王家の秘密の近親婚/愛とはなにか
その日は珍しく、お姫様の方から二人きりで朝餉を共にしたいというお誘いがありました。兄である王子様はこれを快諾し、二人の離宮で食卓を囲むことにしたのです。
昨晩の公務もあり、離宮に一日ぶりに戻ってきた王子様は、妹君が少し、不機嫌なのに気づきました。お姫様は給仕をすぐに下がらせて、二人きりになりました。しばらく無言が、広い部屋の中で続いていました。
「お兄様、もう一人の私と、昨日は?」
唐突に切り出した言葉は、誰もが困惑するものでしょう。しかし、兄君には伝わったらしく、少し目を伏せて、王子様は答えました。
「うん。ベル……もう一人のベルと、一緒に過ごした」
ベルというのはお姫様の名前ですが、それにしてもおかしな会話です。同じ名前のお姫様、しかもただ名前が同じだけではないような、そんなお姫様がいるようではありませんか。
ベル姫は、スプーンを食卓に突き立てるようにして、じっと兄を見上げました。
「閨をともにしたのでしょう?」
「……うん」
「もう一人の、私と」
「もう一人のベルは……」
兄君は一旦言葉を切って、こう続けます。
「双子だ。同じ名前をつけられても、二人がおんなじ顔でも、別人だよ」
古くから、王家では双子は喜ばれません。
とはいえ長年国を支配してきた王家は、この忌み子をただ殺すだけでなく、王族のために役に立つようにしたのです。
それは、公式には双子のうちの一人を姫君として公表し、もう一人の姫君は、影のようにひっそりと暮らします。
それだけではありません。その双子に異性のきょうだいがいたら、その相手と子をなすことで、その身に流れる血の濃さを保とうとしていたのでした。
故にもうひとりの姫君、ここにいないもう一人のベル姫は、公務として、兄に抱かれていたのでした。
その時代には、特有の価値観があります。この物語を読むあなたは、それを忌むべきものだと考えるかもしれません。事実、この公務を公の場で口に出すことは、憚られています。使用人の中には、嫌悪を隠さない者だっているのです。
ですが、これは国王陛下直々の命令でした。何より、同じ妹であるのに、ほとんど外の世界を知らぬもう一人の妹を哀れに思う気持ちは、王子様の本心でした。
それを面白く思わないのが、今王子様が対峙している姫君でした。お兄ちゃん子として育った妹は、他に兄の愛情を奪う女が、自分と同じ顔をしているのが許せないのでした。
「双子がおんなじであるなら、どうして私はお兄様と結婚できないのです?」
「ベル、僕は、あの子と結婚しているわけではないよ」
「でも、夫婦にしか許されないことをしているではありませんか!兄妹の枠を超えて、本当の妹である、私以上に、肌を重ねて……」
「それは」
王子様は、困ってしまいます。
公務とはいえ、肌を重ねているのは事実ですし、そこに興奮、異性に対する愛がなかったとは、とても言えません。なんなら、一夜を共に過ごした相手と同じ顔をした少女と二人きりでいるだけで、なんだかおかしな気分になってしまいます。
もう一人のベルは、忌み子です。故に王族どころか人として扱われていません。彼女が目の前のベルと同じ服を着ているのは、それがお姫様の印象を悪くしないようにする、大人の事情からです。
しかし、眼の前にいるベルは、ちゃんとしたお姫様であり、由緒正しき妹です。もちろん肌を重ねるなど、あってはならないのです。
王子様は、二人の妹を愛していました。同時に王族として、血統を維持するための公務にも勤しんでいます。二人の妹に対する愛に優劣はありませんが、お姫様は、肌を重ねることが一般に、特別な関係を意味するからこそ、そこに劣等感を抱いているのでした。
「もし、あっちのベルと、お前が逆の立場だったら、お前は人間扱いされないのだよ」
「では、あちらの私は少しでも悲しそうな顔をしていますか?お兄様に愛されて、どんな顔をしていますか」
もう一人のベル、王子様に愛されている少女は、目の前の少女と性格もそっくりです。王子様が不憫に思い、足繁く通っているがゆえに、王子様のことを、心からお慕いしています。
ーー私は幸せです、お兄様。
もう一人のお姫様は、よく言うのです。
ーーこんなに愛してくださるお兄様がいてくれて。もし私が、ベルお姫様と立場を取り替えっこしてあげる、と言われても、私はむしろ、この幸せを手放したくないのです。
「やはり、あっちの私の方が、幸せではないですか」
お姫様は、とうとう怒ってしまいました。
「でも、ベル……」
「あっちの私にはなにもない?責任がないだけです。その立場がないだけです。それどころか、お兄様の愛を存分に、妹だからという理由で与えられない私より、よほど……」
ずるいです、もうひとりの私はずるい、とお姫様は唇を尖らせてしまいました。王子様は困ってしまいます。
「いっそ、もうひとりの私と入れ替わってしまいましょうか。お父様も、お母様も……私ともう一人の私、区別なんてできっこないのですから」
「とんでもない!」
「なら、お兄様は、あちらの私と同じように、私を愛してくださるはずです。そうでなければならないはずですっ」
さて、血のつながった兄妹が、最大に示すことのできる愛とは何なのでしょうか。兄妹という関係を無視してでも肌を重ねるほうが、愛されていると呼べるのでしょうか。
そうこうしているうちに、お姫様はぴょんと椅子を飛び降りて、部屋から出ていってしまいました。王子様は、慌てて後を追います。
王宮を横切り、少し離れた、みすぼらしい離宮へ。王子様の顔に、焦りが浮かびます。
すぐに、同じ声の少女の、罵る声が聞こえてきました。
「この、泥棒猫!」
「あら、ベルお姫様、血相を変えて、どうなさったのです?」
「白々しい!同じ顔をした、もうひとりの私のくせに、お兄様の愛を独占して。許せない!」
「私は人ではありませんから、ベルお姫様。けれど私には、愛してくださるお兄様がいます」
「よくもぬけぬけとっ」
部屋に駆け込んだ王子様の前で、双子の妹は取っ組み合いをしていました。勝ち誇った顔のお姫様と、馬乗りになって平手打ちを食らわせるお姫様。お付きのもの、というよりも、王家の秘密を見守る監視役は、どうしたものか王子様の方に視線を向けるばかりです。
人ではないゆえに、兄と結ばされた、それが幸せな妹。
人として認められているからこそ、お姫様として認められ、妹として一心に愛されている妹。
二人の妹の、それぞれの求める愛の形に、王子様は、何が幸せなのかわからなくなってしまうのでした。