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神の頬に触れるような気持ち  年代記第六章  作者: ヌメリウス ネギディウス


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二章 高い塔 7

 ドアがノックされ返事を待つことなく男性が従者をつれ病室の中に入ってきた。

「お父様、どうして…」

 ヴィオがいった。執事然とした男が前に出ると「お嬢様、こちらへ」と言った。

「ヴィオレッタ、外してもらえるか、お前は塔に戻っていなさい」

 ヴィオの父親は有無を言わさない様子で病室の中央へ歩み出た。ヴィオは何度も振り返りながら病室を出ていった。ヴィオの父親は恰幅が良く、髭をたくわえ威厳があり、ヴィオとはまったく似ていないな、というのが最初の印象だった。

 ヴィルヘルム・フォン・オースティン卿、それがヴィオの父親の名前だそうだ。ビジャンは覚えてもすぐに忘れてしまうような名前だなと思った。

「病状はどうだ?」

 病室の中はヴィオの父親と二人きりだ。

「だいぶ回復していると思います。怪我はほとんど治りました。瘴気病は一生治らないとは思いますが…」

 父親はこちらを値踏みする様子で見ている。

「で、ご用件はなんですか?」

 おそらくろくでもない話なんだろとは思うが、ビジャンは身構えた。父親はベッドの上に封筒を投げてよこす。中をのぞくと手紙とお金が入っている。

「君はとても利口だと娘から聞いている。初めに言っておくが、これから話すことは決定事項だ。君に選択の余地はない」

 怪訝な顔をするビジャン。

「君にはこれから王都へ行ってもらう。アカデミーの特別生として寮で生活できるように取り計らっておいた。その手紙が紹介状だ。金は支度金だ。王都までは護衛をつけよう」

 ビジャンは言葉を失った。てっきり娘に手を出すなとかいう警告かなにかだと思ったのだが。

「アカデミーは瘴気病でも平等に扱われるそうだ。アカデミーで鍛錬すればいずれ王立騎士団に入れるかもしれない。君にとって悪くない話だろう? 王都は牧歌的なここと違って近代的だ。なにより実力主義だからな。家柄は重んじられないから好都合だろう?」

「辺境の村から出てきた何者でもない馬の骨にもチャンスがあるということですか?」

「君は自分を卑下しすぎるきらいがあるようだね」

「言っていることは分かりますが、僕はすぐに従うほど物分かりがいい方じゃありません」

 笑う父親。

「話が通じる相手と話すのは楽しいものだな。ここの連中は私を神様だと勘違いしているのかほとんど会話にならないのだよ。私が王都から派遣されているから無条件に偉いと勘違いしているらしい」


「だがこの援助には条件がある」

 そらきた、とビジャンは思った。そんな都合のいい話がこの世にあるはずはないのだ。

「そう、身構えなくても良い。何、簡単な話だ。この話が終わったらすぐにでも王都にたってもらいたい。それだけが条件だ、君にはとても期待しているよ」

 なるほど、早く厄介払いをしたいだけなのだ。何が期待しているだ。父親は話は終わったという顔をして返事を待っている。

「とても魅力的な提案だと思います。けれど大変申し訳ないんですがお断りさせて頂きます。ここでの生活をとても気に入っているんです。身体が回復すれば壁の向こうの家に戻るつもりですし」

 ヴィオの父親は首を振った。。ビジャンは強がってみせたが、実際には村の外で一人で生きていくのは難しいだろうし、村の中で生きて行く術もない。村人にとって自分は厄介者でどう扱っていいかわからない、腫れ物にさわるようなものなのだろう。ヴィオの父親が村の総意だと言ったのも、もっともな話だ。父親に自分の処遇を一任されているのなら提案を受けるべきなのだろう。

「君は未来を捨てるつもりか? 君には選択肢はないのだよ。ここでの生活を気に入っている? 君は勘違いをしているね。それがいつまでも続くとでも思っているのかね、君はこの村にとっての異分子なんだ、そこのところを自覚してくれ。娘も君が問題を起こさないようにするための監視役をしてもらっただけだ。瘴気病を発症して生き残った希少な研究対象、君の存在価値はそれだけだ。王都が君を欲したのは君が瘴気病だからだ。君自身には何の価値もない。それを肝に命じておくことだ。君の行く末は私に委ねられているんだ。君をそのまま壁の外に放り出しても誰も文句はいわないだろう」

 しかしそれが正しいからといって素直に従う道理はない。

「あなたがおっしゃることは全て正しいのでしょう。しかし納得がいきません。僕はヴィオを愛しているし、彼女もまた僕を愛しています。ヴィオが監視役だなんておっしゃいましたがそれは彼女に失礼ではないでしょうか。彼女の献身がなければ僕は今生きてはいなかったと思います。訂正してください」

 ヴィオの父親は鼻で笑う。

「たいした自信家だな。バカと紙一重だがな。初めから私の指示でこの救済院に娘を遣わした。娘は何の役にも立たないからな。君は娘の英雄気取りなのかしれないが、娘が醜い瘴気病持ちなんぞに興味を持つはずなどないだろう。娘は私に対して反発しているだけだ。たまたま君が都合が良かっただけで特段君でなくても構わなかっただろう。しかも君は壁の外の人間だ。蛇蝎のごとく嫌われていることは君だって感じているだろう? 誰か君に親しげに話しかけてくれたか? 医師さえよそよそしくなかったか? 墓守もいらぬことをしてくれたものだ。そのまま放っておけば良いものをなまじ助けるからこのような面倒なことになる」

 自分のことはどうでも良い、ヴィオを侮辱したことが我慢できなかった。それがたとえ父親でも。ここで飛びかかり殴りつけることができるかもしれない。しかし何も解決しないだろう。暴力に訴える必要はない。

「あなたはそうやって人を見下して偉そうにしていますが、この村に左遷されてきたのでしょう? しかも王都にいたのはたった二年間だったと聞いています。いわば都落ちだ。僕を使ってあわよくば王都に戻ることができないかと画策しているんじゃないですか? 僕が五体満足じゃなければ意味がないはずだ。さっきあなたに僕の未来が委ねられているとおっしゃられていましたが、きっとそれはただの脅しなんじゃないですか、違いますか?」

 父親は再び鼻で笑う。

「王都へ戻りたいというのは本当のところだ、否定はしない。しかし君はそこまで利用価値はない。しかし私も感情的になってしまった。少し譲歩してやろう。すぐにたてというのは乱暴すぎたからな、猶予期間をやろう、一週間だ。その間に全てを済ませるんだ、北の門も通れるようにしておいてやる。わかったな。これは最後通牒だ」

 こうしてヴィオの父親との話し合いは終わった。手紙の入った封筒を握りしめたままだったのでぐしゃぐしゃになっていた。まるでビジャンの今の感情のように。

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