三章 消えゆく生命の灯火 3 the dying of the light
大聖堂は東向きに建てられており、四人は正面から中へ入っていった。大きな扉があったはずだがそれさえも持ち去られていてなんとも間抜けな印象を受けた。一階のエントランスから玄関ホールへ入る。広く天井は吹き抜けで巨大な空間をなしている。左右には塔の入り口なのだろう、螺旋階段が見え、正面は左右に巻くように階段が伸び階上へ続いている。雨水か海水かわからないが、水が足首まできており、どこも木でできたものはボロボロに腐っている。天井までは十五メートル程で真ん中あたりに二階の回廊の鉄柵が見える。鉄の部分も塩でやられて錆びて腐っているようだ。しんと静まり返った建物内にジャブジャブという四人の水の中を歩く音が異常に大きく反響する。苔だか蔦だかわからない植物が柱に絡みついている。潮でも枯れない脅威的な生命力だ。白いグロテスクな花が膨らみ、胞子を常に吹き出している。土がなくても育つのだろうか? バンダーはそのような植物は初めて見た。ドゥラムリアが試しに触ってみると胞子の勢いが増した。けたけたと笑っている。胞子は差し込む光を受けてキラキラと光る。「むやみに触るな」バンダーがたしなめた。
見廊と呼ばれる信者が集まる部分は床も椅子もボロボロでどこも腐っている。中央塔は吹き抜けで祭壇のある東の端は一面大きなバラ窓があり、かつてはステンドグラスがはまり荘厳だったのだろうが今は見る影もなくステンドグラスが割れ、足元にはたくさんの破片が落ちている。ここも水びたしで、朝の光が差し込み、光は水に反射し揺れる水面に幾何学模様を映し出す。誰かが進むとその模様は崩れ、波紋が広がりより複雑な模様を描き出した。大聖堂の中はもはや廃墟と化しているが、残っている手の込んだレリーフや装飾、割れたステンドグラスはたとえ不完全でも見る者を今でも圧倒する。当時はさぞ美しかったことだろう。毛足の長い赤い絨毯はもはや何を敷いているかわからないほどぼろぼろで藻のようにブーツに残骸がまとわりついた。値打ちのありそうな絵画や彫刻はすでに盗まれており、大聖堂内はやけにがらんとしており寂しさをいっそう増している。光の届かない場所は無数にあり、真の闇で何かが潜んでいてもおかしくない雰囲気だった。
西側にクワイヤと呼ばれる聖歌を歌う台があり、その上にはかつては備え付けのパイプオルガンがあったようだ。今は破損している。オルガン本体も見つからない。オドゥンゼは台に登り高らかに歌う。歌はやけに荘厳に響いた。
It's alright, if you dance with me tonight
We'll fight the dying of the light, and we'll catch the sun
「あいつの歌を聴いて、こうして四人でいると昔を思い出すな、建設王か…、俺は今でもあの人が最も頭がキレるし、勇敢だと思っているよ」
ダルイソが言った。そうだな、と皆しんみりとした空気になる。
「消えゆく光をつかまえて、太陽さえこの中に収めよう…か」
ダルイソが誰にいうでもなく言った。
一段高くなった中央には祭壇があり、その下にはその場に似つかわしくない、人が一人入れるぐらいの大きさの檻が横倒しで置かれている。黒くくすみ所々茶色い錆が浮き緑がかってはいるが、穴が開いたりはしておらずこんな場所にあっても朽ちてはいないようだ。おそらくなんらかのアーティファクトだろう。禍々しい存在感を放っている。
オドゥンゼが見聞している。用心するに越したことはないが檻は今のところ沈黙を守っている。
「アーティファクトであることは間違いないだろうな。檻は見たことはないが中の足かせ部分だけ見た記憶がある。足首を固定して拘束する拷問器具の一種だ。問題は運べるかどうかだな」
どうやらオドゥンゼは四人でなら運べそうだという結論に達したらしい。
「バンダー、もう少し抑えてくれ、水平にしろ」
オドゥンゼがしかめっ面で言った。バンダーは人一倍力が強いので加減しなくてはならないのだ。
「悪い」
バンダーが答えた。
「しかし、これ何でできてるんだ? 重すぎやしないか?」
DKは額に大粒の汗を浮かべながらそう言った。
「まったくだ」
ダルイソも同意した。
「取り敢えず、広場まで一気に運ぶぞ。休んだら二度と運べなさそうだからな」
オドゥンゼの掛け声に合わせて四人は檻を運び、広場の中央にまで運び出した。四人とも荒い息をついている。
「騎獣なら引きずってでもなんとか持ち帰れるだろう」
檻はなんだかわからないがボタンがいくつもついていてどうやって起動するかはわからないし、起動させるつもりはさらさらない。誰も決して中には入ろうとはしなかった。四人にとってはそれがなんなのかということはどうでもよかった。
「もう一度大聖堂の中へ入るぞ。四人で前後左右をカバーしながら奥と二階をチェックする。アーティファクトはオドゥンゼが詳しいからな、見つけ次第回収する。一通り見て危険がなければ二手に別れよう」
バンダーが指示を出した。
一階奥は礼拝室になっており、更衣室や控室、多目的室などプレートがかかっているが、どの部屋も中は空っぽだった。二階は個室と本などの閲覧室、食堂などがあった。ほとんど荒らされていたのでめぼしいものはすでに持ち去られている。壁と同化するほど大きなエンパシーボックスなど───もちろん壊れていて、所々の小さな部品や機械などは持ち去られていた───かさばりすぎるか、もしくは重すぎて持ち運べない物のみが残されていた。本もかなりの数が残されていたが、どれも湿気でダメになっている。
地下にも部屋があるようだが、水没しているため潮が引いている今でも入ることはできないようだ。
「俺たちはもう一度二階へ行く」
オドゥンゼはそう言った。
「ああ、俺たちは建物内に危険がないか見て回る。何かあったら声をかけてくれ」
もしアーティファクトがあったとしてもオドゥンゼたちは隠蔽して搾取する目的があるため別行動をする必要があった。ダルイソたちもそれがわかっているが特にいい咎めることはない。重要なものがあるとはダルイソたちも初めから考えてはいなかった。一時間後に広場で集合することとなった。
三章は14まで。月に一度30日に更新しています。次回は9月30日です。




