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神の頬に触れるような気持ち  年代記第六章  作者: ヌメリウス ネギディウス


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三章 消えゆく生命の灯火 8 the dying of the light

 昨日はハンスの家に泊めてもらい、早朝救済院に戻り支度をするとビジャンは高い塔へと向かった。建設王は宴会には参加せず姿を見せなかった。おそらくずっと高い塔で計画を練っていたのだろう。

 建設王はまるで自分の家のように二階の食堂でくつろぎ、朝食を食べていた。給仕係の女性が建設王のカップに搾りたての牛乳を注いでいる。

「お前も席につけ、朝飯はまだだろ?」

 バンダーたち他の四人の姿は見えない。

 食卓には朝食とは思えないほど豪華な品揃えだった。ガチョウのゆで卵、香り高いコーヒー、焼きたてのふんわりとしたパン、ひよこ豆粉の生地を薄く焼いたソッカと呼ばれるクレープのような物。香ばしい匂いが漂っているのはカエルの足だろうか。いろいろなピクルスの入った瓶、宝石のように光り輝くフルーツの砂糖漬けがテーブルに並んでいる。どれから食べるか目移りしそうだ。

 椅子を引きビジャンが座ると目の前にスープの入った皿が給仕される。ライフェンの伝統料理であり主食であるレンズ豆とトマトとラム肉を煮込んだスープだ。六年ぶりに食べるその味は当時を思い出させた。

「これを食ってみろ、うまいぞ」

 建設王が皿を回してくる。それは小さなエビがふんだんに入ったクラベン・ブロートヒェンと呼ばれるサンドイッチだった。エビはこの地方では獲れないので希少なはずだ。しかもこの地方で食べることのできるチョウザメ、コイ、ナマズ、ボブラなどその全てが塩をして干した干物か燻製のどちらかだったので、ここでエビを食べることができるとは思ってもみなかった。実際ビジャンがエビを初めて食べたのも王都へ行ってからだ。

「建設王、先輩方四人は?」

「もう北門の近くに集合しているはずだ。その前に食い終わったらちょっとついてこい」


 暁光が村をおおい明るく染め始める。塔の上からの景色は最高だった。風が少々強かったが空気は澄んでいて遠く小麦畑が見える。揺れる穂は黄金の絨毯の様に美しい。小麦の収穫時期はとうに過ぎているので避難している農夫たちは気が気でないだろう。短い夏が終わろうとしている。どこか空気が湿っている気がした。もうすぐ雨期がくる。

「市街戦は初めてだろ、ビジャン」

 傍に立ち村を見ている建設王が言った。

「ええ、そもそも索敵が多かったので大規模な戦闘に参加したことがほとんどないですね。昨年は建設王の元で育成者として基礎訓練がほとんどでしたし」

 ビジャンは言った。

「私はこれからこの様な市街戦が増えると思っている。海や川、平地や森の中、基本的に戦闘は自然環境のもと行われる。市街戦は想定されていない。事前に調べたんだが過去の事例もほとんどないしな。戦い方がまるで変わるんだ。デメリットも多いがメリットもある。おまえは市街戦のメリットはわかるか?」

 ビジャンは座学の記憶をたぐる。

「遮蔽物が多いので物陰に隠れることができ、近接戦闘や待ち伏せが容易になり、標的を罠にかけやすい。あとは建物や路地、バリケードなどで移動ルートが限定されるので標的を誘導しやすい、などでしょうか?」

「ではデメリットは?」

「家屋の損害が甚大なのと、関係のない市民への被害が多く出ることでしょうか」

「グッド、市街戦は計画が難しい。事前の作戦立案はかなり困難だ。かなり流動的になるからな、私は準備を重んじるタイプだからな。不確定要素をなくし流動的でないようにしたい。もう日が昇ったな、さぁそろそろ餌を撒きに行くか」


 皆背筋を伸ばし左足の踵で一回、槍で地面を一回地面を打ち鳴らし、空いた左手で面頬を下ろす。五人が同じ動きで揃え士気を高める。四人とケイレブはすでに装備を整え北門の近くで待機していた。前日あれだけ騒いでいたのに皆ケロリとしている、いや一人を除いて。ケイレブは酒が残っているのかひどく陰鬱な表情を浮かべていた。建設王とビジャンが合流すると北門へ向かう。

 北門はキマニ、オグバ、ファシャヌが歩哨を担当しており、一団が訪れると皆直立不動で敬礼を返した。

 

 北門の詰所は全員が入るには狭すぎるので皆は入り口近くで地図を中心に輪になって座っている。

「集まってもらったのは他でもない、今から北の森に入る」

 建設王が言った。開かれた地図は村の北に広がる森の地図だった。

「今回の任務は北の森に住むスダリアスを誘き出し討伐する。かなり困難な任務になるが私は可能だと思っている」

 先に知らされていたのはビジャンだけで、バンダーたち四人には今回の任務に関しては何も知らされていなかったらしく、今初めてスダリアスを討伐することを知ったようだ。皆に動揺が走ったがさすが王立騎士団員だ、騒ぎ立てる者はいなかった。一名を除いて。

「スダリアスって伝説の生き物のあのスダリアスですか? 冗談じゃなく? 実在するんだ」

 ケイレブが口を挟んだ。

「こら、建設王に失礼な口をきくな」

 ビジャンが注意をする。建設王は笑って応える。

「ああ、本物だ。おまえも見たら漏らさない様にしとけ」

「任してください。もし俺が討伐したら出世させてくれますか?」

「面白いルーキーだな、ビジャン。わかった約束しよう。だが無茶はするなよ、勝手な行動で皆が窮地に陥るなら私はお前を見捨てる」

 それは氷の様に冷たい言葉だった。

「四人は斥候だな」

 はい、とバンダーたち四人が立ち上がり声を合わせて言った。

「そう畏まらなくて良い。座れ。私はそれほど評価されている英雄じゃないしな」

「自分はインフランダースフィールドの戦役に参加しておりました。建設王の手腕は見事でした」

 ダルイソが言った。

「あの戦役は死者を多く出してしまった。私は今でも夢に見るよ。もっと上手くやれたんじゃないかってな。今回はもっとタフな戦いになる。私はお前たちを誰一人失うことなくやり遂げるつもりだ。約束しよう」

 建設王の言葉には説得力があった。

「バンダー、君が前回の調査でスダリアスを目撃した場所を教えてくれ」

 バンダーたち四人は普段斥候部隊に属している。特にバンダーは実際にスダリアスと遭遇した調査団の一人でもあった。

「このあたりです、建設王」

 バンダーはかなり森の奥地を指差した。

「スダリアスはまるで何もないところから突然湧いてでたみたいでした。何も手を出せませんでした」

「それは懸命だったな。手を出していれば全滅だっただろう」

 建設王は言った。

「ビジャンどう思う? 知ってる場所か?」

「サキダルの先ですか、ここは入ってはいけない場所と教えられました。ここまで行くにはかなり距離がありますよ。しかもかなり険しい」

「それは承知の上だ」

「このメンバーなら明日の昼までには着けると思います」

「ここには何がある?」

「好堅樹というでかい木があると聞いています。奇妙な木で、集落の者は決して近づきません。木の前には毒の泉があるそうです」

 ビジャンは応えた。

「そこがどうやらスダリアスの巣みたいだな」

 建設王は手を挙げ歩哨の一人を呼ぶ。

「例の物を用意しておいてくれたか?」

 建設王が言うと輪の外で直立不動で立っていたキマニが「はいっ」と素っ頓狂な声をあげ詰所の奥に走っていく。黒い大きな箱状の機械を引っ張り出してきた。どうも相当重いらしく、オグバが手を貸しキマニとオグバの二人掛かりで運んでくる。

 バンダーはそれを受け取るとひょいと軽々片手で持ち上げた。

「なんです? これは?」 

 バンダーは聞いた。

「アーティファクトだ。取り扱いは慎重に頼むぞ。壊れたらもちろん直せないからな。瘴気の道標を作り村まで誘導する」

 ビジャン以外の皆、驚いたようだ。「そんなことをしたら村が…」皆口々に言った。

「何のために避難させたと思っている? 問題はない。だがまずはスダリアスを見つける」

 建設王が一喝した。

 建設王によるとアーティファクトは瘴気を発生させる装置らしく、装置の中には黒玉───これもアーティファクトである───を設置することで、黒玉のエネルギーを瘴気に変換することができ、その機械の中に他の物を一緒に入れるとその物質に瘴気を帯びさせることができるということだ。あまり有益ではなさそうだが、今回は瘴気の道を作る事でスダリアスを誘導するのに役に立つらしい。

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