、ケイレブの五人は森から大聖堂までスダリアスを誘導してもらう。道には瘴気を撒いておく。同時に神経を麻痺させるガスを撒きながら先導してくれ。まぁあいつに長時間は効かないとは思うがな。あまり近づき過ぎず手出しもしなくていい。馬で行けるところから誘導を開始する。速足(トロット)じゃなければスダリアスを誘導できないからな。そこから大聖堂に引き込んでくれ。ビジャンは私の助手として観測手をしてもらう」

 建設王は細々とした説明を続けた。

「建設王、リバーマンをお借りしてもよろしいでしょうか? 私の馬は小さすぎるので」

「ああ、かまわん。他には質問はあるか?」

 建設王は一同を見回した。誰も何も言わない。果たして爆破でスダリアスを始末することができるのだろうか? ビジャンはそう思ったが口には出さなかった。

「針でスダリアスの位置は確認済みだ。かなり村に近づいて来ている。作戦決行は明日の正午からだ。皆の働きを期待している。解散!」

 明日までに女性の塔から火薬を運ぶ者、パイルバンカーの設置、装備品の準備などまだやることは山積みだ。昼からは総出で火薬を運び、工兵の指示に従い設置する作業に追われた。王都から運んできたものと村にあったもの全てを使った。これなら大聖堂だけじゃなく村ごと爆破できるんじゃね? ケイレブは言った。


 朝、目が覚めると窓の外はまだ暗く、夜明け前らしい。ベッドを抜け出し、中庭に出る。食堂からは朝食の準備が進んでいるのか、良い匂いが漂って来る。救済院の中は六年分古くなってはいたがビジャンがいた頃とそう変わってはいなかった。

 外は少し肌寒く天候もあまり良くないようだ。襟をかき合わせたが少し寒い。早く中に入ろう。

 朝食後、準備を済ませ中央広場へ向かう。集合時間には少し早かったがそれでも何人かはもう準備を済ませていた。庁舎として普段は使われているところが集合場所となっており、ビジャンが入っていくとサポートの兵士たちがテーブルの上に装備を並べている。ビジャンは自分の名が書かれた札がかかった装備一式を受け取り、奥の小部屋に入る。部屋の中は中央に大きなテーブルが置かれ、椅子がぐるりと置かれている。正面に黒板が設置されており、何時までに着替えを済ませ各自持ち場へ集合すること、とその旨がチョークで書かれていた。時計を見るとまだ余裕があるようだ。

 装備を紐解くと油引きされた防護服がでてきた。ビジャンがいつも着ているもので解体班が使うようなつなぎになっている仕様の防護服で、瘴気を幾分かは軽減してくれる。まぁビジャンには関係ないのだが。防御に関してはそれほど期待できないだろう、スダリアスの攻撃をまともに受けてその威力を防ぐことのできる物などこの世に存在しない。服を着るが伸縮性がないのでかなりフィットし窮屈である。だがいつも着ているのでその窮屈さも慣れたものだ。同じく皮革ひかくでできた防毒マスクも支給されている。これは新品だ。こちらはよくナメされていて弾力性があり、耐水性、耐熱性に優れている。マスクと言ったが、頭からすっぽりかぶり目の部分だけが露出するフードタイプのもので、視界がかなり遮られる。ちょうど両頬の部分に活性炭フィルターがついている。ビジャンは試しに仮面を外し、防毒マスクを着けてみる。動物の脳でナメしたのだろう独特の匂いと活性炭の匂いが鼻をついた。活性炭は瘴気を吸着することが証明されている。実用化されたのは最近の話だ。木、竹、椰子殼、胡桃殼、果ては獣骨や血液を原料に高温で加熱し炭化させたものだ。ビジャンには瘴気は無問題なのだが、スダリアスのあの臭いを少しでも軽減できるのならつける価値はあるな、と思った。だがこれも仮面を外さなくてはいけないのでパスだ。着替えを吟味していると同じように装備を持った人物が入ってきて、ビジャンの顔を見てひどく驚いた表情を浮かべた。

「なんだ、先輩か、驚かさないでくださいよ」

 ケイレブだった。

「先輩は今回特になんにもしないんでしょ? 見学だったら着替える必要ないんじゃ?」

 こいつは口をひらけば失礼な皮肉を言ってくる。ビジャンの素顔を見たのは初めてだろうがそこには触れないらしい。配慮しているのか? 彼の皮肉屋っぷりは今はもう慣れたが最近はケイレブは自分を強く見せるために躍起なんだな、と慈しみの態度で対応しているが本人に伝わっているかは微妙なところだ。

「私は観測手だ。建設王の手伝いだ、見学じゃない」

 ケイレブ相手に何をムキになっているんだ、ビジャンは自分を恥じた。

 着替え終えたケイレブは鏡の前でおかしなところがないか見ているのだが、どうにも着慣れていないためか服に着られている感は否めない。新品だから余計なんだろうが、サイズはピッタリだが中身の人間より服が目立っている。

「馬子にも衣装とはまさにこのことだな、致命的に似合ってないぞ、ケイレブ」

 ビジャンは皮肉を返してやる。

「先輩のそのマスクよりマシですよ。声がくぐもって何を言っているかわかりません」

 幾分ムキになってケイレブは言った。

「ケイレブ、前を開けたらどうだ。上まできっちりとめるからダメなんじゃないのか?」

 指摘してやる。

「それはそうなんですが、開けると瘴気が入ってきてしまうでしょう? 俺、ちょっとでも瘴気に触れるとただれちゃうんですよ。皮膚が弱いから」

 こいつははいわかりました、とは決して言えない性格なのだろう。

「ケイレブ、ずっと思っていたんだが、その髭はどうかと思うんだが」

 ケイレブは顔全体に短い髭を生やしている。

「童顔で若い君が背伸びして威厳があるように見せたいのはわかるけどな」

 図星だったらしく、返事の代わりに舌打ちが返ってきた。ビジャンは満足したのでこのぐらいでいいだろう。

「興味本位で聞くんですが、瘴気病で…、いややめときます」

「なんだ、お前らしくないな。口から生まれたお前が考えてものを話しているところを初めて見たぞ」

 ビジャンはニヤリと笑った。

「俺だって人が嫌がることはしませんよ。自分に跳ね返ってきますからね」

「なかなか殊勝なことを言うようになったんだな。成長を見れて嬉しいよ」

「先輩はちっとも成長してませんけどね」

 ケイレブはアカデミーでエリート6という新人養成プログラムを経て鳴り物入りで王立騎士団に入った。ビジャンにとっては最初の部下である。一人前になるまで基礎を教え込むのがビジャンの役目だった。ケイレブは恵まれた体格と豊かな才能を持ち、前途は洋々である。そんな彼の最初の任務がこの戦役である。

「先輩は丸腰でスダリアスと対峙したことがあるんですよね?」

「ああ、六年前だ」

「すごいっすね。それだけで尊敬しますよ」

「お前に尊敬されても嬉しくもなんともないけどな」 

「俺、無事に帰れますかね」

 ケイレブは言った。

「何弱気なことを言ってる? 凄腕の四人がついてるだろ。新人のお前を大事に守ってくれるさ」

「あの四人が頭がおかしいぐらい圧倒的に人間を超越してるんで同じ人間とは思えないんですよ、本当に。生まれてから初めて差を知ったというか正直絶望したんですよ、でも…」

 ケイレブは続ける。

「あの四人でもスダリアスに比べたら赤子みたいなもんですよ。スダリアスの目見ましたか? 俺、正直舐めてたんですよ、ちょっと大きな犬程度だろうって。針が刺さった瞬間一瞬だけど目が開いたんです。俺にはよく見えた。あの目、どこも見てなかった、真の闇でした。あんなやつに勝てるとは思えないんです。本当に怖かった」

「大丈夫だ。私が保証する。あいつを倒せば私の教育係も終わりだ。お前は一人前ってことだ」

「それは嬉しいですけどね。そうなることを願ってますよ」

 ケイレブはマスクを弄んでいる。

「私はいいがおまえはマスクはきちんとつけておけよ、なにせ最前線に行くのだからな」

「先輩もいいとこ見せてくださいよ、俺の背中は預けます。頼りにしてますよ」

「お前の期待に応えるために戦っているわけじゃないけどな。おまえは自分は世界の中心だという態度で臨めばいいんだよ」

「先輩に励まされるとは思ってもみませんでした」

 ケイレブは神妙な顔をして言った。

「死ぬなよ」

 二人は拳を付き合わせた。

「ひとつ、頼みがあるんですが。そんなに難しいことではないんですが」

「言ってみろ」

「どうも針を使ったせいで昔の思い出がほとんど吹っ飛んでしまったようなんですよ。断片的にしか残ってなくて。子供の頃の記憶がごっそりなくなったみたいなんです。どうも大切な事柄から消えちまうようですね。日常的な無意識でもできる動作の記憶は簡単には消えないみたいです。少し後悔しています。反省はしないですけど。もう一度針を使う必要が出てくればためらわずに使いますけどね。この戦役が終わったら休暇がもらえますよね、俺の故郷がどんなところだったのかなって、思い出せやしないけれど王都に戻ったら俺の故郷についてきてくれませんか?」

 その気持ちはわからないでもない。ビジャンは自分の住んでいた集落を最後に見たときの記憶を思いだす。ビジャンはしばらく黙っていたが最後にうなずいた。

「さぁて、先輩そろそろ行きますか」

 ビジャンがケイレブと言葉を交わしたのはそれが最後だった。結局彼と一緒に故郷へ行くことは叶わなかった。

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