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神の頬に触れるような気持ち  年代記第六章  作者: ヌメリウス ネギディウス


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二章 高い塔 8

毎月30日に一章更新しています。

 ヴィオの父親が来てから数日が経った。あれから一度もヴィオは病室にやって来ていない。ハンスだけは毎日のように来てはヴィオじゃなくて申し訳ないけどね、と同じことを言った。ビジャンは来てくれるだけで良かったのだが。もともとほとんど人が訪れることはなかったけれども医師さえも病室を訪れることはなくなった。

 外はひどい雨が降っている。約束の期日はもうそこまで迫っていた。ハンスは定位置である窓際近くに座っている。ベッドサイドにいつもいたヴィオはいない。ハンスは気まずいのか口数は少なく、いつもは饒舌なくせに今日は驚くほど静かだ。よく見ると右の頬が少し腫れているようだ。瞼も腫れて片目がふさがっている。

「どうしたんだ? その顔」

「親父に殴られた。友達に会いにいって何が悪いんだって俺が口答えしたからだろうな」

「悪かったな」

「何が? いいんだよそんなことは。俺が正しいと思っていることをしているだけだ」

 ハンスは笑顔を見せる。

「正しいことか」

 いつもいつも生まれてから今まであらゆる選択を間違えてきた気がする。ヴィオの父親との会合ももっと上手くやれたかもしれない。自分にとって正しいこととは何だろうか。雨の降り続く窓の外を見ながらビジャンは考える。

「雨はうっとおしいな。もう雨季か。雨季が終われば急に冷えてくるだろうな」

 ハンスは言った。

「雨って思い出すよ、。ピクニックからなかなかあんたらが帰って来ないから大変だったんだぜ。雨も降るし雷もなるし、夕方の鐘ギリギリに帰ってくるし、寿命が縮まったよ」

 風車小屋でヴィオと過ごした日、それは遠い過去のようにビジャンには感じる。

「なぁハンス、頼みがあるんだが。今から行けば暗くなる前には戻ってこれると思うんだ。一緒に来てくれないか?」

「友達に頼るのにいちいち聞かなくてもいいよ。ビジャン、さぁ早く行こうぜ」

 ハンスは「どこへ?」とは聞かずにすぐに立ち上がると二人は病室を出た。


 起伏のある峰を幾つか越え尾根を伝い歩く。雨は断続的に降り続いており、森を進むには最悪のコンディションだろう。しかもこの天気だ、森の中では方向を見失いやすい。二人は高い塔を目印に進んでいく。壁は見えないが塔は時々木に隠れることはあったが見失うことはなかった。何度か休憩しながら二人はほとんど喋らずに先を急ぐ。木々の間に以前は獣道がついていたが、これもほとんど人が通らなくなっているために生命力のある草によって覆われ道は失われていた。先行するハンスは途中で拾った棒で草を払いながら進んでいく。たっぷりと水分を含んだ草で二人の身体は濡れ体温は奪われる。集落へ着く頃にはすっかり濡れ鼠になっていた。  

 集落の家は襲撃当時のままで、ビジャンは襲われた時のことを思い出し少し嫌な気分になった。

「ただいま」

 ビジャンは言った。もちろん誰も答える者はいない。本来のドアは土砂と瓦礫で埋もれてしまっていたのでスダリアスが踏み抜いた天井の穴から入る。雨のせいで家の中はどこも濡れていた。父親と母親の遺品と必要な物を集め袋に入れた。集落は驚くほど静かで、死が集落全体を覆っていた。遺体は全てハンスの父親が焼き払っていたが、生活用品はほとんど手付かずで残されていたので、まるで住人だけがいないようだった。ハンスの父親も壁外なのでそこまで徹底はしなかったのだろう。ハンスが来た時は真夜中だったのであまり状況はわからなかったらしい。日中に初めてみる集落に興味津々なようだがビジャンの手前神妙な顔をしておとなしくしている。

「行こう」

 ビジャンは言って歩き出す。

「もういいのか?」

「ああ」

 ここにはもう二度と戻ってはこないだろう。このまま放っておけば森に飲み込まれ集落があった痕跡は消えてしまうかもしれない。最後に振り返り、集落を後にした。

「ここ以外にも集落はあるのかな?」

 帰り道、ハンスがきいた。

「僕の知る限りはないと思うよ。少なくとも交流はなかった。昔はいくつもあったらしいが今はないんじゃないかな」

 もっと父親に聞いておくべきだったとビジャンは思った。図書館でも前にヴィオに村についての本を何冊か借りてもらったのだが壁外について書かれている本はなかった。

「俺の先祖も壁外の人間だったから、昔にあのスダリアスにやられちまったのかもしれないな、あ、ごめん」

「いや、いいさ。別にハンスのせいじゃない。まぁ壁外の人間がいるから壁内が安全という仕組みらしいからね。トカゲの尻尾切りみたいなもんさ。スダリアスがいつくるかわからないけど次は壁内に来るかもしれないな」

「スダリアスて実際どんな感じなの?」

 ハンスが質問を続ける。

「今お前が想像している千倍恐ろしいと思うぞ。あと恐ろしく臭い」

 ハンスは想像しながら身震いした。

「きっと俺なら漏らしてるな」


「なぁ、いつ発つんだ」

 もうすぐ村へ帰り着こうかという時にハンスは聞いた。

「明日だ。明日でちょうど一週間だし、ヴィオの父親がいう期限だからね」

 高い塔が南に見える。ヴィオに会いたいな、とビジャンは思う。集落にも連れてきたかった。三人でもっと遊びたかった。

 「せっかく王都へ行けるんだ。癪だが思う存分利用させてもらうつもりだよ。ヴィオに会えないのは心残りだけどな、でも自分が招いたことだから仕方ないか」

「あのさ、親父が話しているのを盗み聞きしてあんたに言わなきゃと思ってたんだけど、彼女塔の中に閉じ込められて外に出られないらしいよ。ヴィオは父親に言われたぐらいで急に来なくなるような薄情な子なんかじゃないからさ、きっと理由があると思っていたんだよ」           

 ハンスにはヴィオを彼女の父親が監視のために寄越していたことは言ってなかった。ビジャンが信じたくなかったというのもあるがヴィオのビジャンに対するこの数ヶ月がすべて嘘だったとはとても思えないのだ。ビジャンは何があろうとヴィオのことを信じている。しかし諦めるしかないのだろうか。

「なぁ、あの塔に登れないか?」

 ハンスにたずねた。

「無理だろうな、壁も垂直でものすごく高いし。落ちたら死ぬよ。本気か?」

「ああ、もちろん本気さ。ハンスが一緒に行かなくてもいい。登れるのなら教えてくれ」

 ハンスが立ち止まりビジャンを見る。本気かどうか見定めているらしい。

「あまりお勧めはしないんだけどな、塔は無理だけど、女性の塔に登って壁の上を伝ってそこからなら塔の二階へ潜り込める。塔と壁は少し離れているが多分いけるだろう。昔はあの塔が監視塔だったから壁とつながっているんじゃないかな。詳しいことはわからないけど。昔あの塔は人が住んでいなかったから良い遊び場だったんだよ」

 ハンスは村のことは何でも知っているらしい。

「俺が塔の入り口で騒いで衛兵たちを引きつけるからその間に中へ入ればいい。こういうのはおびき寄せる(おとり)が必要なんだよ。騒ぎに乗じてあんたは首尾よくやってくれ。悪くない作戦だろ」

 ビジャンはうなずく。他に方法がないのならこの作戦を取るしかないだろう。

「しかしそれじゃハンスがひどい目に遭わされてしまう」

「別に構わないさ。あとで親父に頭の形が変わるぐらい殴られるだろうけどね。慣れたもんさ。最後ぐらい友人らしいことをさせてくれ。あんたが英雄になったら俺は友達だったんだって自慢するからさ、それでチャラだ」


 集落へ行ったその足でそのままヴィオの住む塔へ向かう。ビジャンとハンスは女性の塔の前で別れた。早速ビジャンは女性の塔の壁に取り付く。雨は止んでいたが外壁は滑りやすく登りにくい。ヤモリのようにゆっくりと慎重に上り詰め壁に手をかけ体を押し上げる。壁の上は歩くことを想定して作られていないので落ちないようにバランスをとりながら進む。ビジャンの姿は丸見えだっただろうが、雨で外を出歩いている人もおらず見つかることはなかっただろう。壁から二階のバルコニーに飛び移る。無事に塔へたどり着きほっと胸をなでおろす。けれど本番はここからである。二階の小さな窓から中を覗き込むが人気はなくがらんとしている。

 塔の入り口では早速ハンスが衛兵たちと揉めている声が聞こえてくる。見上げられたらおしまいだったが見つからずにうまくいったようだ。窓を跳ね上げ、体をねじ込み無事に潜入することに成功する。ビジャンが入った部屋は暗く、どうやら厨房であるようだ。続き部屋の食堂にも人はいない。夕食は終わったのだろう。ドアに近づき薄く開ける。外は螺旋階段で塔の中にいた衛兵たちが玄関へと階段を降りて行く足音が聞こえてくる。下は玄関とサロンのようなので、ヴィオの監禁されている部屋は上階だろう。


 階段を登る途中で背後から大きな影が近づきビジャンの首根っこが掴まれた。

「誰かと思えば貴様だったか。誰の許しを得てここにいるんだ! どこから入った、ドブネズミか貴様は!」

 ヴィオの父親は激昂し、そのままビジャンを突き飛ばす。塔の壁部分に激突し尻餅をついた。

「心底失望したよ。こんなところにまでのこのこよく来られたものだな」

「彼女に会う権利が僕にはあるはずだ」

「いや、ないな。お引取り願おう。未来の英雄君」

 父親は衛兵を呼んだ。すぐに階上からと入り口にいた衛兵が駆けつけ挟み撃ちになる。前後から衛兵たちがじりじりと間合いを詰めてくる。

「ヴィオ、いるんだろ、答えてくれ」

 ビジャンは立ち上がり声の限り叫ぶ。きっとヴィオに声が届いていることを信じて。

「僕は王都へ行く。必ず約束は守る、戻ってくるまで待っ」

 しかし最後まで叫ぶことはできなかった。衛兵が槍の柄でビジャンの鳩尾を打ちつけた。息が詰まる。衝撃で目の前に火花が散り膝から崩れ落ちる。ゼエゼエと息を吐いているとヴィオの父親が近づいてビジャンの髪をつかみ引き上げる。空いた手で仮面をはがし踏みつけた。仮面はバラバラに砕けた。

「私は慈悲深い方だ。だがここで何もせずに帰すというわけにはいかない」

 父親は目配せする。傍らの衛兵がナイフを渡す。

「かつて奴隷制度があった頃、自分の奴隷を判別するために額に印をつけたそうだ。仮面で隠れてしまうのは少し残念だがな」

 ビジャンは右の拳を握りしめる。

 階下で捕まっていたハンスが突然大声をだし暴れ出した。まるで気でも違ったかのように。そちらに気を取られた一瞬をつき、ビジャンは右頬を狙い殴りつけた。拳はヴィオの父親の顎と鼻に当たりヴィオの父親は後ろによろけた。完璧なる不意打ちだ。

「一発入れてやったぜ」

 ヴィオの父親は鼻血を噴き出した。さらに頭に血が昇ったのか噴き出す血の勢いは増す。自分の鼻を押さえる。

「ゆるさんぞ」

 鬼の形相をしたヴィオの父親が持っていたナイフを突きつけようとした時にはすでにビジャンは脱兎の如く駆け出していた。階段を二段飛ばしで駆け下り、迫り来る衛兵の肩や頭を踏み台にしてさらに高く跳躍する。まるで羽根が生えたみたいだった。下でハンスがこっちだと手招きしている。狭い階段は衛兵たちでごった返しており二人を追うことはできない。

 ビジャンは着地に失敗し受け身を取り損ね肩をおもいきり打ち付けたが気にしていられない。ハンスのもとに駆けつけるとハンスは窓を開け二人は塔の外へまろび出た。ハンスは急いで正面玄関にまわり持っていた森で拾った棒を閂がわりに入り口の両開きの扉に通した。

「さぁ、行こう、走るぞ」

 ビジャンは言った。

 雨が上がった夜空の下、二人はいつまでも走っていける気がした。

自分が書いていて楽しくなければ他の人が読んでも楽しいはずがない、というのをモットーにしています。第三章「消えゆく生命の灯火 the dying of the light」は8月30日に更新。少し戦闘を入れたいなと思っています。

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