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神の頬に触れるような気持ち  年代記第六章  作者: ヌメリウス ネギディウス


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二章 高い塔 6

 数ヶ月後、ハンスから聞いた話からどうしても実際にスダリアスに襲われた場所をこの目で見ておかなくてはと思い立つ。しかし門から外へ出るにはなにやら許可がいるらしく、その許可はどうすれば得られるのかハンスもわからないという話だった。ビジャンは取り敢えず北門へ行くことに決め一人で病室をでた。一人では心もとなかったがヴィオは午前中大聖堂に入っていて午後から来る日だったので仕方がない。

 ヴィオもハンスも小さな村だというが、ビジャンにとっては初めての壁内なので見るもの全てが珍しく立派な街だなと外に出るたびに思っている。遠回りになるができるだけ村の中心は通らずに壁沿いを進み、北門を目指す。村は始め小さな一区画しかなかったそうだが壁の外に家などが建てられ、壁を新たに建造しそれを繰り返すことで巨大になっていったそうだ。全ての計画は建設王が行なったらしい。今でも数年に一度はこの村を訪れるそうだ。ヴィオの住む塔は救済院からまっすぐに北へ行った居住区の奥、壁の近くにあるそうで今歩いている道は以前は違った名前だったが、一家が引っ越して来たときにオースティン通りと改名されたそうだ。ヴィオは通るたびに恥ずかしいと言っていたけれど。

 よく晴れていて吹き抜ける風が気持ち良い。松葉杖はもう必要ないほど回復しており、また道はどこも石畳でとても歩きやすい。

 村の東西南北に門はあり、北門は壁外の川にかけられた橋を渡り火薬塔と呼ばれる建物の下に位置していた。もし敵が侵攻してきたとしても橋がボトルネックとなっており、橋で敵の侵攻を遅らせることができ北門は容易に突破できない構造になっている。なかなか良く考えられた設計だが、はたしてスダリアスに有効なのだろうか? 門のまわりには人気(ひとけ)はなく、しんと静まり返っている。歩哨も立っていないし、詰所を覗いたが誰もいない。頭上の見張り塔からてっきり「止まれ!」だとか声をかけられると思っていたが何もない。スダリアス襲撃当初は再び襲って来ないかと、夜を徹して見張りを立て警備に当たっていたそうだ。そんなスダリアス対策に追われ村人は疲弊しピリピリとした緊張感に包まれていたらしい。自分がずっと放置されているのもそのせいだったらしいが、日が経って関心は薄れ、日常に戻りつつあるのだろう。ビジャンはスダリアスの強烈な獣臭を思い出して身震いした。ビジャンの中では当然風化することはない。門は固く閉ざされており、立派な閂がかけられ大人が数人がかりで持ち上げないとはずれないようだ。ビジャンは門の向こうを隙間から覗いてみる。川と橋を挟んでハンスが言っていた緩衝地帯が見える。反対側から見ることは初めてだけど、何度かビジャンも訪れたことがある場所だ。そこに茂っていた大木は残らず伐採され建材や薪に用いられてきた。どんな人間も───もちろんスダリアスも───姿を見せずに侵入することはおろか、壁に近づくことさえできない。この門は南や西の門と違って街道に面しておらず、クリーチャーが住む森にしかつながっていないので、壁外の村との取り引きする際にしか使用されていない。月に一度あった取り引きも当然現在はストップしている。

 後からヴィオに聞いた話だけれど、塔はかつて火薬置き場に使われていたが今は置かれておらず、女性の塔と呼ばれる塔に移され厳重に保管されているらしい。しかし長い間使っていないので火薬がまだ使えるかは分からないようだ。火薬塔は現在一番上を見張り塔に利用されているらしい。なんと塔は壁が建てられるよりかなり前に建造されたものらしく、村で最も古く、かなりガタがきていたが巧みな職人の技と良い資材を使っておりまだまだ現役なのだそうだ。

 ビジャンは塔を見上げる。高い塔は物珍しかったが、芸術的な装飾はほとんどなくかなり実用的な造りで建物については全く見識のないビジャンが見ても老朽化が進んでいるのがわかる。朝日が眩しく目を細めながら仰ぎみると威圧感があり首が痛くなった。火薬塔の入り口は非常に分かりにくく詰所の横にあり、かがまないと入れない程小さい。鍵はかかっていないので開けて入ると螺旋階段が上階に続いており、登りながらしばらくは数えていたが、途中でわからなくなってやめてしまった。いい加減嫌になってきた頃ようやく木製の扉が見えてきた。階段はさらに上に続いているが息が上がってきたので中に入ることにする。立て付けが悪い恐ろしいほど大きな音がする扉を開けると古い本の匂いだろうか、初めて嗅ぐ匂いが鼻をつく。目の前にはぐるりと塔の外周に沿って書架が置かれ本がぎっしりと並んでいる。


 柄の悪そうな男たちが数人、テーブルで酒を飲んでいたがこちらを睨みつけぴたりと口を閉ざした。まわりを見たが朝早いせいか元々あまり人が来ないのかその両方なのかわからなかったが、誰もいない。

「何か用か?」

 こちらが話しかける前に向こうから年配の髭面の男が話しかけてくるが、酒臭くあまり友好的とは思えない雰囲気がした。

「外へ行く門を開けて欲しいんだけど」

 おそらく男たちは上の見張り場の連中だろう。酒盛りをして油を売っているみたいだ。

「人にものを頼む時は素顔を晒すべきだと思うが」

 男は言った。確かにそうだが、何か用かと聞かれたから答えたのだが。まぁ揉めるのも嫌なので仕方なく仮面を外した。顔は酷いありさまで、全体的に腫れていて紫がかっている。墓場で石をぶつけられた部分は特にひどく、他の部分も瘡蓋のように変色し赤い肉の部分が露出している。

「皆さんに不快感を与えてはいけないんで仮面を被りたいのですが…」

 ビジャンは丁寧にそう言ったが、髭の男は無視した。他の皆はゲラゲラ笑いながら珍しそうにビジャンをみている。

「その顔じゃ商売女も相手してくれないだろうな」

 比較的若そうな男が言った。

「お前よく言うよ。そんなにお前と違いはないぞ」

 猿みたいな赤ら顔の男が言い返した。

「何言ってやがる、馬鹿面のおまえに教養ある俺の良さがわかるか」

「その教養とやらを俺は一度も見たことがねえぞ」

 二人は言い争いを続けている。

「あ、あのう…」

 皆ビジャンの顔で勝手に盛り上がっている。最初に話しかけてきた髭面の男が呆れたような顔をしている。

「スダリアスを呼び寄せると言われて瘴気病は忌み嫌われているからな、おまけにお前は壁外の人間ときている。ひどいもんだ」

 なにがひどいもんだ、だ。仮面を外させておいてなんて言い草だ、とビジャンは思ったが黙っていた。話が通じそうなのはこの髭面の男だけだったのであまり刺激しないようにする。

「それで…外へは?」

「すまんが俺たちに門を開ける権限がないからそれは無理な相談だ。責任者は滅多にここへは来ない。忙しい方だからな」

 そうだそうだ、と後ろの男たちが言った。

「ほら、見えるだろ」

 髭面の男は小さな明かり取りの窓から見える高い塔───ヴィオの住む塔だ───を指差す。

「あそこに住んでいる方がこの村の責任者だ。まぁお前が行っても会うことはおろか門前払いだろうがな」

 ああこの髭面の男はヴィオを病室への送り迎えをしている護衛の一人だ。なのでどこかで見たことがある気がしたのだろう。ビジャンは礼を言うと図書館を出ることにした。

「ひとつ忠告だ。あまり村の中をちょろちょろ歩かない方がいい。お前は村人にあまり良くは思われていないからな。痛い目にあいたくなければ大人しくしていることだ」

 顔のことを言っているのだろう。まだ直接言ってくれるだけこの髭面の男は親切なのかもしれない。他の人はこそこそと裏で話題にしているのだろう。ビジャンは階段を降り塔を出た。

 西に見える塔を仰ぎ見る。離れていてもよく見える。火薬塔もかなり高いと思うが向こうはここから見ても遥かに高く見えた。

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