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神の頬に触れるような気持ち  年代記第六章  作者: ヌメリウス ネギディウス


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三章 消えゆく生命の灯火 7 the dying of the light

 隣のテーブルの騒ぎっぷりをビジャンは見るともなしに見ていた。

 早々に誰にも何も言わずにこっそりと部屋に戻る。ビジャンは特別に救済院に個室が与えられていた。他の者は商業区にある宿屋を利用している。部屋でぼんやりしていると窓に小石が当たる音がする。まさか、ヴィオか? ありえないことはわかっていたので一人笑った。急いでカーテンを開けると中庭に人影がある。目をこらすとハンスだった。手を振っている。

 中庭には人影はない。急いで中庭に降りるとハンスがケイレブを介抱していた。ハンスは立ち上がる。

 ビジャンはハンスと握手するとお互い抱きあった。

「久しぶりだな、英雄の帰還か、自分のことのように嬉しいよ」

 ハンスは本当に涙を浮かべている。ビジャンも仮面越しに照れたように笑った。

「まだ一人前とは言い難いさ、六年経ったが何もかわっちゃいない」

「いや、アカデミーを出て王立騎士団にはいったんだろ、しかも部下もいる」

 見るとケイレブは座ったままうとうとしている。

「この人が部屋を教えてくれたんだ、二階のあの部屋なんだな」

「懐かしいだろ、シーツをつなげてロープにしてこっそり外にでたっけな」

 二人は顔を突き合わせて笑った。

「あんたはすごく良い先輩だってさ」

「ほんとかよ、おまえ勝手に話を作ったんじゃないのか?」

「まさか」

 ハンスはかぶりふった。

「それより手紙、なかなか返事が書けなくて悪かったな」

 ビジャンはすまなさそうに謝った。

「わかってるって忙しいんだろ、いいさ、そんなことは」

 ハンスは手紙をよく書いてくれるがビジャンは数えるぐらいしか返事を書いていない。もちろんアカデミーやその後王立騎士団に入り余裕がなくなったのは確かだがどちらかといえばハンスを心の拠り所にして依存してしまうのを恐れたのだ。

「ハンス、おまえちょっと貫禄が出て来たんじゃないか?」

 ハンスは口髭を生やし脂肪も六年分蓄え腹が出て一回り大きくなっていた。

「退屈な村だ。食べることぐらいしか楽しみがない。結婚したらなおさらさ」

「おまえ、家族がいるんだろ、避難しなくて良かったのか?」

「ああ、村に残ってても誰も文句はいわないさ。天下の王立騎士団が来てるんだ、ちゃんと守ってくれるんだろ?」

「最善を尽くすよ」

 ビジャンはそう言った。

「なぁビジャン少し歩かないか?」

 ああ、とビジャンは答えた。しかしケイレブをそのままここに放置しておくわけにはいかない。ビジャンは座り込みケイレブの頬を叩く。

「こんなとこで寝るなケイレブ、風邪ひくぞ」

「いいっすよ、先輩、二人でどこへでも行って下さいよ」

 寝ぼけながらケイレブは言った。

「昔のビジャンにそっくりだな」

 ハンスが言った。

「こいつがか? どこが?」

「尊大なところとかさ。先生に似るのかもな」

 ビジャンは苦笑した。やれやれとビジャンは首を振り残っていた歩哨にケイレブを託し救済院を出た。ケイレブは再び眠ってしまっていた。村には人がいないためか村の灯がなく真っ暗だった。まるで廃墟の様でそれはビジャンが住んでいた壁外の集落を思わせた。

「今日は俺の家に泊まってけよ、墓場の近くだ。妻も紹介したいしな」

「迷惑じゃないのか?」

「まさか」


 二人は大聖堂を横目に夜の村の中をゆっくりと歩いていく。

「ヴィオには会いに行ったのか?」

「いや」

「会える時に会っておかないとなかなか会いづらくなるぞ」

「ああ、そのうちな」

 ハンスの手紙からヴィオがこの村に今いないことは知っていた。どこか村にいないことにホッとしていた。会いたいのだけれど会うのが怖いのだ。ビジャンは大聖堂を仰ぎ見る。

 会って何を話せば良いのだろう、何者でもない自分にはまだ会う資格はないのではないだろうか。今回も建設王はビジャンがこのライフェン出身───正確には壁外の集落出身なのだけれど───だからという理由だけで連れて来ただけだろう。ビジャンはそう認識していた。まだ二年目でなんの実績もない。だいたい建設王を始め他の四人を見ても分かる通り王立騎士団は化け物ぞろいなのだ。

「ヴィオは今は故郷なんだろ?」

 ビジャンは聞いた。

「ここに残るって相当父親ともめたらしいぜ。結局強制的に故郷に帰されたらしい」

 ヴィオにビジャンは手紙を書いたが、なんだか出しそびれている。今も実は持っているのだが。

「この作戦がすめばまたここに帰ってくるとは言ってたがな。父親はなんだかんだ言ってヴィオを溺愛してるからな、放したくはないみたいだしな」

 ハンスはそう言った。

「オースティン卿は僕のことは覚えているのだろうか?」

「当たり前だろ、忘れたくても忘れられないさ」

「一瞬自分が妖精にでもなったのかと思ったよ。あの人には自分は見えてないんじゃないかと思ってさ」

「六年前のことをまだ根に持ってるのか? それはありえないだろう。どれだけけつの穴の小さな野郎なんだ? おっと失礼」

 中央広場に出て、そのまま商業区に入る。シーモア通りを北上し墓場の近くまでやって来た時、通りから黒い影が飛び出して来た。走って来た小さな人影はハンスの後ろに隠れた。子どもが興味深い眼差しでビジャンをみている。

「もしかして、おまえの子か?」

「家で待ってろって行ったんだけどな、わるいな」

「別に構わないさ。会えて嬉しいよ」

「ああ、手紙でも書いたけどタパっていうんだ。タパ、挨拶しろ」

 ビジャンが手を差し出すとタパは恐る恐る前に出てきた。

「幾つだ?」

「五歳」

 タパは答えた。

「生意気な盛りでな、身に覚えがあるんでなんとも言えないが許してやってくれ」

 タパは何か言いたそうにモジモジとしている。

「仮面が怖いか?」

 少し、と小さな声でタパは言った。素顔はもっと驚かせてしまうかもしれない。

「王立騎士団の人って本当?」

「ああ」

 ビジャンはうなずいた。

「じゃあおじさんは英雄なの?」

「いや、残念ながら違うな」

「なーんだ、つまらないな。英雄に会えると思ったのに」

 タパはそう言い、ビジャンは笑った。ハンスはゲンコツをタパの頭に落とす。タパは頭を押さえながら涙を浮かべている。

「すまないな、俺に似てバカだからさ。今はレヴェル様に夢中なんだそうだ」

 ハンスは申し訳なさそうに笑った。

「いや正直でいいんじゃないか。お前と初めて会った時と同じだな。好奇心が旺盛でな。なぁ、タパ」

 ビジャンはしゃがみタパと同じ目線で話をする。

「今度建設王に会わせてやるよ。彼は本物の英雄だ」

 約束だよ、とタパはいい笑った。

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