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神の頬に触れるような気持ち  年代記第六章  作者: ヌメリウス ネギディウス


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三章 消えゆく生命の灯火 5 the dying of the light

✳︎


 ビジャンは再びこの村へ戻って来た。アカデミーで四年、王立騎士団に入り二年目、ちょうど六年振りの帰郷である。南門から王立騎士団が列をなして入り、サーカスストリートを北上する。なだらかな坂道を登ると大きな橋を渡る。橋の下の川辺にはリンドウの花が咲き誇っている。長いサーカスストリートの左右は黄金の小麦畑だ。風を受けて穂が揺れている。南門は主に陸路からライフェンに入る異国からの隊商(キャラバン)が使うことが多いので、王国の旗を持った大人数の王立騎士団はかなり壮観だっただろう。どの町でも王立騎士団は町中総出で出迎えてくれる。花吹雪が舞い、楽団が音楽を奏で、子供達が歓声をあげる。途切れることなく住民の列が続く光景を今まで当たり前のように見て来たビジャンはかなり薄気味悪く感じていた。道沿いには人っ子一人いないのである。今回、任務のために建設王はライフェンに居住する村人を一部の例外を除いて全て他の町へ避難させたのである。これだけ大規模な作戦が決行されることは近年聞いたことがない。馬が踏む砂礫の音のみが耳に届く。

 庁舎横の門をくぐると中央広場に到達する。派遣された王立騎士団は延々と続き途切れることはない。いつも賑わっている中央広場も無人である。リバーマンと名付けられたひときわ大きく美しい毛並みをしている馬に乗り先頭を行くのは英雄建設王であった。物静かで落ち着いた風貌は一見すると学者然としているので年齢の割に威厳が出ないのが悩みなんだ、とよく傍についているビジャンにこぼしていた。外見は中肉中背、特に特徴もなく戦闘にはあまり向かないであろう印象を与える。しかし、その佇まいは威厳に満ち近寄りがたい雰囲気を醸し出している。彼は若く冗談も言うが、過去に数々のクリーチャーを屠った天才的な頭脳を持つ抜きん出た戦果を納めている名実共に認められた真の英雄である。加えて文字通り建築家としての功績と研究者としてスダリアスの生態や典型的な行動などを熟知し、その功績も高く評価されている。

「先輩、とんでもない田舎っすね」

「ケイレブ、おまえ何度言えばわかる? 私はおまえの教育係(メンター)だぞ、友人じゃないんだ、もっと敬意を払え」

「めちゃくちゃ敬意は払ってますよ、伝わらないですか? それより先輩こそ何回言ったらわかるんすか、俺のことケイブって呼んで下さいよ、ダチはみんなそう呼ぶんで」

 後ろにいるのがケイレブだ。クソがつくほど生意気なビジャンにとって初めての育成者(プロテジェ)だった。実を言うとわりに気に入っている。ビジャンは通常八年かかるアカデミーを飛び級で四年で卒業した。深刻な人材不足によりアカデミーで悠長に育てている暇はないらしく、即戦力として王立騎士団に迎えられた。近年アカデミー卒の人材は減少傾向にある。王立騎士団に入って二年、一年目は育成者の立場で教育係について基礎を学ぶ。二年目からは実際の任務につき一年目の教育係となる。育成者の面倒を見ながら自らも研鑽しなくてはならない。昨年のビジャンの教育係は二年目の者ではなく建設王であった。ビジャンがいかに期待されているかがわかる。ケイレブとビジャンは実際の年はさほど変わらない。

 建設王、ビジャンの後にケイレブ、続いて四人の護衛は建設王自らが抜擢した優秀な人材だ。普段は斥候をしているとビジャンは聞いている。あまり面識はなく名前を知っている程度である。四人は皆同期であり四人ともかなり腕が立つことで騎士団内で知られている。中央広場につくと一行は馬を降り馬丁に手渡した。

「旅はいかがでしたか? 建設王様」

 村の権力者であるオースティン卿が一行を出迎えた。

「陸の孤島とはまさにこのことだな、無事に皆、避難させてくれたようだな、ご苦労」

 平身低頭とはこのことか。オースティン卿は身を屈め、頭を下げてただひたすらに恐縮している。ビジャンにはあの尊大なオースティン卿がひどく縮んでしまったように見えた。六年で皺が増え髪の白い部分もかなり増えたように思える。しかしながら内面はまったく変わっていないようで、自分より目下の者にはまったく注意をはらわなかった。ビジャンに対しては目を合わせることさえせず、見えていないようだった。そうこなくっちゃな、とビジャンは内心苦笑した。

「歓迎の宴会を救済院にてご用意しております」

 オースティン卿は言った。

「バンダー、この後のことは全て任せる。明日の予定は追って知らせる。私は計画の立案をしたい。卿、この村の全景が見える場所に案内してほしい、ビジャンついてこい」

 オースティン卿は嫌がるそぶりは微塵も見せず、二人を自分が住む塔へと案内する。

 オースティン卿、建設王、ビジャンの順でオースティン通りを進んでいく。卿は相変わらずビジャンへ一切視線をよこそうとはしない。存在そのものを無視しているようで却ってその方が楽だったかもしれない。ビジャンは何を話そうかと事前に考えていたのだがめんどうくさくなってやめてしまった。卿から目をそらし、あたりの風景をビジャンは眺める。建物や風景は何も変わっていないように思える。ビジャンの仮面が夕日で映えた。村人の姿は徹底して一切ない。何人かは危険を承知で残っていると聞いていたが建設王とオースティン卿の会話からどうも卿の住む塔に全員集まっているようだ。

 塔の上からは村を一望でき、ビジャンは言葉を失い暫く見入っていた。塔の上から村を見てみたいと言う願いがこんな形で叶ったことは少し残念だったけれど。

「手元の地図が古いからな、齟齬があると作戦に支障をきたす。本当にあっているか確かめたくてな」

 建設王はそうビジャンに言い地図を広げた。塔の上からでは村はまた違った面を見せる。救済院や大聖堂は当時のままだった。遠く風車小屋が見え胸がちくりと痛くなる。

「オースティン卿、作戦決行までここに滞在しても構わないだろうか?」

 建設王は言った。

「もちろんです。大変光栄です。一階のサロンを解放しましょう。食事やお飲み物も用意させますので」

 オースティン卿はしどろもどろになりながらそう言い、地面に顔がつくのではないかと思うほど頭を下げ準備のためかその場を辞して塔の中へ入っていった。

「なあビジャン、この村の壁がなぜ作られたか分かるか?」

 建設王が地図から顔を上げそう聞いた。

「スダリアスが村へ入らないようにじゃないんですか?」

 ビジャンの答えに首を振る建設王。

「そんな慈善事業に大金を投じると思うか? 逆だよ、逆。ここはスダリアスを閉じ込める檻でありそして墓場なんだよ」

「じゃあ、村人を避難させたのも村人に万が一被害が及ばないようにするのではなくて」

「そう、わかってるじゃないか。ここが戦場になるからな、心おきなく戦うためだ、村人は邪魔になるだろ」

 とんでもないことを考えそしてそれを実行する人だな、とビジャンは改めて思った。

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