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一章 行軍 1

 未曾有の大災害として人々の記憶にも新しいフォルタ・リンブルフ戦役。しかしその真実を知る者はほとんどいない。この詩はアオステンプクトゥにより命を奪われた多くの人たちに捧げる鎮魂歌(レクイエム)である。舞台となるリンブルフは双子の街と呼ばれていた水都フォルタの南に位置する都市である。かつての地殻変動によりリンブルフ部分が大地震と津波の被害を受けそのほとんどが海の底に水没してしまった。高台部分が一部残り取り残された島のようになっており、あたり一帯は潮の流れが早く、ヘドロの流入と堆積により船は通る事ができない。かつてのリンブルフは漁業と造船、海産物の輸出で栄え大きな街であったが、現在は高台にある大聖堂だけが海の上にポツンと取り残されている。大聖堂は壁や屋根が崩れ潮の影響からか急速に廃墟化が進んでいる。リンブルフへは橋はかけられておらずフォルタから渡る方法は潮が引いた時にできる泥濘の道のみ。潮の干満の差が激しく満ち潮時、道は海の中に姿を消し引き潮の時のみ渡ることができる。潮が引くと海に沈んだ街がつかの間姿を現す。しかし徒歩で優に二時間はかかる中、酔狂な遺跡研究者や盗掘者、窃盗団などがリンブルフに渡り、その多くが命を落としたため王の命令により禁足地に指定されている。また禁足地に指定されている理由はそれだけではなく地殻変動後に姿を見せるようになったクリーチャーが大聖堂に巣食っており時に大暴れするためという理由の方が大きい。ちなみにそのクリーチャーはアオステンプクトゥではないかとまことしやかに噂されているが、真偽のほどは定かではない。

 その後、秘密裏に渡島する者がおり、それを斡旋する案内人も現れる様になってきた。大聖堂はもともとアオステンプクトゥを祀る神聖な場所であり宗教上重要な建築物であった。いうなればリンブルフは大聖堂を中心に形成された宗教の街であったため熱心な信者は街を捨てることを拒んだ。信者でない市民はすでにフォルタの地を捨てロザラムなど他の街へ移っていたもののリンブルフからフォルタに移り住んだ信者たちにとって大聖堂は依然として聖地であったため街の水没後も命をかけて巡礼し、海に飲み込まれる者が後を絶たなかった。フォルタはリンブルフを失い、それに伴い完全に都市としての機能を失っていたが依然として王都の中継港として重要な拠点であるため王も放置し静観しているわけにはいかなかった。フォルタを復興させるには大聖堂のクリーチャーを排除し、橋を掛け大聖堂を再建する必要があった。王は重い腰を上げ、手始めに最大の障壁であるクリーチャーの討伐命令を下した。報奨金はかなりの額であったがアオステンプクトゥの存在自体が眉唾な事と万が一に存在していた場合、人間の力では到底討伐することは不可能であるため、名乗りをあげる者は現れずそのままかなりの月日が経過していた。

 アオステンプクトゥの伝説はリンブルフに古くから伝わる民間伝承であり、その姿は水棲の龍の神であり太古の昔よりリンブルフ近海に住んでいるといわれてきた。アオステンプクトゥを目にした者は幸福になりどんな願いも叶い、かつて目撃したことで巨万の富を得た男が私財を投じリンブルフの最も見晴らしの良い高台の上に大聖堂を建造し、信仰の対象として祀るようになったのが起源といわれている。残っている文献によるとアオステンプクトゥの体は美しい純白の毛で覆われ、風で波打つその羽毛は光り輝き黄金の草原のようであり、鱗状の皮膚は鎧のように硬く鋼の刃も一切通さず体長は十メートルを優に超え鋭い爪はあらゆるものを切り裂くといわれた。背中部分に大きな翼を有し、空高く舞い上がるその姿はまさしく神であり、海中ではどんな魚よりも早く泳ぐことができるといわれていた。その咆哮は遠く山を越え西の王都にまで響き渡り、その振動は大津波を呼び、不老不死であり繁殖はせず、数千年に一度海の中から姿を現すといわれている。アオステンプクトゥを傷つけることは禁忌であり、もし誤って傷つけてしまうとその傷口からおびただしい量の血が流れ出し一面血の大洪水に見舞われる。その血は止まることはなく人類を溺れさせ全てを無に帰すことができる力を持っていると言われてきた。アオステンプクトゥを唯一殺す方法は自身により産み落とされた子供が成長し英雄となり親を殺し親に変わって新たにアオステンプクトゥとなるという親殺しの伝承が残されている。

 しびれを切らした王は討伐命令を腹心であるランスロットに出した。ランスロットは既存の古いやり方を無視し、集めた危険なアーティファクトを用いることでクリーチャーを討伐することが可能であることを証明し、近年台頭してきた人物であった。神殺し(ゴッドイーター)のランスロットの異名を持つ彼は王の命を受け、実行部隊として彼の子飼いであるクラニオクリエーションに依頼した。クラニオはラ・ベル=アリアンスの戦いにおいてゾッホを討伐し評価を上げたことで知られ、どんな依頼でも受ける超武闘派集団である。傭兵や盗賊、手配犯や逃走犯など後ろ暗い者の集まりであり裏で暗躍する存在となっている。首領であるクラニオにはカリスマ性があり、頭蓋骨を旗印とし、団員は体のいずれかの場所に頭蓋骨の刺青を入れている。戦役孤児などを引き取り、団員たちを家族のように扱いその結束力は王立騎士団さえ凌ぐものとなっている。クラニオ自身は今回来ておらず代わりに指揮をとるのはフォイヤーラントという次期首領と目されている人物である。長身痩躯、暗く灰色の瞳を持ち髪は少し後退している。体は極限まで鍛えられ引き締まった身体には数え切れないほどの傷跡が残り、皮膚が引きつった跡が数々の窮地をくぐり抜けてきたことを物語っている。人望も厚く団員達の長兄として尊敬されている。二つ名はアーク・ノヴァである。彼の両腕と言われる大柄の兄弟がヘルゲ・オシュテルとフランク・ヘーレンの二人であり常に戦地を共にしてきた仲間である。今回二人は副団長を務める。またのちにヘルペチクと名乗ることになる今はまだ駆け出しの少年も特筆に値する。彼はフォイヤーラントに仕えクラニオクリエーションの中でも最も若くまだ見習いの立場ながら当代随一の頭脳の持ち主である。───ここでは本名は別にあるのだが主要な人物と同姓であるためヘルペチクと表記する。ヘルペチクは未だかつて目撃されておらず書物にのみ確認できるクリーチャーなのだが本来は古来の言葉で実態のないものを意味する「ヘルべチク」が正しい表記だったが、後年クリーチャー辞典が著された際に間違えてヘルペチクと表記されたためそちらの方が浸透したという話だ。彼がその二つ名を王から受けるのはまだ遥か先なのだがそれはまた別の話である───

 隊は総勢二十数名に及び、鉈や斧、ハンマー、手製の弓矢や槍など思い思いの武器を携帯している。防具もまちまちで統一感は皆無であるがどれも使い込まれ年季が入っている。常に最前線で使い捨てにされてきた彼らは皆、耳や鼻を失っていたり、肩から先がない者など五体満足なものは少ない。それは戦場での負傷だけではなく、鞭打ちや拷問の痕や処刑台に登った者も多く含まれていたためである。今更傷の一つや二つ増えても変わらない、むしろ勲章であるという、荒くれ者ばかりの集団である。

 一団は騎獣を中心として潮が引き出した真夜中にリンブルフへと渡ることとなった。ランスロットインダストリより最新兵器とともに騎獣も支給されている。騎獣は体長が五メートルを優に超え幅、高さも二メートル以上あり巨大さではクリーチャーにも引けを取らない。背に大型の鞍を乗せ大量の荷物を運搬することができ、また運搬だけでなく戦闘にも利用できる。六本の脚を持ち二本の大きな腕の先の鋭い鋏で相手を切り裂くのだが危険かつ非常に好戦的であるため戦闘時以外は戒めにより縛られ使用できないようにされている。外からの情報を遮断し興奮しない様に目は黒い布で覆われている。戦闘での利用は制御できない部分が多く、未だ未知数であり、今回の派遣は戦闘に有効かどうかのテストも兼ねられているようだ。

 陸生に比べ水棲の騎獣はほとんど市場に出回ることがない。人に懐かず捕獲及び飼育が非常に難しいため騎獣として利用できる種が極端に少ないためだ。外殻は硬いが手足や首を収容して身を守ることはできず、蟹や海老など甲殻類に近いが甲羅を持っているわけではない。貴重なために支給は二騎のみだった。また騎獣と一緒に王直属の王立騎士団の一個小隊が帯同していた。リーダーであるカルザイにより選別された正式名称、第五独立機械化旅団は三十名で構成されクラニオの隊とほぼ同数であった。リーダー一名、主に前線で戦う兵が十八名、救護班が二名、騎獣師が二名、鼓笛隊が二名。別働隊として斥候が三名、狙撃手と観測手の各一名、計五名はこの場にはいない。皆かなり高度な訓練を受けており、フィルターつきの防毒マスクを首にかけ皮革の油引きした防護服を着込んでいる。鉄製、もしくはブロンズ製の重そうな防具に身を包み、同じような姿で見事な装飾が施された兜をかぶっている。かなり前時代的ないでたちをした名もなき兵と呼ばれる重装備の歩兵たちである。無慈悲で感情がなく画一的であるその存在は威圧的であった。厳しい規律によってのみ統制が取れるというのが王立騎士団の基本的な考え方である。後方支援という名目だが明らかな監視役であることは誰の目にも明らかだったが、クラニオの隊が拒否する権利はなかった。またカルザイは拒否したのだが、王立騎士団の候補生であるアカデミーを卒業したばかりの初々しい新人が六名、後方で荷物などを運んでいる。戦闘には参加しない条件でカルザイは許可した。団の名前の通り、インケルマン製の希少な鋼鉄を使った新たな兵器も数多く持ち込まれており、かなりの物量となっている。

毎月30日に一章公開です。

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